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三都幻妖夜話(3)神戸編 30-06 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
30-06 トオル
作者:
椎堂かおる
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30-06 トオル
取り越し苦労
(
とりこしぐろう
)
かな。きっとそうやな。 俺がそう思うんは、きっと
神戸
(
こうべ
)
の事の
後遺症
(
こういしょう
)
やろう。 もう二度と、アキちゃんと
離
(
はな
)
れたくない。
一瞬
(
いっしゅん
)
でも、ほんまは
嫌
(
いや
)
やねん。 「ほな、帰っとく。ごゆっくり……」 アキちゃんに
嫌味
(
いやみ
)
言うて、俺はお
辞儀
(
じぎ
)
をし、またアキちゃんを笑わせた。
絵画室
(
かいがしつ
)
の
淡
(
あわ
)
い午後の、冬の
陽
(
ひ
)
の中に立っているアキちゃんは、それ
自体
(
じたい
)
まるで絵のように見えた。 ボロボロなってて、絵の具ついてて、
髪
(
かみ
)
もボサボサ。
全然
(
ぜんぜん
)
決まってへん。 そうやけど、絵を
描
(
か
)
いている。頭ん中でもずっと、
絵筆
(
えふで
)
を動かしていて、目がどこか、ここではない
異界
(
いかい
)
を見てる。 そこのおるのに、ここにはいてへん。
不思議
(
ふしぎ
)
な男やった。 まるで
幻
(
まぼろし
)
と付き
合
(
お
)
うてるみたいやわ。 また絵を
描
(
か
)
くらしい、真っ白な紙を取り出してきて、新しい世界にこれから飛び込むような顔で、アキちゃんがその前に立ってるのが見えた。
絵筆
(
えふで
)
を
握
(
にぎ
)
って、それを見てる。 お前は今、おとんと向き
合
(
お
)
うてんのやな。親やない、
同時代
(
どうじだい
)
を生きている、もう一人の天才と。 相手は
靡
(
なび
)
いてくれるやろうか。
撃
(
う
)
ち返してきたお前の
太刀
(
たち
)
に、立ち
合
(
お
)
うてくれるか。 いざ
尋常
(
じんじょう
)
に勝負。そういうことやな。 紙に
屈
(
かが
)
み
込
(
こ
)
み、また
描
(
か
)
き始める
愛
(
いと
)
しい男の
背
(
せ
)
を見てから、俺は
絵画室
(
かいがいしつ
)
を出た。 そしたら
廊下
(
ろうか
)
に犬がおった。
勝呂
(
すぐろ
)
瑞季
(
みずき
)
や。ほんまもんの犬やない。
勝呂
(
すぐろ
)
はイヤフォンで音楽か何かを
聴
(
き
)
いていた。 こいつも耳ええんやもんな。聞きたくない話を聞かんで
済
(
す
)
むよう、
予防線
(
よぼうせん
)
を
張
(
は
)
ったんやろう。 頭ええな。聞かんかったらええんやもんな。まだマシや。 俺は
廊下
(
ろうか
)
の
壁
(
かべ
)
にもたれている犬の
背
(
せ
)
をつついて、
呼
(
よ
)
んだ。 犬はびっくりしたみたいやった。 俺がまさか声かけてくるとは、思いがけへんかったんやろう。 俺ら家では
全然
(
ぜんぜん
)
口きかへん。
避
(
さ
)
けてんねん、お
互
(
たが
)
いに。 そんなん、しょうがないやんか。 そやけど、こいつも家族やない?
