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29-59 アキヒコ

 苦笑(にがわら)いの顔で言う湊川(みなとがわ)の体はほんまに少し(ふる)えてた。 「薄着(うすぎ)やからや! 寒いだけ! とっとと行ってこいやで、兄さん」 「そんなん言わんといてえな、(とおる)ちゃん。一緒(いっしょ)に行こうな」  そう言うて、湊川(みなとがわ)(とおる)(かた)()き、()()して歩き出した。  ちょっと待て、それ俺のツレや。  お前と(なら)ぶとお前のツレみたいに見えとるやないか。  俺にはそれが衝撃(しょうげき)で、しかもニワカのパパラッチさん達に、バッシャバシャ写真を()られてる。既成(きせい)事実がガンガン作られていっとるやないか。  もしもそれがネットを()(めぐ)り、ありもしいひん(うわさ)が流れ、バカスカ「いいね!」が()されたら、それが事実や。  そういう時代で、あいつはそういう神やった。  俺は血相(けっそう)変えて、(とおる)(うば)った。  湊川(みなとがわ)は迷うふうもなく、四条大橋(しじょうおおはし)を目指す方向に足を向けて、そんな俺を笑い、俺の手を引いた。  冷たい手やった。ほんまに冷えてて、鼻の頭までちょっと赤くなっている。  冷たいなあっていう時、(とおる)にもある。あいつが不安やったり、(あま)えたい時や。  冷たい手や(ほお)()いて(つつ)んで、(ぬく)めてやりとうなる。  (とおる)の冷たい手を(にぎ)ると、アキちゃん(むね)がキュンキュンするんや、ほんまやで。  その指が、(ほお)が、(むね)が、やがて熱く燃え上がる。俺の(うで)の中で(もだ)え、赤く燃える火みたいに、()けて(もだ)えるのを予感(よかん)して、ああまだ冷たいなあって、俺が()いてやろうって、(いと)しく思うんかもしれへん。  そんな手管(てくだ)か。やっつけられてんのか俺は。(とおる)に。  いやいやいや、それはない、たまたまや。  そこは天然(てんねん)でそうなってんのや。(ねら)ってではない。  そやけど湊川(みなとがわ)は、それを意図(いと)してギンギンに冷えていったんやって、(とおる)が言うもんやから、そんなわけあるかい、天然(てんねん)やろって、俺も(あわ)てることになるんや。  そうや天然(てんねん)や。うっかり冷えてもうてるだけの湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)は、河原町通(かわらまちどお)りを(わた)り、四条通(しじょうどお)りの北側の歩道を、俺らを連れてどんどん行った。  手を引いて先に立って歩く姿(すがた)も美しく、あいつが歩けば、どこでもそこがランウェイやった。  ()きたい衝動(しょうどう)()られ、美しい神やと思った。つくづく。  そうやけど、これを()くんは俺の仕事やないようや。  美しい、(おぼろ)(りゅう)の絵には、暁雨(ぎょうう)という雅号(がごう)が入っているべきや。(みな)もそう思うやろう?  木屋町通(きやまちどお)りの信号(しんごう)で、いったん赤になり、足止(あしど)め食らうと、もう四条大橋(しじょうおおはし)は目と鼻の先。橋のかかる鴨川(かもがわ)の流れも、もうすぐそこや。  おとん、ほんまに来てくれてんのやろうな。俺は心配でたまらんかった。まさか二度もドタキャンしいひんよな。(たの)むで、おとん。  そんな俺らの横に、ブルン、とけたたましい、いかにも猥雑(わいざつ)改造車(かいぞうしゃ)のエンジン音がして、クッソ派手(はで)な赤いオープンカーが止まった。  (だれ)や、とその悪趣味(あくしゅみ)なギラギラした、銀のスパイクついてて虎柄(とらがら)のしましまシートが()ってある、ありえへん運転席を見たら、ものすご車にマッチした、パンチパーマにシルバーフォックスの毛皮着た、冬毛(ふゆげ)の赤(おに)みたいな(やつ)(すわ)ってた。  ほんまに(つの)ある。これ、(おに)やん。ザ・(おに)。  助手席にも、(つの)二本生えた、悪い子ルックのスタジャンの美少年(びしょうねん)おる。なにこれ。(おに)? 「久しぶりやのう、怜司(れいじ)。帰ってきたて小鬼(こおに)どもが(さわ)いどるさかい、(むか)えに来たんやで。まあ乗れや」  パンチパーマは言うた。湊川(みなとがわ)はそれとは目を合わせず、ふふっと笑うた。 「素早(すばや)いなあ兄さん。ご無沙汰(ぶさた)やったな。相変(あいかわ)わらず個性的なファッションやで、さすがやな」  湊川(みなとがわ)()める口調で言うたが、京都では、個性的やは()め言葉ではない。むしろ真逆(まぎゃく)や。  そやけど(おに)はわかってへんのか、普通(ふつう)にがっはっはと喜んでいた。 「そうやろう! お前も相変(あいかわ)わらず、ええケツしとるわ。変わらんな。昔以上やないか……」  よだれ出そう、みたいな目で、(おに)さんは湊川(みなとがわ)後ろ姿(うしろすがた)を見た。  そうやろう。わかるわ。そのファッションは理解できひんけど、(おに)さんの気持ちは俺もわかる。  (おに)、いてんのや……。京都、ほんまに(おに)いてるんやで。  比喩(ひゆ)的な意味やなかったんや、(おに)がおったら()るでっていう話。  これ。ダイレクトに(おに)やで。(つの)あるもんな。  よう見たら、おっさん(きば)もあるで。(こわ)そうやなあ……。  湊川(みなとがわ)はいつの()にか、俺の手を(はな)してた。面倒(めんどう)くさい(やつ)に声かけられてもうたし、()()まんとこうって、他人のふりするみたいにさっと手を(はな)してくれたんや。  もう、その冷たい白い手は、湊川(みなとがわ)のトレンチコートのポケットの中に(かく)れてもうてた。 「せっかく(さそ)ってもろうたのに、すまん事やけどな、兄さん。もう先約(せんやく)があるんや、俺は。これから昔の男に会うんや、そこで」  川の方向を指差(ゆびさ)して、湊川(みなとがわ)(おに)に教えた。  ブンブン()ってるカーステレオの音楽に()れながら、赤鬼(あかおに)も川の方を見る目線(めせん)になってた。 「(だれ)やそれ。そんな(やつ)、いつでもええやろ。俺がいって、ちょっとビビらせといたる」 「そうなん? 秋津(あきつ)の坊(ぼん)やで」

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