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29-50 アキヒコ

 (だれ)が大学の校舎(こうしゃ)瑞希(みずき)とやってんのや。やってへんわ。  それを我慢(がまん)するのに死んだり生き返ったり、血()うたり()われたり、七転八倒(しちてんばっとう)してんのやないか。  俺は一人しかおらへんのに、(とおる)とな、水煙(すいえん)と、瑞希(みずき)まで()るんや。  選べるか? オッサン。選んでみろ、どれにするか。  一人しか選べへんのやで。選んだらあとの二人は泣くのやで。  見てみろ瑞希(みずき)を、めちゃめちゃ泣いてるやないか。  これ俺のせいなんやで。(むね)(つぶ)れそう!!  ああ! 俺があと二人()ったらなあ! そしたら水煙(すいえん)瑞希(みずき)に一人ずつやって、瑞希(みずき)なら瑞希(みずき)だけを、ずっと愛していかせるのに。  俺は一人しかおらへんさかいな。一人しかいない。  一人しか。  ああ。そやそや。  三人おればええんやんか!!!  それはも超自然(ちょうしぜん)的、鬼道(きどう)的な(ひらめ)きやった。  アキちゃん、三人おったらええんや。万事解決(ばんじかいけつ)や。  オリジナルのこの俺は、どうしても(とおる)が好き。あいつが()らな生きていかれへん。(いき)もできひん。絵すら()けへん。あいつ無しではゴミみたいな男や。  そうやけど、俺の中には水煙(すいえん)なしには生きていけへん男もいてる。  瑞希(みずき)可愛(かわい)いなあって、幸せにしてやりたい、泣かせたりせず、ずっと()きしめて、可愛(かわい)がってやりたい男もいるんや。  俺はその、別の二人を封印(ふういん)してきた。苦しい我慢(がまん)やった。  身も心も()()けて、バラバラになってまいそうやった。  ほんならバラバラになればええんやない?  なんで無理(むり)やと思うてたんやろ。まあ、普通(ふつう)無理(むり)なんやけど。  無理(むり)を通せば道理(どうり)引っ込(ひっこ)む。それが鬼道(きどう)の世界やで。  霊力(れいりょく)しだいや。(だれ)もそんなん、やれたことない?  ほんなら俺が最初の一人になったろうやんか! 「パパラッチさん……おおきに」  俺は瑞希(みずき)()いたまま、お(れい)を言うた。  おっさん、へ? 言うてた。  でもカメラ(こわ)しといた。俺が長い人生で(こわ)す何個目の一眼(いちがん)レフやったやろう。もう()れてきて一瞬(いっしゅん)でバラバラってできる。  次は俺をバラバラにする方法を考えなあかん。  死んだらまずいし、できるだけ穏便(おんびん)にバラバラにするんや。 「瑞希(みずき)、お前さっき、俺の全部やのうていいって言うたよな」 「言いました」 「何パーセントやったらええんや」 「え? パーセントで言うんですか」  目が点なってる顔で、瑞希(みずき)は俺に聞いた。首も(かたむ)いてる。 「えっと……わからへんけど……二十……五、くらい? 多すぎですか?」  お前って謙虚(けんきょ)やな。  わかった。ほんなら(とおる)に五十、水煙(すいえん)に二十五、お前に残りの二十五パーセントやるわ。  少ない? 文句(もんく)言わんといてくれ。三人に分けるんや、各々(おのおの)我慢(がまん)してくれ。  でもたぶん、そんなに()らへん。俺の煩悩(ぼんのう)莫大(ばくだい)にあるから。  今、使ってる(とおる)の分だけで百パーセントやねんから。  それ以外の()(かく)してる分が、別の位相(いそう)にてんこもりある。多分ある。あるのを感じる。  だって俺の中にあるものなんやもん、自分でわかるわ。 「大学に絵描(えか)きにいく」 「えっ……夜ですよ? 門、()まってます」 「()まってたら、開ければええんや!」  そうや、行き()まってもうて道がなければ、作ればええんや。新しい道を。  俺はもうヤケクソなってた。  火事場(かじば)馬鹿力(ばかぢから)やろうか。俺そういうのばっかりやねん。  あいつのノープラン作戦(さくせん)一緒(いっしょ)やな。()たもの夫婦(ふうふ)や。  結果オーライ。泣いて生きるのは、もう御免(ごめん)やねん。  俺は叡電(えいでん)終電(しゅうでん)に飛び乗った。  なんでか瑞希(みずき)も飛び乗った。  ほんで大学に行き、真っ暗で(だれ)もいない校門の守衛室(しゅえいしつ)から、フォースを使って校門(こうもん)(かぎ)をとり、バーンて開けた。  そして()めといた。泥棒(どろぼう)とかパパラッチさん入ったら(こま)るしな。  絵画室(かいがしつ)(かぎ)(その)先生の部屋や。(かぎ)()りるで先生。  俺はその部屋のドアも術法(じゅつほう)でバーンて(やぶ)ったんやけど、(その)先生、うわああ、言うてはった。  ()てたんや先生。何してはるんですか。  絵()いとって、帰るの面倒(めんどう)くそうなって、学校に()まったんやって。  教授室(きゅじゅしつ)(ゆか)寝袋(ねぶくろ)()いて()てはったわ。  先生、もっと人間らしい生活せなあかんで。  さっき瑞希(みずき)にそう説教(せっきょう)したばっかやのに、教授(きょうじゅ)のあんたが(ゆか)()とったら、全然(ぜんぜん)説得力(せっとくりょく)ないやないですか。  とにかく(かぎ)()りるわ。急いでんねん俺は。 「どっどっどないしたんや本間(ほんま)君! あっ、ちゃうかった、秋津(あきつ)君⁉︎」  あっ、そうやった、秋津(あきつ)君やった。絵画室(かいがいしつ)()ります。  そうやって、二度目の別棟(べっとう)までの全力疾走(しっそう)や。  もちろん(その)先生もついてきて、全くついてこられへんかった。  真っ暗な別棟(べっとう)の部屋のドアをあけると、そこには白い神々(こうごう)しい光が満ちていて、(せい)トミ子が俺を待ってた。 「来ると思てたよ……暁彦(あきひこ)くん」  そこにはもう絵を()支度(したく)(ととの)えられてた。

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