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29-60 アキヒコ

 小声(こごえ)で、湊川(みなとがわ)(おに)に言うた。  そうしたら、(おに)もやけど、助手席(じょしゅせき)小鬼(こおに)もぎょっとしていた。  そのリアクションの(すご)さに、俺もびっくりしていた。  おとん、(おに)に有名なんや。  そうか。(おに)()ってたんやもんな。知り合いか。 「な、なんやて。あいつ死んだんやったやろ……⁉︎」 「それがそうでもないようや」  (おに)たちはザワザワとした。それは(きわ)めて深刻(しんこく)な情報のようやった。  小鬼(こおに)は、般若(はんにゃ)刺繍(ししゅう)背中(せなか)に入ってるピカピカのサテン生地(きじ)のスタジャンのポケットから、携帯(スマホ)を取り出して、急いで何かをメールで送り始めた。  (おに)も使うんやな、携帯(スマホ)。待ち受け画面も虎柄(とらがら)やった。 「あのな怜司(れいじ)……秋津(あきつ)(わか)に言うといてくれへんか。俺も重々(じゅうじゅう)反省(はんせい)した……」  そう言うて、(おに)は車のダッシュボードをぱかっと開けた。  そこには、でっかい赤い手が、手首よりちょっと上あたり、剣道(けんどう)小手(こて)をいれるあたりでスパッと切り落とされて、入ってた。  うええ、なんやあれ、気色悪(きしょくわる)。  動いてるで、手だけやのに。うごうごしてる。  ほんで、よう見たら、ハンドル(にぎ)ってる(おに)の手は、片方(かたほう)しかない左手だけで、右手は手首までしかなかったんや。 「この手、そろそろ治してもらわれまへんやろかって、(たの)んでくれへんか。お前が言えば秋津(あきつ)(わか)も、ちょっとは考えてくれはるやろう……?」  急に敬語(けいご)になり、(おに)は、よろしゅうお(たの)み申しますという、悲しい(なさ)けない顔をした。(となり)小鬼(こおに)も、しゅんとしていた。 「秋津(あきつ)の新しい(わか)やったら後ろにいてる。(おのれ)(たの)みや。そういう実務(じつむ)は今後こっちが担当(たんとう)や。今はまだ学生の身やさかい、本格的(ほんかくてき)にやらはんのは大学出はって来年度あたりからやろうけど、新しい俺の主人(あるじ)や。よろしゅう(たの)むで兄さん。これから俺が会いに行くんは、古い方の秋津(あきつ)(ぼん)やで。もう隠居(いんきょ)やねん」  俺を()(かえ)るような仕草(しぐさ)をして、湊川(みなとがわ)視線(しせん)で、俺を(おに)に教えた。  あっ、お前いま俺を巻き込(まきこ)んだな。守ってくれるんとちゃうんや⁉︎  俺いま丸腰(まるごし)やで。水煙(すいえん)()れてきてへん。  そんなん、()らんと思うやん。  水煙(すいえん)は、お前がおとんと再会(さいかい)するのなんか、見たないやろうと思ったし、何分(なにぶん)あいつは、アキちゃん、それが分別(ふんべつ)やろなあ言うて、美しく俺のもとを()ってもうた後や。  そうや、それが分別(ふんべつ)やって、俺も思うてたけど、これ、全然(ぜんぜん)あかんやん。水煙(すいえん)がいいひんと、めっちゃ不便(ふべん)やんか。  今この状況(じょうきょう)で、ちょっと待っといてください言うて嵐山(あらしやま)の家帰って、水煙(すいえん)とってきますって言うんか?  食い殺されるわ俺。  このパンチパーマにやっつけられて、鴨川(かもがわ)手前(てまえ)の、いま横を流れてる(あさ)(あさ)高瀬川(たかせがわ)にバラバラなって()くわ。  水煙(すいえん)! すぐに来てくれ水煙(すいえん)!!  お前が俺には必要や! 比喩(ひゆ)的な意味やのうて現実にやで? 「はあ? 新しい(わか)やと……? 来年度から……?」  (おに)は初めて俺を見た。目が合ったわ。  (おに)は金色の、飴玉(あめだま)みたいなまん丸の目してた。節分(せつぶん)(おに)(めん)みたいや。  俺はその目を、ぐっと(にら)んだ。  負けたらあかん。これが俺の敵、秋津(あきつ)の敵で、今後戦う相手らしいんやで?  大丈夫(だいじょうぶ)かこれ、普通(ふつう)(おに)や。  これ、(たお)すんか? 今? やんの? 俺が?  アキちゃん、そんな血気(けっき)(さか)んやったんやけどな、(おに)さん、ははは、って、急に愛想(あいそう)()う俺に笑った。  来年のこと言うたさかい(おに)(わろ)うてんのやろか。 「ああ、ハッハッハー! そないですかあ。それは気づかんと。秋津(あきつ)(ぼん)がいてはったとは、いやいやいや、俺も(にぶ)いですなあ。すんません。あははー」  あれっ。(おに)(こし)低いで。どないしよ。 「まあまあ、(おに)もいろいろいてますやん。必要悪(ひつようあく)や。(ぼん)のお父はんも、そう言うたはりましたよって、(ぼん)もそう思てくれはるんやろなあ。あんじょう上手(うも)う、付き合うていきましょなあ」  ほなさいならって、(おに)はアクセル()むみたいやった。  信号(しんごう)まだ赤やで。  そんなもん気にもせず、赤いオープンカーは(わる)モンらしい危険(きけん)運転で、木屋町通(きやまちどおり)をブウウウンと横切り、あっという間に川の方へスピード上げて消えていった。  ほんまに消えた。ふっと消えたんや。  バック・トゥ・ザ・フューチャーみたいや。  映画(えいが)のな、車がタイムマシンで、()(ぱし)って未来へ消えるやつあるねん。あれみたいやわ。あるねんなあ、あんな事。 「雑魚(ざこ)やで、あんなん。まあでも、あれが()てるおかげで、しょうもない小鬼(こおに)らも統制(とうせい)がとれとる。必要悪(ひつようあく)やねん。俺も餓鬼(がき)(ころ)には、けっこう食わせてもろたしな。俺に(めん)じて、見逃(みのが)したってくれ、秋津(あきつ)の新しい(わか)先生」  湊川(みなとがわ)苦笑(くしょう)して、俺に(たの)み、小さく頭をさげる仕草(しぐさ)をした。  よかったあああ、チャンバラならんで。  俺、丸腰(まるごし)やん。やばかったああ、絶対(ぜったい)。  ちょっと俺、認識(にんしき)(あま)かった。このレベルで普通(ふつう)(おに)おるん? 俺が気づいてへんかっただけ?  思った以上に、この世は妖怪(ようかい)だらけ、神だらけやで。  いっぺんはっきり目を開いてみたら、それがよう見えた。

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