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三都幻妖夜話(3)神戸編 29-62 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
29-62 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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854 / 928
29-62 アキヒコ
冗談
(
じょうだん
)
やと思うたんか、
吹
(
ふ
)
き出して笑い、
湊川
(
みなとがわ
)
は俺と
亨
(
とおる
)
に手を
振
(
ふ
)
った。 信号が変わり、もう行かなあかんからやった。
亨
(
とおる
)
は別に、
冗談
(
じょうだん
)
で言うたわけやない。本気で言うてる。 こいつ
実際
(
じっさい
)
めったに
冗談
(
じょうだん
)
なんか言わん
奴
(
やつ
)
やで。 いくらアホかと思うようなことでも、いつも本気で言うてんのやで。
真剣
(
しんけん
)
に生きてんのや、これでもな。 これについては、俺も
亨
(
とおる
)
に
同感
(
どうかん
)
や。 おとんは、お前みたいな
奴
(
やつ
)
と出会えて、世界一ラッキーな男やった。 そして、それはこれからも続く。おとんしだいや。 「ほっといて
平気
(
へいき
)
やろか、アキちゃん。お前のおとんがどこまで
鬼畜
(
きちく
)
かわからんで」 歩み去る
湊川
(
みなとがわ
)
を見送って、
亨
(
とおる
)
は俺が持ったままの
水煙
(
すいえん
)
の絵を
睨
(
にら
)
み、
恐
(
おそ
)
れたふうに言うた。 ほんまやな。おとんのことが好きでたまらん
朧
(
おぼろ
)
の前で、この絵が
描
(
か
)
けるような男なんやしな。 俺もその点、あんまり人のこと言えんのやけど、
朧
(
おぼろ
)
が心配や。 どうなるか。俺の
式
(
しき
)
やし。ほうっとかれへんやん。 それで俺は
監視
(
かんし
)
しとくことにした。
視
(
み
)
えるんや。 遠いし、
普通
(
ふつう
)
やったら俺らの立ち位置から、
四条大橋
(
しじょうおおはし
)
はまだ遠すぎて見えへん。 そやけど、気になるなあって、あいつの
背
(
せ
)
を追いかけて、じっと見てたら、なんか
視
(
み
)
えてん。 自分がその場にいてない、遠くの
様子
(
ようす
)
や音が、その場に
居
(
い
)
てるかのように見え、聞こえた。
千里眼
(
せんりがん
)
ていうねんて。後で知ったところによると。 ウチも
大抵
(
たいてい
)
、
視
(
み
)
えてますえ、と、おかん言うてた。
遺伝
(
いでん
)
やねん、おかんからの。
秋津
(
あきつ
)
家には代々、
血筋
(
ちすじ
)
に伝わる
神通力
(
じんつうりき
)
のひとつで、俺にもそれが伝わってたんやな。 知らんかった。どうりでおかん、全然知らんはずの
居
(
い
)
てへんかった場所のことを、手に取るようによう知ってたわけや。 俺が学校帰りにデートしたとか、初めて
彼女
(
かのじょ
)
とええとこ行ったとか、そういう事も全部知ってた。 なんでやおかん、俺のプライバシーどこ消えた。
勘弁
(
かんべん
)
してくれやったんやけど、
千里眼
(
せんりがん
)
、
便利
(
べんり
)
やな。
横断歩道
(
おうだんほどう
)
を
渡
(
わた
)
り、
湊川
(
みなとがわ
)
は一人で
颯爽
(
さっそう
)
と歩いた。
脚
(
あし
)
震
(
ふる
)
えると言うた
割
(
わり
)
には、それを
微塵
(
みじん
)
も感じさせへん、
軽快
(
けいかい
)
な美しい歩き方で、のろのろ歩きの
観光客
(
かんこうきゃく
)
や、
地元民
(
じもとみん
)
の
群
(
むれ
)
れを
追い越
(
おいこ
)
して、すいすい歩いていった。 あいつとすれ違った人らは、どこか
呆然
(
ぼうぜん
)
とした目で、あいつを見上げ、
振り返
(
ふりかえ
)
って
二度見
(
にどみ
)
、
三度見
(
さんどみ
)
をした。 美しかったからやろう。 一度見たらもう、絶対に
忘
(
わす
)
れられへん、そういう
威容
(
いよう
)
が
朧
(
おぼろ
)
にはある。 自分の
魂
(
