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三都幻妖夜話(3)神戸編 29-61 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
29-61 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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29-61 アキヒコ
橋
(
はし
)
を行き来する人の
群
(
む
)
れ。
観光客
(
かんこうきゃく
)
。 そして
幽霊
(
ゆうれい
)
、
妖怪
(
ようかい
)
、
鬼
(
おに
)
や
邪霊
(
じゃれい
)
の
類
(
たぐい
)
まで、あたりにウヨウヨとおったんや。俺にはそれが見えていた。
鴨川
(
かもがわ
)
の
対岸
(
たいがん
)
はあの世やと、昔の
都人
(
みやこびと
)
は思うてたらしい。 そやけど今は
普通
(
ふつう
)
に
街
(
まち
)
になってるし、
皆
(
みんな
)
、つつがなく生活してる。 そうやけど、昔はあった
異界
(
いかい
)
の門が、消えてるわけやない。
妖
(
あや
)
しい
有象無象
(
うぞうむぞう
)
が、いなくなったわけやない。 今も世界は、
不思議
(
ふしぎ
)
不思議
(
ふしぎ
)
でいっぱいや。 「どないしよ、
信号
(
しんごう
)
青なってまうな。
橋
(
はし
)
もうすぐやん」 今さら
怖気
(
おじけ
)
たようなことを、
湊川
(
みなとがわ
)
は言うた。ほんまに足すくむようやった。 「
気合
(
きあ
)
い出せ兄さん。あの
鬼
(
おに
)
が
怖
(
こわ
)
ないのに、アキちゃんのおとんが
怖
(
こわ
)
いんか? ドーンいっとけ!」
亨
(
とおる
)
がドスの
効
(
き
)
いた声で、
湊川
(
みなとがわ
)
の
背
(
せ
)
を
押
(
お
)
した。 ドーンやでドーン。何か分からへん。 「そら
怖
(
こわ
)
いやん。
秋津
(
あきつ
)
の
坊
(
ぼん
)
やで。俺なんか
一捻
(
ひとひね
)
りで殺せる男や」 さよなら言えば
一発
(
いっぱつ
)
や。どんな
太刀
(
たち
)
で
斬
(
き
)
られるよりも深い
致命傷
(
ちめいしょう
)
を
負
(
お
)
う。
湊川
(
みなとがわ
)
にとって、おとんはそういう
相手
(
あいて
)
やねん。 そらまあ
怖
(
こわ
)
いな。俺も
亨
(
とおる
)
が
怖
(
こわ
)
い。 こいつと
引
(
ひ
)
き
離
(
はな
)
されることを思うと、
怖
(
こわ
)
くてたまらん。 そやけど、
大丈夫
(
だいじょうぶ
)
や。もう二度と
引
(
ひ
)
き
離
(
はな
)
されへんように、
亨
(
とおる
)
とは、しっかりと手を
繋
(
つな
)
いであるんや。 お前もそうせえ。
朧
(
おぼろ
)
の
龍
(
りゅう
)
。
湊川
(
みなとがわ
)
怜司
(
れいじ
)
。おとん
命
(
いのち
)
の
京雀
(
きょうすずめ
)
。 とうとう京に
戻
(
もど
)
れたんやからな。ここ一発の勇気を出すんや。 俺も
無言
(
むごん
)
で、
朧
(
おぼろ
)
を
励
(
はげ
)
ます目で見た。 それを
苦笑
(
くしょう
)
で
見返
(
みかえ
)
してきて、
湊川
(
みなとがわ
)
は深い
溜息
(
ためいき
)
をついた。 そして、何か長いもんを、コートのポケットからにゅうっと出した。 何や
唐突
(
とうとつ
)
やなドラえもん。お前の
四次元
(
よじげん
)
ポケットやな。 それを後ろ手に俺に
渡
(
わた
)
してきて、
湊川
(
みなとがわ
)
は言うた。 「先生、それ、
水煙
(
すいえん
)
にやって。どないするか
悩
(
なや
)
んだけど、がめたまま死ぬわけにもいかへん。
勿体無
(
もったいない
)
いからな」 受け取ってみると、それは
軸
(
じく
)
やった。絵の
軸
(
じく
)
や。 青い
青海波
(
せいがいは
)
の
錦
(
にしき
)
でできた
表具
(
ひょうぐ
)
に、
輝
(
かがや
)
くような白い
真珠
(
しんじゅ
)
色の
組紐
(
くみひも
)
が
巻
(
ま
)
かれてあった。 俺がそれを
解
(
ほど
)
くと、中から絵が出てきた。おとんの絵や。
門外不出
(
もんがいふしゅつ
)
やったんちゃうんか。そう聞いてたけどな。 おとんは家の外で絵を
描
(
か
)
くことを
禁
(
きん
)
じられてた。そやから、残っている絵は全てうちの
蔵
(
くら
)
にあるのが
建前
(
たてまえ
)
や。 しかし、そうとは
限
(
かぎ
)
らへん。 神戸のヴィラ
北野
(
きたの
