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29-70 アキヒコ

 絵の中にその姿(すがた)はないものの、(おぼろ)と過ごした美しい春が、夏が、秋と冬が、そこには(えが)かれていて、()()てられた(おび)に、足袋(たび)の白さに、赤い襦袢(じゅばん)(すそ)に、しっとりと熱い逢瀬(おうせ)が感じられる、上品(じょうひん)でエロティックな絵や。  まずいこれ、めちゃくちゃイケてる絵やわ。  俺のハードルものすご上がった。爆上(ばくあ)げや。おとんには絵師(えし)として、負けたくはないんやもん。  俺も気張(きば)らなあかん。俺も()いたでって、おとんに見せられるような絵を、()かなあかんなあ。  俺もメディアに愛されちゃおうかな。  いや、あかんな。あかん。  あれはおとんの(おも)いもんやねん。俺にはもう手が出えへん、俺の式神(しきがみ)(おぼろ)の物語は、それでひとまず完結(かんけつ)や。  めでたしめでたし。  これからも熱い続きの物語が、ひっそり(つむ)がれていくことやろう。  これにて一件落着(いっけんらくちゃく)やな。  ああ、ほんま、良かった。ホッとしたわ。  さて、これで俺と(とおる)は、神戸(こうべ)(なまず)(りゅう)にまつわる、ほぼ全部の物語を、語り終えたと思う。  後に残った最後の話は、他ならぬ、俺ら自身の物語や。  そしてそれから、どないなったか。  (いと)おしい俺の神さん、水地(みずち)(とおる)大明神(だいみょうじん)に語ってもらうことにしよう。  アキちゃん(とおる)ちゃんの愛と戦いは、これからも永遠(えいえん)に続く。  そやけど今はここで、お別れの時や。  (みんな)も、(もの)()に食われんように気をつけて。  (おに)()うたら、電話してくれ。  アキちゃんが水煙(すいえん)()れて、()りにいくから。  電話番号? 知らんでも平気やで。  しかるべき時、電話はちゃんと俺に通じる。  そういう力のあるやつが、うちの(しき)におるねん。心配(しんぱい)無用(むよう)。  三都(さんと)安寧(あんねい)と、(みんな)無事(ぶじ)は、俺が守ってる。  たとえそれを知る者が、(だれ)もいなくても。アキちゃん見参(けんざん)やな?  それでは、さよなら。また会う時まで、俺や(とおる)のこと、ずうっと(わす)れんといてな。  ご静聴(せいちょう)、おおきに、ありがとうございました。  ぼんくらの坊々(ぼんぼん)秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)でした。  どうぞ、ごきげんよろしゅうに。 ――第29話 おわり――

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