一緒
(
いっしょ
)
に住んでんのやし。同じ
釜
(
かま
)
の
飯
(
めし
)
を食う
仲
(
なか
)
や。 声ぐらいかけよか。そこに
居
(
お
)
るんやもんな。 「アキちゃん、
頼
(
たの
)
むで。また絵、
描
(
か
)
いてるわ。俺は帰れて言われたし、お前が
頼
(
たよ
)
りや。死なんよう
見張
(
みは
)
っといて」 俺はコートのポケットに手を
突っ込
(
つっこ
)
んだまま、犬に
頼
(
たの
)
んだ。
瑞季
(
みずき
)
はびっくりした顔で、イヤフォンを引っ張って外し、ちょっと
緊張
(
きんちょう
)
した声で俺に
頷
(
うなず
)
いた。 「はい……」 「さっき、
飯
(
めし
)
食わしたし。夜は家帰るて言うとったわ。ほんまかどうか知らんけど、そういうことやし、よろしゅうな」 俺がそう言い置いて帰ろうとしたら、犬が急に
焦
(
あせ
)
った
風
(
ふう
)
に、早口に言うた。 「俺、今日、帰れません。
先輩
(
せんぱい
)
の絵見てサボっとったら、自分の
課題
(
かだい
)
が間に合わへんようになってもうて。CG
棟
(
とう
)
に……
泊
(
と
)
まります……たぶん、明日まで?」 お前、いま、
嘘
(
うそ
)
ついてるな? 何でか俺にはそれが分かって、また犬の前に
戻
(
もど
)
り、じいっと
勝呂
(
すぐろ
)
瑞季
(
みずき
)
の
可愛
(
かわい
)
げのある顔を見下ろした。 俺にはまだ、こいつに
微笑
(
ほほえ
)
んでやるような
度量
(
どりょう
)
はない。
水煙
(
すいえん
)
が、俺に時には
優
(
やさ
)
しいみたいなとこは、俺にはないんや。まだ。 まだな。でも、いつかはそれが、必要なのかもしれへんな。 俺らはチームなのやし、こいつは俺に道を
譲
(
ゆず
)
った。負けを
認
(
みと
)
めてる相手を、いつまでもドツキ回すのは、
武士道
(
ぶしどう
)
に
悖
(
もと
)
るよなあ。 俺、
全然
(
ぜんぜん
)
、
武士
(
ぶし
)
ちゃうねんけどな? 「あっちにええ男引っ張り
込
(
こ
)
んで、ええことした後、食おうとしてんのか?」 「そんなことしません。
先輩
(
せんぱい
)
と
約束
(
やくそく
)
したしたし、自分を大事にするって。それに人も、食うたらあかんのやで……」
誰
(
だれ
)
がいつ
諭
(
さと
)
したんか知らん。 たぶん絵の中の男やろ。 こいつが
素直
(
すなお
)
に言うことを聞く相手は、そのへんやろうな。 そいつはお前に
優
(
やさ
)
しいか。
抱
(
だ
)
いて気持ちようしてくれてんのか。 犬のどことなく
角
(
かど
)
のとれた、
甘
(
あま
)
い顔を見てると、なんかそんな気がした。 こいつももう、
悪魔
(
サタン
)
ではない。アキちゃんに一
晩
(
ばん
)
たっぷり
抱
(
だ
)
いてもろうて、ああ幸せやってなった時の俺と、同じ目をしてる。
誰
(
だれ
)
かが、お前を
満
(
み
)
たしてんのやな。少なくとも、お前の
身体
(
からだ
)
を。 「分かってて安心したわ。人食うたらあかんで。
水煙
(
すいえん
)
に
斬
(
き
)
られてまう。あいつほんまに
容赦
(
ようしゃ
)
せえへんやろ?気付けや」 ほなな、って俺は犬に手を
振
(
ふ
)
って、帰ることにした。
別棟
(
べっとう
)
の古いコンクリート
敷
(
じ
)
きの
廊下
(
ろうか
)
に、
寒々
(
さむざむ
)
しい
足音
(
あしおと
)
が
響
(
ひび
)
く。 「あのう……!」 まだ何か言いたいことがあったんか、
勝呂
(
すぐろ
)
瑞季
(
みずき
)
は俺の
背
(
せ
)
に聞いた。 「明日の夜は、帰ってもいいですか? 俺も、そっちに……」 あかんて言われたらどないしようっていう
宿無
(
やどな
)
しの
面
(
つら
)
で、犬は俺に聞いた。 アホか、そんなんアキちゃんに聞け、あいつの家や。俺は
居候
(
いそうろう
)
や。 「帰ってきてええよ。お前の家やろ」
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椎堂かおる
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