)
の
宴会
(
えんかい
)
で、
支配人
(
しはいにん
)
の
中西
(
なかにし
)
さんが話してた、
大崎
(
おおさき
)
先生が
探
(
さが
)
しているという
狐
(
きつね
)
の絵。それも
蔵
(
くら
)
から
漏
(
も
)
れている。 たぶん
元々
(
もともと
)
、家の外で
描
(
か
)
かれ、うちの
蔵
(
くら
)
にはいっぺんも
収
(
おさ
)
まったことのない絵やろう。 それをおとんは、どこで
描
(
か
)
いてたんか。 そりゃあ、あれやん。
朧
(
おぼろ
)
の家やわ。 おとんには、親や家の
者
(
もん
)
に
隠
(
かく
)
れて
耽
(
ふけ
)
る遊びがあって、そのためのアジトが
朧
(
おぼろ
)
の家やったんや。 悪い
坊
(
ぼん
)
やわ、楽しかったやろな。 そこで絵を
描
(
か
)
き、
朧
(
おぼろ
)
に
預
(
あず
)
けてあったんやろう。 他にも絵があるような口ぶりで、
湊川
(
みなとがわ
)
は言うた。 「
他
(
ほか
)
のんは
冥土
(
めいど
)
の
土産
(
みやげ
)
にもらってもええけど、これは
嫌
(
いや
)
やしな。もらって
嬉
(
うれ
)
しい
奴
(
やつ
)
が持っといてくれって、言うといて」 敵に塩を送るような顔をして、
湊川
(
みなとがわ
)
はふふんと
笑
(
わろ
)
た。 絵は、
水煙
(
すいえん
)
やった。 白い
泡
(
あわ
)
が
網
(
あみ
)
の目のように
交
(
ま
)
じる、青い
波濤
(
はとう
)
の中に、
渚
(
なぎさ
)
に打ち寄せられた
人魚
(
にんぎょ
)
のような、青い
蛇体
(
じゃたい
)
の
水煙
(
すいえん
)
が
座
(
すわ
)
っている。
背景
(
はいけい
)
には
有明
(
ありあけ
)
の月の残る、
暁
(
あかつき
)
の空が
描
(
えが
)
かれ、その朝日に
照
(
て
)
らされた
水煙
(
すいえん
)
の顔は、前に見ていた海の
怪異
(
かいい
)
のものやない。 今の、
呪
(
のろ
)
いの
解
(
と
)
けたほんまもんの顔で、
煙
(
けむ
)
るような
濡
(
ぬ
)
れた
睫毛
(
まつげ
)
で俺を見る、
天人
(
てんじん
)
の顔やった。 おとん。なんでこの顔、知ってたん。 見えてたんか。実は。 俺はおとんの目の良さに、びっくり
魂消
(
たまげ
)
た。 それにこの絵、
震
(
ふる
)
えがくるような
傑作
(
けっさく
)
や。 たぶん
朧
(
おぼろ
)
の
龍
(
りゅう
)
の絵と
並
(
なら
)
び、おとんの
最高傑作
(
さいこうけっさく
)
の
双璧
(
そうへき
)
と言えるやろう。
大崎
(
おおさき
)
先生おらんで良かった。もし付いてきてたら、この
木屋町
(
きやまち
)
の
信号
(
しんごう
)
んとこで、この絵を見て、泣きながら
転
(
ころ
)
がりまわってる。 それやと
変態
(
へんたい
)
すぎて引くからな。
邪魔
(
じゃま
)
やしな、
危
(
あぶ
)
なかったわ。 しかし、おとんは、これを
朧
(
おぼろ
)
の家で
描
(
か
)
いたんか。もちろん
朧
(
おぼろ
)
も絵は見たやろう。 おとんは、
想
(
おも
)
うた相手を絵に
描
(
か
)
く
性癖
(
せいへき
)
の男やった。それを
朧
(
おぼろ
)
も知ってたやろか。
鬼
(
おに
)
やな、おとん。 そんなことしたら、
朧
(
おぼろ
)
はおとんが
水煙
(
すいえん
)
を選んだんやと思うやろ。 それを言うため、わざわざ絵
描
(
か
)
いて見せたんか。 「
焼
(
や
)
き
捨
(
す
)
てたろか思うたけどな、
上手
(
うま
)
いこと
描
(
か
)
けてるやろう。これ、ちゃんと世に出たら、きっと、いい
絵描
(
えか
)
きになれるわと思て、とっといたん」 しゃあなしやな。そういう顔で、
朧
(
おぼろ
)
は教えて、にっこりとした。 「ほな行くわ。もう思い残すこともあらへん。俺のために、いろいろ
心砕
(
こころくだ
)
いてくれはって、先生、おおきにありがとう。この後、どないなっても、先生のせいやない。俺のことは、
忘
(
わす
)
れてええから」 「死ぬ気まんまんやな」
亨
(
とおる
)
が
眉間
(
みけん
)
にシワ
寄
(
よ
)
せて、
指摘
(
してき
)
した。 「そんなんやと、いけるもんもいけへんで。俺と付きあえてお前は世界一ラッキーな男やでぐらいの上から
目線
(
めせん
)
でいけ、兄さん」 「そうするわ」
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椎堂かおる
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