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29-68 アキヒコ
めっちゃ焦(じ)らすな、おとん。俺そんなに待たれへん。
もうやらへんのかなと思うあたりで、朧 が真っ赤に染 めた顔で、あられもない悲鳴 をあげた。
たぶん、おとんが押し入 ったんやろう。
悲鳴 ? 喘 ぎ? なんか分からん。入れただけでいってもうてる。
ああ、逝 く逝 く、死んでしまうという、朧 の鋭 い声を、俺は何度も聞いた。
お前ちょっと相手によって露骨 に感度 違 いすぎひんか?
おとんは朧 が死にそうに喚 こうが、気絶 しそうになろうが、全然構 わず、悶 える白い体を組 み伏 せ、最後まで愉 しんだ。
震 える体で抱 かれ、おとんにすがりつく朧 は、総身 を赤らめ、汗 と涙 でどろどろや。
やり尽 くして、ぐったりしてる朧 の耳にキスしてやって、最後にもうひと泣きさせ、おとんはにっこりとした。
「相変 わらずやな、雀 ちゃん。久々 に燃 えたわ」
「あかんあかん……もうやめて」
朦朧 と拒 む朧 に、脱 いだ自分の着物をかけてやって、おとんは桜 を見た。
そこに、ジタバタしてるレシートが引っかかっていた。
「アキちゃんやないか」
おとんは、咎 める口調 で俺に言うた。紙人形 に言うたんやろう。
朧 の傍 らに身を起こして横たわるおとんが、指で小さく招 くと、紙人形 はしおしおと叱 られる子供 のように舞い降 りて、おとんの前に正座 した。
「親の濡場 なんか見るもんやないで。悪い子やな」
めって、おかんみたいに俺を叱 って、おとんは紙人形 にデコピンした。
痛 !!
俺の額 にほんまもんの痛 みが走り、俺はビビった。
呪法 返しや⁉︎ こんなことできるん⁉︎
タジタジとしたレシートは、おでこを押 さえながら、伝言 を喋 った。
おとん、帰ってきてくれ、帰ってきてくれと。
それを聞き、おとんは可笑 しそうに声あげて笑った。
「大丈夫 やでアキちゃん。そのうち帰るわ。こんなもんでビビらんとき、朧 なんか可愛 いもんやで。それで巫覡 の王がつとまるか?」
おとんはそう言うて、そこらにあった紙巻 の煙草 に火をつけ、美味 そうに吸 うた。
おとん、煙草 吸 うんや。知らんかった。家ではそんな様子 もないんや。
おとんの笑い声で気がついたんか、まだ朦朧 としたままの朧 が身じろぎした。
「どうもないか。きつかったら起きんでええで」
「何遍 も気 ぃやってしもた」
月見台 の床 に倒 れている朧 はぼんやりとした小声 やった。
「可愛 かったで」
紫煙 を吐 きながら、おとんは褒 めた。
それに朧 が顔を赤くするのが見えた。
汗 ばんで乱 れた朧 の髪 を、おとんが撫 でてやっている。
「酒でも用意するわ」
そそくさと身支度 をする朧 は、おとんのほうを見なかった。恥 ずかしいんやろう。
月見台 から部屋に戻 ると、床 の間 に軸 がかけてある。
その前を裸足 で通りかけて、朧 は足を止めた。
「この絵……」
「それはお前やわ」
まだ夜桜 の下でひとり横になってたおとんが言うた。
軸 の絵は黒い龍 やった。嵐山 の蔵 にあった朧 の絵や。
「お前には隠 しとくつもりやったのに、やりよったわ、お登与 め。ほんま容赦 ないな」
頭を抱 えるように髪 をかき上げ、おとんは襦袢 のままで部屋に来て、絵の前に立っていた朧 を背後 から抱 いた。
そうして煙草 を吸 いながら、自分も絵を見た。
おとんにとっても久しぶりに見る自作 のようやった。
「うまいこと描 けたわ」
そう言うて、おとんは朧 の首に顔を埋 めた。
肌 の匂 いをかいでるようやった。
「お前も戦 に連れて行くつもりで、これを描 いたんや。約束 の場所で待ってるお前を連 れ戻 して、出征 するつもりやった。けど、絵が出来上がったら急に、お前が惜 しいなってな。置いていくことにした。別れぐらいは言うべきやったけど、顔見たら、お前と一緒 に行きたなりそうで怖 あて、とても顔合わせられへんかった。お前が死ぬのは、俺には我慢 ならへんのや。どうしてもあかん。お前は俺の命やで」
堪忍 や、とおとんは朧 の髪 にキスして詫 びた。
「なんで泣いてんのや。よう泣く龍 やなあ、お前は」
篭 った笑い声を響 かせて、おとんは朧 に尋 ねた。
「嬉 しいのと、悲しいので、訳 わからんようなって、泣いてるんや」
はらはらと頬 を転 がるような大粒 の涙 を次々にこぼし、朧 は答えた。
「なにが嬉 しいんや」
「俺のことも絵に描 いてくれてたんやと思って」
自分を抱 くおとんの腕 に、腕 を絡 めて、朧 はまだ絵を眺 めたまま言うた。
おとんは照 れたんか、ふふふと低く笑った。
「そんなら悲しいなることないやろ? 俺がこうして抱 いてんのに、なんで泣いたりするんや」
おとんは朧 の耳朶 に口付 けて、胸 を愛撫 し、それを聞いた。
朧 の眉 が切 なげに寄 せられ、薄赤 い唇 が喘 いだようやった。
「この絵は、俺が一人で眺 めるには、上手 すぎるわ。お前はきっと、いい絵描 きになる。ここに閉 じ込 めておくのは、あまりにも惜 しい。世 に出してやらな……」
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