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29-66 アキヒコ

 あいつも結局は、(もの)()やったと言うことや。  おとんが(なび)いて、(うれ)しなってもうたんやろう。  (うれ)しいて(われ)(わす)れるあまりに、正体(しょうたい)(あらわ)した。  どんな人間にも人には言えへんほんまの姿(すがた)があるように、(もの)()にもある。  どんな美しく(きよ)らかなような神にも、(おそ)ろしい、(みにく)一面(いちめん)はあるんや。  あいつはもう、手に入れたおとんを(うしな)いとうはなかったんやろうなあ。  水煙(すいえん)が、おとんが(おぼろ)()()られるんやないかと(おそ)れてた、その懸念(けねん)は別に、心配性の御神刀(ごしんとう)()()苦労(ぐろう)ではなかったと言うことや。  おとんはもう、帰ってこないんかもしれへん。  (たと)えそうやったとしても、俺はもう、()()めることも、(さが)すことも、したらあかんのやろうか。  おとんは(おぼろ)と二人で生きていきたいんや。おとん自身(じしん)がさっきそう言うてた。  おとんが選んだんやで?  俺が(とおる)とそう願ったように。おとんもそうしたかったんやろう……。  もうとっくに死んでもうた親や。その(すね)をかじろうという俺が、アホ(ぼん)なんや。  俺には今まで、おとんの気持ちが全然(ぜんぜん)分かってなかった。帰りをずっと待ち、(いの)り続けた家族でも、(もど)ってきたおとんに、前に生きてた一生の続きを要求(ようきゅう)してた。  おとんが(もど)りたかったんは、その家やないんや。(おぼろ)()ごした、白川(しらかわ)の家やったんやろう。  そこへ帰って、(おぼろ)(りゅう)に、今帰ったでと言いたかったんや。  そやから、これでええんや。このまま、おとんが消えても、もう、それで良かったんやと納得(なっとく)して、俺が一人で家を守ればええんや。  そうやけど、俺はつらい。  おかんみたいに(いさぎよ)く、行っといでやすと送り出せはしいひん。  待ってくれ、おとん。置いてかんといてくれと、(さけ)びたい衝動(しょうどう)にかられ、俺は見るのも(つら)かった。祇園(ぎおん)の夜に消えていく、二人の姿(すがた)を。 「アキちゃん、あれ、おとん、怜司(れいじ)兄さんに食われてまうんとちがう?」  血相(けっそう)変えて、(とおる)が俺に、ちゃんと二人を追えと言うてた。  見失(みうしの)うたらもう、おとんを(さが)糸口(いとぐち)がないかもしれへんからや。  おとんも(おぼろ)も、位相(いそう)(あやつ)り、(わた)術法(じゅつほう)に関しては、未熟(みじゅく)やった俺をはるかに(しの)いでた。  追いかけて、追いつけるもんやない。 「見とかんと、(あぶ)ないで。怜司(れいじ)兄さん、普通(ふつう)やないで。外道(げどう)()()った人間を無事(ぶじ)に返すと思うなよ」  (とおる)は、おとん(こい)しさを(こら)えてる俺の(むね)を、(こぶし)でびしびし(たた)いて来た。 「(たと)えそうでも、しょうがないんや、(とおる)。おとんは(おぼろ)に食われたいんや。そのために帰ってきたんや。おとんがやり残した仕事はもうない。秋津(あきつ)の家が(いや)で、()げたいっていうんやったら、もう行かせてやらな……」  ()()ちの、続きをやるんや。(いと)おしい神と永遠(えいえん)(むす)ばれる。 「ちょっと待てって。考えてもみいや。俺と二人で(へび)穴蔵(あなぐら)(こも)って、永遠(えいえん)にそこから出られへんってなっても、アキちゃんほんまに満足(まんぞく)か? 俺が幸せやなあ言うたら、そうやなあって、百年でも千年でも、そう答え続けられるか? お前、神戸(こうべ)で言うとったやん。自分が幸せになるには、(とおる)だけやあかん。おとんやおかんや水煙(すいえん)や、他にも大勢(おおぜい)がおって、そこに自分の居場所(いばしょ)を見つけなあかんって。俺はお前にそう言われて目が()めたんやで。怜司(れいじ)兄さんも、アキちゃんのおとんを(はこ)(なか)()うだけやと、幸せにはなられへん。絶対に後悔(こうかい)する。それが百年後千年後では、もう、手遅(ておく)れなんやで⁉︎」  (とおる)はガミガミ言うてた。  そうか?  …………そうやな!  やっば、俺ちょっと(ゆめ)見てた!  あれ絶対(ぜったい)あかんやつやんか。  (おぼろ)! 目を()ませ!  追っかけなあかん。  俺は必死で祇園(ぎおん)白川(しらかわ)へ、(とおる)と走った。  どこやどこやって、千里眼(せんりがん)で見た家を(さが)したけど、全然見つからへんねん。  これ、あれや。(とおる)が言うてたやつや。  俺がヴィラ北野(きたの)(おぼろ)()()られてた時、(とおる)は俺を必死で(さが)してくれてたらしい。それでも俺は見つからへんかった。  神隠(かみかく)しに()うてたからや。  おとんもどこぞの位相(いそう)隙間(すきま)にある家に、(とら)われてもうたんや。  ほんで、そこから出られへん。出る気もない。  おとんは自分の意思(いし)で行ったんや。息子やからいうて、俺がそれを()()めてええのか。 「ええやろ。お前の弟どないすんねん。せっかくおとんに(なつ)いとんのに、お前みたいになるねんで?」  白川(しらかわ)沿()いの一本橋(いっぽんばし)の、ちょうど(なか)ばあたりで、(とおる)は俺にそう言うた。  ユミちゃん。そうやった。ユミちゃん。  あいつまだ生後(せいご)一ヶ月やで。  そんなわずかの(あいだ)だけで、おとんを(もの)()に食われてもうて、将来(しょうらい)、おとんに会いたいって泣いたらどうしよう。  俺は、お兄ちゃんやしな、見た目そっくりでも、おとんの代わりはやれへん。  やっぱ、おとんは、おとんでなきゃ、(つと)まらへんやろ。 「飛ばせ。アキちゃん。()えメールや!」  それハリーポッターや、(とおる)

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