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29-63 アキヒコ
なんでや、もっとグイグイ行け。
早うハッピーエンドに突入 して、俺をほっとさせてくれ。
いつまで覗 き見しといたらええんや。
そうしたら見えるんか、そんなアホなと思うが、亨 は俺にくっついて、俺の心臓 の音を聞いているような仕草 をしてた。
見えんのか、そうすると。お前も見えてるんか?
何か電波 漏 れてんのか、俺は。気になる気になる。
「暁彦 様……」
おとんが無反応なもんやから、朧 はしばらく待って、しょうがないふうに自分から声かけた。すでにもう、つらいみたいな顔してる。
おとんは呼 ばれてはじめて顔あげて、意外 にも、にっこりとした。
俺とおんなじ顔や。なんか変な気がしてまうけど、客観的 に見て、おとんの笑顔はよかった。
純粋 そうに見える。なにも悪いことは考えてないような、ええとこの坊々 や。
「来たな。雀 ちゃん。元気そうやな」
来たな雀 ちゃんやない。どこが元気そうや。
俺にはもう気絶 しそうに見えるで、朧 。顔、真っ青や。
「元気ってほどやないで……」
緊張 してんのか、何か知らん、倒 れそうみたいな顔で、朧 はやっとのふうに答えた。
おとんは面白 そうにそれを見て、もたれてた欄干 から身を起こし、朧 と向 き合 うた。
「そうか。ほな、ちょっとおいで」
差 し招 いて、おとんは自分が寄 っていくんやない。お前が来いという態度 やった。
めっちゃ上からやな、おとん。
あかん。これは完全におとんのペースやけど、湊川 怜司 、こんな奴 やったか。おとんに呑 まれてフラフラや。
俺そんなん見たくなかった。何かの夢 が壊 れていく。
あいつ、ほんまにおとんにメロメロやったんや。こんな弱い立場で関わってたんや。
こいつちょっと、瑞希 に似てへんか。俺にはちょっとそう思えて、すでに胸 が痛 かった。
まあ、そないなってしまうんかなあ。多頭飼 いやとなあ。
どんな無茶苦茶 なことを相手がしてきても、捨 てられんのが嫌 やったら、堪 えて堪 えて、堪 えて、みたいになんのやろうか。
水煙 でさえ、そういうところはあったんやしな。
そういうのとばかり付 き合 うて、おとんもしんどかったやろな……。って、そこやないか。しんどかったんは朧 のほうか。すんません。
よろめく感じで、一歩二歩、近づいてきた朧 が、それより先に踏み出 さないのを見て、おとんは橋から離 れ、やっと近寄 ってきた。
そして、不安げに見上げてくる朧 の顎 に、手をかけたんや。
チューや! と亨 が俺の胸 んとこで叫 んだ。
やっぱ見えてんのか⁉︎ どういう仕組 や。
それに何か、何かの雰囲気 がぶちこわしや。
黙 って見といてくれへんか、亨 。頼 むわ。いま大事なとこや。
チューか⁉︎ ある意味そうやった。
おとんは、覚束 ん足元の朧 を引き寄せ、口づけをした。
唇 ではく、朧 の右側の、額 のあたりにや。
何やってんの、おとん。それ何の意味があんのや。
何かふたりにしか分からん、ラブラブな話でもあんのかなって、ちょっと期待して見たが、朧 も訳 わからんという、青い顔のままで、目も見開き気味 の横目 で、自分の蟀谷 を吸 うてるおとんの顔を見ていた。
そのままの抱擁 が、しばらく続いて、おとんはまた、朧 を自由にした。
「取れたで」
おとんは、歯に咥 えてたらしい何かを、自分の口元から摘 んで、朧 に見せた。
それは、鉄砲 の弾(たま)やった。
銀色の、尖 った弾丸 や。
朧 も、おとんも、それには見覚えがあるようで、何でこんなもんがという顔ではなかった。
おとんは弾丸 を見せたまま、しばらく何も言わへんかった。
「これ、お前が護身用 に持ってた拳銃 の弾 やな。俺の他の式 とやりあうために、呪法 を込 めた銀の弾丸 を持ってたやろう。それで自分を撃 ったんか? なんでや……。死ぬなて頼 んだのに、お前、死のうとしたんやな」
自分の目の高さに突 きつけられた銀の弾 を、朧 は悲しい、食い入るような目で見てた。
あいつの頭ん中に、これが入ってたってことやろか。
それのせいで、あいつ変やったん?
俺は全然気が付かへんかったけど、おとんは気づいてたんか。
「これ取ってやりたい思て、呼 んだんや。今日は」
おとんがそう言い、朧 は淡 いため息みたいな白い息を、静かに吐 いてた。
「そのため……? そんなこと言いに来たん」
「俺の頼 んだこと、お前の心には、届 いてへんかったんかな」
残念 そうに、おとんは言うてた。
それを聞き、朧 の顔はまだ、蒼白 のままや。
ランウェイを歩く、あいつの晴 れやかな顔からは、想像もつかへん。暗く、思い詰 めたような、痩 せた鬼 の顔やった。
あかん。これ、まずいんやないか。
俺、行ったほうがええやろか。
おとん、もうええわ。帰ろうかって、割 って入るべきなんか。
「勘違 いしてたわ……あほやった。俺はてっきり……」
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