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29-58 アキヒコ
これが朧 や。京雀 の、着倒 れの神や。
みなぎるほどの霊威 で衆目 を惹 きつけ、思わずあいつの履 いてる靴 に這 いつくばって口付 けしたくなる。
実際 、する奴 がおった。
ランウェイの果 てでショーを見ていた、派手 なジャケット着た鼈甲 ブチのメガネの外国人のおっさんが、感極 まってランウェイに飛び乗り、あいつの足元に這 いつくばって靴 を舐 めた。
ほぼ変態 としか言えへん、跪 いて諸手 を上げ、天を振 りあおぐ仕草 は、完全に神を見る時のポーズやった。
おっさんは泣きながら、湊川 怜司 に言うた。
レイジ、君はランウェイの神。僕 と結婚 して、永遠に共に生きてください。
おっちゃんそう言うてはったんやって。
外国語で、大多数には意味分からんし、叫 ぶおっちゃんにポカーンや。
俺かてポカーンやったわ。
亨 はおっさん何言うてるか分かったようで、なおさらポカーンやった。
あの初対面 の外国の人、泣きながらプロポーズしたはるで。大丈夫 か、相手、妖怪 やのに、完全にイカレてる。
確かにそうや。朧 は人を完全にイカレさせる神やった。
もう誰 もあいつから、目を離 されへん。
俺のおとん、大丈夫 やろか。
湊川 は淡 い笑みのまま、ちょっとおもろそうに、おっちゃんを見て、まだ這 いつくばっているおっちゃんの背 を、急に踏 んだ。
そこらの石段 にでも足かけるような、なにげない仕草 やった。
それ見て皆 、ガーンてなった。
その派手 なジャケットのおっさん、まあまあ業界 の重鎮 やねんや。
湊川 は探 す目でまた、自分を見つめる群衆 を眺 め、ちょっと傷 ついた顔をした。
その憂 い顔に、見るものは皆 、胸 を締め付 けられていた。
「来てへん……運命 の人やのに。どこに居 てるんや、俺の愛 しいあん畜生 は」
湊川 はそう言うたけど、それは台詞 やった。
ランウェイの果 てで、そう言う手はずやったのに、感極 まったデザイナーのおっちゃんが乱入 してもうて、自分で企画 したショーをぶち壊 してもうたんやって。
ほんで、しゃあないから踏 んどいたんやって。
一瞬 、あいつがおとんを探 してて、ほんまにそう言うたのかと思うた。
誰 探 してんのやろうって、辺 りを見回す人も、何人もいた。
待 ち人 来 らず。そういう空気を纏 って、ランウェイの神は去 るようやった。
くるりと群衆 に背 を向け、湊川 はその美しい後 ろ姿 を見せながら、流れる音楽に乗って、淀 みなく去 った。
うわああどこへ行くんやああ、って、メガネのおっさんは泣き、群衆 も泣いた。
なんか訳 分からんのに、皆 が感動の渦 に飲み込 まれたのは、あいつの妖術 か。
あるいは、あいつがほんまに誰 かを待ってて、誰 かに捨 てられ、それでもまだ探 し続けてる神やったせいか。
天井 から、雨のように光る銀の紙吹雪 が舞 い、ランウェイにはフィナーレの曲が流れてた。
全部のショーが終わると、奥 に戻 っていた妖精 さんたちが皆 、再び出てきて、床 で泣いてるおっちゃんに励 ましの投げキッスをしてやっていた。
美しい顔、美しい脚 が、幻 のように通り過ぎていく。
この世のものとは思えんひと時 やったわ。
うわあ。えらいもんを京都に呼び戻 してもうた。
なんか仕事もろたし、デパートの人に専属 契約書 を書かされて拇印 捺 さされたわあ、と言うて、湊川 は赤い指を拭 きながら案外 すぐ出てきた。
デパートの前で待っといてと。すぐにメールが来て、俺らは正面玄関 を出たとこで、突 っ立って待っていた。
こんなとこに、さっきのランウェイの神が降臨 して大丈夫 なんか。
俺と亨 は群衆 に襲 われる覚悟 で、極力 目立たんように立ってたが、湊川 は、よう先生お待たせー、とか言うて、さっきのままの格好 で俺らのとこに寄 って来た。
あっち行け朧 、めっちゃ目立ってもうてるやんか。
ものすご連写 のシャッター音が全方向から聞こえてるわ。
「おっさんにプロポーズされたわ。ようあることや」
トレンチコートのポケットに両手を突っ込 み、師走 の京都に白い息を吐 いている朧 は、寒そうやった。
えらい薄着 なんやもん。
白シャツにズボンに、トレンチコートしか着てない。
見た目美しかったが、街 はもうダウンコートに包 まれるシーズンやった。
「寒 ! 寒 ないの? 怜司 兄さん。ショービズの神やから平気なん⁉︎︎」
自分はコートに身を包 んでる亨 が、朧 の薄着 を咎 めてた。
「しゃあない、勝負服 やもん」
苦笑して言う湊川 は、おとんのシャツを着てた。
恐 ろしいまでの、俺のおとんへの執着 や。
「行こか。橋 で会う約束 やねん。一緒 に行こか」
「なんで一緒 に行くねん、すぐそこやないか」
ここから、四条大橋 までは、四条通 りを一本道や。
碁盤 の目のように直線道路しかない京都市街地で、しかも四条通 りのような大路 を行くのに、迷 うはずもなく。
まして久々 やいうても、湊川 は地元 の物 の怪 や。四条大橋 には寝 てても辿 り着けるやろう。
「怖 いもん。一緒 に行ってくれへんと、俺逃 げてまうかもやで? 脚 、震 えてるもん」
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