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30-08 トオル

 その(せつ)はどうもお世話(せわ)になりました。白川(しらかわ)引っ越(ひっこ)してきましたんで、今後ともよろしゅうお(たの)(もう)します。(みな)で仲良くやっていこうねー、みたいな明るいノリで、怜司(れいじ)兄さんはやってきた。  お前、()ずかしいとかないんや。濡場(ぬれば)もがっつり見られたし、のっぺらぼうの不定形(ふていけい)妖怪(ようかい)みたいな姿(すがた)も俺は見たで。  見られたっていうんを知らんのかとも思うたけど、しっかり知ってるみたいやった。 「()ずかしいとかないねん、俺は。そんなん思うてたら仕事にならへんし、羞恥心(しゅうちしん)なんか何百年も前に四条河原(しじょうがわら)()てたわ。あそこらへんで客引いとったしな」  (なつ)かしいなあて、怜司(れいじ)兄さんはそれが面白(おもしろ)いことのように、(けむり)()いながら(わろ)うてた。  まあ、可笑(おか)しいのやろうなあ。元はそういう苦界(くかい)におった(やつ)が、今やなんでか(ちょう)セレブみたいなんやもん。  おとんの愛を()て、絶好調(ぜっこうちょう)(きわ)めた湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)(こわ)いもんはなく、今まで(かたく)なにラジオの仕事しかしてへんかったのに、もうラジオだけの時代やないんやないか? お前の美貌(びぼう)をテレビとかインターネットとかいうもんで()かしたらどうやって、新しいもん好きのおとんに言われたんやって。  ほんで急に、顔出ししまくりになって、それが()()けるような美貌(びぼう)なもんやから、動画サイトであっという間に何百万回再生(さいせい)(たた)き出し、めっちゃ有名みたいになってもうてるやん。  俺、(いや)やねん。怜司(れいじ)兄さんと一緒(いっしょ)におると、通りすがりの(やっこ)にまで写真()られるし、じっと見られるんやもん。  お前はええよ、それが霊力(れいりょく)になる高効率(こうこうりつ)妖怪(ようかい)や。  そやけど(とおる)ちゃんはずっと(やみ)(かく)れて生きてきた日陰(ひかげ)(へび)なんよ。苦手なんやから、人々の注目が。 「(とおる)ちゃんも勿体(もったい)ないなあ。こんな可愛(かわい)いのに。俺と一緒(いっしょ)に仕事する?きっと(みんな)に愛される神になれるよ」  うつむき気味(ぎみ)の俺の顔を、わざわざ下から(のぞ)()んできて、怜司(れいじ)兄さんはにこにこ言うた。  なんかもう何も(つら)いことないみたいな笑顔やった。 「愛されるんはアキちゃん一人で十分やねん俺は。ほっとけ」 「ええなあ、お(あつ)うて(うらや)ましいわ」  嫌味(いやみ)か!お前の京都弁(きょうとべん)で言われると(ぎゃく)の意味にしか聞こえへんのや!  (おぼろ)暁彦(あきひこ)様とよりを(もど)し、発狂(はっきょう)して、おとん食うたるって白川(しらかわ)の家にお持ち帰りやった。その次の日には、なんとおとんは嵐山(あらしやま)の家に普通(ふつう)に帰ってたらしい。  暁彦(あきひこ)様、昼にはお帰りでしたよって、嵐山(あらしやま)の家で(まい)が言うてた。  意味深(いみしん)な朝帰りではあったものの、俺やアキちゃんがビビって思ったような、神隠(かみかく)しに()うて二度と(もど)らんような、そんな(あぶ)ない夜ではなかったんやろう。  (おぼろ)散々(さんざん)暁彦(あきひこ)様を(むさぼ)り、(むさぼ)られた後、ゆっくり朝寝(あさね)させて、(おそ)朝飯(あさめし)まで食わしてやり、風呂(ふろ)入らせて帰した。服も着替(きが)えさせたで。  その日から、おとんはお登与(とよ)のお兄ちゃん()えに付きおうて着てた着流(きなが)姿(すがた)終了(しゅうりょう)にして、(おぼろ)好みの洋装(ようそう)変身(へんしん)。アキちゃんとさらに見分けがつかへんようになった。  お前は結局(けっきょく)、ようできた(めかけ)か。俺やったらずっと一緒(いっしょ)()りたい、そうしてくれって強請(ねだ)るけど。そういうの、兄さんはせえへんのか。  (さび)しない?  一人で(ほう)っとかれて、気が向いた時だけ(かよ)ってくる男をずっと待ってるのって、やっぱ(さび)しいもんなんやろ?  そうやけど、幸せなんやって。いまは幸せ。  いま目の前には()らんけど、以前と(ちご)うて、暁彦(あきひこ)様はいずれ必ず来るからや。  気が向いたらフラッと来る。  前は、戦時中(せんじちゅう)の話やけどな、ほんまにただ待ってたらしいけど、今は、メールとかあるやん。  (おぼろ)昭和(しょうわ)一桁(ひとけた)の男、暁彦(あきひこ)様に携帯(けいたい)電話を(わた)し、これ何や?て言われながら、会いたい時には、それに、会いたいってメール送るんやって。  そしたら、おとん、来てくれるらしいわ。大体(だいたい)な。  怜司(れいじ)兄さんも仕事あるしな、おとんにも一応(いちおう)、家庭があるんや。  ユミちゃんの散歩(さんぽ)とかあるやん。あるんやで。  おとん、家におったらほぼ毎日、雨でも雪でも、弓彦(ゆみひこ)連れて嵐山(あらしやま)散歩(さんぽ)してるらしいわ。アキちゃんがそう言うてた。  さすがの(おぼろ)も、弓彦(ゆみひこ)様からおとんを(うば)う気はないらしい。そら、しょうがないわと思うんやって。  そやから今も、暁彦(あきひこ)様は、ユミちゃんと(おぼろ)二股(ふたまた)や。  お登与(とよ)もちょっとあるかな?  大崎(おおさき)(しげる)もちょっとだけ?  あとアキちゃんもやな、もちろんそうや。  (よう)するに、(おぼろ)独占(どくせん)できるもんではなかったってことやな、結局(けっきょく)。  お前がおったら他はいらへんていうんは、おとんの方便(ほうべん)。言うてるだけ。祝詞(のりと)や。  それともあの時、発狂(はっきょう)した(おぼろ)が、お前を(ゆる)さへん、もう二度と、昼の()(おが)ませへんでって、頭からおとんを食うてたら、あの人はおとなしく食われるつもりやったんか。  そうかも。俺にはそういう気もする。  あの時、(うそ)ついてるようには見えへんかった。  あれが(うそ)なら、確かに(だま)されるわ。怜司(れいじ)兄さんやのうても。俺かて(だま)される。  あの人なりに、死ぬ覚悟(かくご)で、(おぼろ)(いど)んだということなんやろう。 「暁彦(あきひこ)様は?」  俺は一応(いちおう)聞いてみた。

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