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三都幻妖夜話(3)神戸編 29-65 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
29-65 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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29-65 アキヒコ
淡々
(
たんたん
)
と、そう話すおとんの内心の
絶望
(
ぜつぼう
)
の深さが、俺には見えた。 たった一人が死ぬのを
看取
(
みと
)
るのでも、つらい。
亨
(
とおる
)
が死にそうやった時、俺も死にそうやった。
魂
(
たましい
)
の
引き裂
(
ひきさ
)
かれる思いがした。 それをおとんは立て続けに見たんや。次から次へ、
嘆
(
なげ
)
く
間
(
ま
)
もなく
式
(
しき
)
は死んだ。
水煙
(
すいえん
)
と自分を守るために、
皆
(
みんな
)
を殺した。おとんは、そういう自分を
許
(
ゆる
)
してはいない。
許
(
ゆる
)
すつもりもない。そういう目やった。 「
誰
(
だれ
)
か他の、もっとええやつ
居
(
お
)
ったやろ? 俺みたいなのやのうて、お前を愛して、幸せにしてくれる
奴
(
やつ
)
がきっと
居
(
お
)
る。うちの息子でもええわ。あれはようできた子やろ? 俺の子にしては
上出来
(
じょうでき
)
やった。あいつではあかんのか。他の
誰
(
だれ
)
かでもいい。お前はほんまに、ちゃんと
探
(
さが
)
したんか。お前の、
運命
(
うんめい
)
の
相手
(
あいて
)
とかいうのんを」 もっと
探
(
さが
)
せと、
訴
(
うった
)
える目でおとんは朧(おぼろ)を見て、
気遣
(
きづか
)
わしげやった。 それと見つめ合い、
朧
(
おぼろ
)
は
笑
(
わろ
)
うた。泣いたままやった目からまた、
涙
(
なみだ
)
がこぼれた。 「おらん。
探
(
さが
)
したけど、どんだけ
探
(
さが
)
しても、お前より好きな
相手
(
あいて
)
がいてへんかった。俺はもうええんや。幸せになろうとか、そういうことは
望
(
のぞ
)
んでへん。ただお前のそばにおって、お前が
描
(
か
)
く絵を見たいんや。それで死んでも別にいい。もういっぺん俺を、お前のそばにいさせてくれへんか」 これが最後の
頼
(
たの
)
みやで。
朧
(
おぼろ
)
はそういう顔で、おとんに聞いた。 「お前、
案外
(
あんがい
)
アホやったんやなあ」 おとんは、しみじみとそう言うた。
朧
(
おぼろ
)
は泣き笑いの顔で、それに
頷
(
うなず
)
いていた。 「そうやで。そばに置いて」
笑
(
わろ
)
うてる
朧
(
おぼろ
)
の顔を見て、おとんも
笑
(
わろ
)
うた。静かな笑みやった。 「お前にずっと言うてないことがあるんや」 おとんは
淡
(
あわ
)
い笑みのまま、朧(おぼろ)を見つめた。 「お前が好きやった。初めて
会
(
お
)
うた時から、ずっとお前が好きで、好きで、
堪
(
たま
)
らんかった。お前とずっと、好きな絵を
描
(
か
)
いて、生きていきたかったんや。でも、俺にはそれが無理やった。お前にそれを言うことさえできひんかった。俺もお前のそばにおってええか。あの夜の、俺が行けへんかった
約束
(
やくそく
)
の夜の続きを、お前と生きても、ええんやろか……」 そう言う、おとんの体を、
朧
(
おぼろ
)
が急に
抱
(
だ
)
きしめた。何が起きたんやという顔を、おとんはしてた。 「それは
普通
(
ふつう
)
の夢や。今の世の中、
誰
(
だれ
)
でもできることや。お前が生きたいように生きて、
描
(
か
)
きたい絵を
描
(
か
)
けばええんや。
誰
(
だれ
)
かに
断
(
ことわ
)
りをいれる必要もないことや。
誰
(
だれ
)
もお前を
恨
