855 / 928

29-63 アキヒコ

 なんでや、もっとグイグイ行け。  早うハッピーエンドに突入(とつにゅう)して、俺をほっとさせてくれ。  いつまで(のぞ)き見しといたらええんや。  そうしたら見えるんか、そんなアホなと思うが、(とおる)は俺にくっついて、俺の心臓(しんぞう)の音を聞いているような仕草(しぐさ)をしてた。  見えんのか、そうすると。お前も見えてるんか?  何か電波(でんぱ)()れてんのか、俺は。気になる気になる。 「暁彦(あきひこ)様……」  おとんが無反応なもんやから、(おぼろ)はしばらく待って、しょうがないふうに自分から声かけた。すでにもう、つらいみたいな顔してる。  おとんは()ばれてはじめて顔あげて、意外(いがい)にも、にっこりとした。  俺とおんなじ顔や。なんか変な気がしてまうけど、客観的(きゃっかんてき)に見て、おとんの笑顔はよかった。  純粋(じゅんすい)そうに見える。なにも悪いことは考えてないような、ええとこの坊々(ぼんぼん)や。 「来たな。(すずめ)ちゃん。元気そうやな」  来たな(すずめ)ちゃんやない。どこが元気そうや。  俺にはもう気絶(きぜつ)しそうに見えるで、(おぼろ)。顔、真っ青や。 「元気ってほどやないで……」  緊張(きんちょう)してんのか、何か知らん、(たお)れそうみたいな顔で、(おぼろ)はやっとのふうに答えた。  おとんは面白(おもしろ)そうにそれを見て、もたれてた欄干(らんかん)から身を起こし、(おぼろ)()()うた。 「そうか。ほな、ちょっとおいで」  ()(まね)いて、おとんは自分が()っていくんやない。お前が来いという態度(たいど)やった。  めっちゃ上からやな、おとん。  あかん。これは完全におとんのペースやけど、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)、こんな(やつ)やったか。おとんに()まれてフラフラや。  俺そんなん見たくなかった。何かの(ゆめ)(こわ)れていく。  あいつ、ほんまにおとんにメロメロやったんや。こんな弱い立場で関わってたんや。  こいつちょっと、瑞希(みずき)に似てへんか。俺にはちょっとそう思えて、すでに(むね)(いた)かった。  まあ、そないなってしまうんかなあ。多頭飼(たとうが)いやとなあ。  どんな無茶苦茶(むちゃくちゃ)なことを相手がしてきても、()てられんのが(いや)やったら、()えて()えて、()えて、みたいになんのやろうか。  水煙(すいえん)でさえ、そういうところはあったんやしな。  そういうのとばかり()()うて、おとんもしんどかったやろな……。って、そこやないか。しんどかったんは(おぼろ)のほうか。すんません。  よろめく感じで、一歩二歩、近づいてきた(おぼろ)が、それより先に踏み出(ふみだ)さないのを見て、おとんは橋から(はな)れ、やっと近寄(ちかよ)ってきた。  そして、不安げに見上げてくる(おぼろ)(あご)に、手をかけたんや。  チューや! と(とおる)が俺の(むね)んとこで(さけ)んだ。  やっぱ見えてんのか⁉︎ どういう仕組(しくみ)や。  それに何か、何かの雰囲気(ふんいき)がぶちこわしや。  (だま)って見といてくれへんか、(とおる)(たの)むわ。いま大事なとこや。  チューか⁉︎ ある意味そうやった。  おとんは、覚束(おぼつか)ん足元の(おぼろ)を引き寄せ、口づけをした。  (くちびる)ではく、(おぼろ)の右側の、(ひたい)のあたりにや。  何やってんの、おとん。それ何の意味があんのや。  何かふたりにしか分からん、ラブラブな話でもあんのかなって、ちょっと期待して見たが、(おぼろ)(わけ)わからんという、青い顔のままで、目も見開き気味(ぎみ)横目(よこめ)で、自分の蟀谷(こめかみ)()うてるおとんの顔を見ていた。  そのままの抱擁(ほうよう)が、しばらく続いて、おとんはまた、(おぼろ)を自由にした。 「取れたで」  おとんは、歯に(くわ)えてたらしい何かを、自分の口元から(つま)んで、(おぼろ)に見せた。  それは、鉄砲(てっぽう)の弾(たま)やった。  銀色の、(とが)った弾丸(だんがん)や。  (おぼろ)も、おとんも、それには見覚えがあるようで、何でこんなもんがという顔ではなかった。  おとんは弾丸(だんがん)を見せたまま、しばらく何も言わへんかった。 「これ、お前が護身用(ごしんよう)に持ってた拳銃(けんじゅう)(たま)やな。俺の他の(しき)とやりあうために、呪法(じゅほう)()めた銀の弾丸(だんがん)を持ってたやろう。それで自分を()ったんか? なんでや……。死ぬなて(たの)んだのに、お前、死のうとしたんやな」  自分の目の高さに()きつけられた銀の(たま)を、(おぼろ)は悲しい、食い入るような目で見てた。  あいつの頭ん中に、これが入ってたってことやろか。  それのせいで、あいつ変やったん?  俺は全然気が付かへんかったけど、おとんは気づいてたんか。 「これ取ってやりたい思て、()んだんや。今日は」  おとんがそう言い、(おぼろ)(あわ)いため息みたいな白い息を、静かに()いてた。 「そのため……? そんなこと言いに来たん」 「俺の(たの)んだこと、お前の心には、(とど)いてへんかったんかな」  残念(ざんねん)そうに、おとんは言うてた。  それを聞き、(おぼろ)の顔はまだ、蒼白(そうはく)のままや。  ランウェイを歩く、あいつの()れやかな顔からは、想像もつかへん。暗く、思い()めたような、()せた(おに)の顔やった。  あかん。これ、まずいんやないか。  俺、行ったほうがええやろか。  おとん、もうええわ。帰ろうかって、()って入るべきなんか。 「勘違(かんちが)いしてたわ……あほやった。俺はてっきり……」

ともだちにシェアしよう!