たましい
)
が持っている光を、あいつは一個も
隠
(
かく
)
してへんからや。 人に
隠
(
かく
)
れて
暮
(
く
)
らす
者
(
もん
)
が多い
物
(
もの
)
の
怪
(
け
)
の世界では、
珍
(
めずら
)
しいタイプと言えるやろう。 あいつは京の
雀
(
すずめ
)
やし、ええなあって、
憧
(
あこが
)
れをもった
注目
(
ちゅうもく
)
をもって、
崇
(
あが
)
めてもろうてなんぼの、人の心の中に
巣食
(
すく
)
う神で、
妖怪
(
ようかい
)
やねん。
危
(
あぶ
)
なっかしい。
怖
(
こわ
)
い。ときどき
害
(
がい
)
がある。見てるとアホにされそう。 けど、
誰
(
だれ
)
も
皆
(
みな
)
、目が
離
(
はな
)
されへん。 そういうもんやもんな、メディアって。
果
(
は
)
たして、おとん、
秋津
(
あきつ
)
暁彦
(
あきひこ
)
改
(
らた
)
め
暁雨
(
ぎょうう
)
さんのほうは、
四条大橋
(
しじょうおおはし
)
で
約束
(
やくそく
)
どおり待ってたんか? 待ってた。 そら待ってるわ。自分で
朧
(
おぼろ
)
を
呼
(
よ
)
んだんやもん。 それもすっぽかすほど、ええかげんな男やないで、うちのおとんは。 橋の中ほどの、石造りの
欄干
(
らんかん
)
にもたれ、おとんは
暇
(
ひま
)
そうに、京都の遠い
山並
(
やまな
)
みを見ていた。 冬の早い
黄昏
(
たそがれ
)
が山々に
迫
(
せま
)
り、
茜色
(
あかねいろ
)
の
雲
(
くも
)
がひとつ、ふたつ、遠くに
漂
(
ただよ
)
っている。 おとんは
紺
(
こん
)
の着物に、古めかしい
二重回
(
にじゅうまわ
)
しの黒いコートを着てた。 そんな
格好
(
かっこう
)
してても、京都のこの橋の上では、別に
浮
(
う
)
かへん。 そんな
格好
(
かっこう
)
してる人が、現代でも
普通
(
ふつう
)
に歩いてる。
観光客
(
かんこうきゃく
)
がレンタルで着てる、
板
(
いた
)
につかへん
着姿
(
きすがた
)
も、別に
全然
(
ぜんぜん
)
珍
(
めずら
)
しくはないんやしな。 そやけど、おとんの
周
(
まわ
)
りだけ、時が止まっているように見えた。 がっつり
昭和
(
しょうわ
)
やった。 古い絵の中におる
奴
(
やつ
)
が、そのままそこに立ってるみたい。 そやけど別に、おとんが
時代遅
(
じだいおく
)
れということやない。 古き良き、
昭和
(
しょうわ
)
の日本が、そのまま
奇跡
(
きせき
)
みたいに残ってる。そういう空気やった。
朧
(
おぼろ
)
は当然、ずいぶん
手前
(
てまえ
)
からおとんに気づき、深く
胸
(
むね
)
を
震
(
ふる
)
わせるような、息を
呑
(
の
)
んでた。 向こうはぼうっとして、気づいてへん。川見てる。 そやけど、おとんはそんな
鈍
(
にぶ
)
い男か? 自分の知ってる、かつては
蜜月
(
みつげつ
)
を
過
(
す
)
ごした、ランウェイの神がやで? それが
接近中
(
せっきんちゅう
)
なんやで? そんな
鈍
(
にぶ
)
いことで、
鬼
(
おに
)
と
渡
(
わた
)
り合うような
巫覡
(
ふげき
)
の仕事がつとまるやろか。 わざと
知
(
し
)
らん
振
(
ぷ
)
りしてんのや。おとん。
意地悪
(
イケズ
)
やなあ。 来たんか、
朧
(
おぼろ
)
。ずっと待ってたで。会いたかった。お前が好きや。愛してる。失われた過去を、これからふたりで
取
(
と
)
り
戻
(
もど
)
そう。
抱
(
だ
)
きしめてキス。そういうのやないんや。どういうことや。 俺の
期待
(
きたい
)
が大きく
激
(
はげ
)
しく
大外
(
おおはず
)
れや。
朧
(
おぼろ
)
は
一瞬
(
いっしゅん
)
、よろめくような足取りになったが、気をしっかり持てみたいな顔をして、おとんのほうへ行った。 あと、十メートル。五メートル。三メートル。一メートル……。
朧
(
おぼろ
)
はそこで止まった。それ以上、近づけへんみたいに。
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椎堂かおる
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