(
うら
)
んでなんかない。俺もそうやで。ただただお前が、
愛
(
いと
)
しいだけやねん。お前はただ愛されて、好きな絵を
描
(
か
)
いたらええんや。死んだやつらの分も、俺がお前を愛してやるわ」
朧
(
おぼろ
)
に
抱
(
だ
)
きしめられ、そう
諭
(
さと
)
されて、おとんは
苦悶
(
くもん
)
の顔をした。 いつも
微笑
(
ほほえ
)
んでるおとんが、そんな顔をするのを俺は初めて見た。 苦しい時に、苦しいと言えへんのが、おとんの生きた時代やった。 苦しくても、喜んで、
黙
(
だま
)
って死ななあかんかったんや。 ただ好きな相手に、好きやと言うてやる自由すらなくて、おとんは死ぬまで言葉を
呑
(
の
)
んでた。
駆
(
か
)
け
引
(
ひ
)
きも、
打算
(
ださん
)
もない、
掛
(
か
)
け
値
(
ね
)
無しの愛情を、
誰
(
だれ
)
かに向けることは
贅沢
(
ぜいたく
)
やった。 おとんにとっては、
誰
(
だれ
)
か一人を愛することは、やったらあかん
罪
(
つみ
)
やったんやもん。 「
朧
(
おぼろ
)
……お前がいたら
誰
(
だれ
)
もいらへん。お前といくわ」 自分を
抱
(
だ
)
きしめる
朧
(
おぼろ
)
の
背
(
せ
)
を
抱
(
だ
)
いて、おとんは苦しげに、血を
吐
(
は
)
くように言うた。 それは愛の言葉というには、あまりにも
身勝手
(
みがって
)
で
罪深
(
つみぶか
)
いように、おとんには思えたんやろう。
朧
(
おぼろ
)
は
頷
(
うなず
)
き、おとんの手を取った。 「行こ。
白川
(
しらかわ
)
の家、
憶
(
おぼ
)
えてるやろ。
秋尾
(
あきお
)
ちゃんがな、またそこに住めって。
登与
(
とよ
)
様がな、ずっと置いといてくれたんやって。そこで毎日、絵
描
(
か
)
いて、歌って遊んで、お前の好きなように生きよう。俺と二人で」
朧
(
おぼろ
)
はにっこりとして、ゆっくり目を
瞬
(
まばた
)
いた。
白蠟細工
(
はくろうざいく
)
のような
瞼
(
まぶた
)
が開いて、
朧
(
おぼろ
)
はおとんのもう一方の手もとった。
片方
(
かたほう
)
だけやと足らんのか。 にこやかに、おとんの顔を見上げる
朧
(
おぼろ
)
の目が、
白目
(
しろめ
)
のないガラス玉のような、真っ黒い目やった。
微笑
(
ほほえ
)
む赤い
唇
(
くちびる
)
に、
鋭
(
するど
)
い小さな歯がずらりと
並
(
なら
)
んでいても、おとんは変わらず
微笑
(
ほほえ
)
み返してやっていた。
朧
(
おぼろ
)
の顔は、だんだんぼやけた何もないのっぺらぼうのようになり、
透
(
す
)
けた
白蠟
(
はくろう
)
でできたように真っ白になっていた。 そこに暗い
穴
(
あな
)
のような目と、赤い
唇
(
くちびる
)
だけが
笑
(
わろ
)
うてる。
薄靄
(
うすもや
)
をまとって、
何者
(
なにもん
)
なのか
正体
(
しょうたい
)
が分からへん。まさに
朧
(
おぼろ
)
や。 「二人っきりでやで?
誰
(
だれ
)
にももう、
邪魔
(
じゃま
)
はさせへん。
誰
(
だれ
)
かに見せたら
盗
(
と
)
られてしまうもんなあ。今度こそお前を、家に
閉
(
と
)
じ
込
(
こ
)
めて、俺だけのモンにするわ」 ほんまに
嬉
(
うれ
)
しそうに、そう言うて、
朧
(
おぼろ
)
は
踊
(
おど
)
るような
足取
(
あしど
)
りで、おとんを
拐
(
かどわ
)
かした。
白川
(
しらかわ
)
の流れが
軒下
(
のきした
)
を通る、古い家へ。 そこはおとんが
朧
(
おぼろ
)
と短い
蜜月
(
みつげつ
)
を
過
(
す
)
ごした家やった。
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椎堂かおる
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