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30-11 トオル
「いつも言うてたんやん。暁彦 様は、いろんな奴 に同じこと言うてやってた。お前だけやで、蛍 。お前が好きや、乾山 。お前ほど、素晴らしい神はおらへん、化野(あだしの)。水煙 、お前は美しい神や……」
遠い昔を見る目で、店の天井 を眺 め、怜司 兄さんは言うてた。
「正直、羨 ましかったわ。俺は何もなしやったもん。朧 は俺とは遊びやろ、金のために付き合 うてくれてんのやもんな。気が楽 でええわって、時々言うてたし、そうやなって、俺も思うてたし。そうやなって、言うしかあらへんやん。お前と居 ると気楽 やわって、度々 来るんや。俺ばっか抱 くんやで、何日もやで。愛してる奴 らはしんどうて、俺がええっていうんやし。重たくなったらあかんやん」
お前いま十分重いで。俺すごい重圧 を感じてるで、朧 。
なんで俺にそんな話するんや。
愚痴 か。それは。そんなん聞く義理 俺にあるんか。
でも、なんか、今さら逃 げられへん感じやないです?
「いっぺんでもええし、言うてほしいなあ……とは思うてたけどな。それがな、毎朝 毎晩 てなるとな、不気味 やねん。式 に餌 やってた時のあいつを思い出すんや。あれは祝詞 や。本心 やないんや。言うたらな、式神 として捕 らえておけへんから、しゃあなしに言う呪文 や」
「おとん、お前に金払 うてたん?」
「そやで。血もくれたけど。でも、愛の言葉はなんもなしやったんやで」
おとんは、お前には言うてやりとうなかったんやないか。
毎朝 毎晩 、十人二十人に、お前だけやでって言うてやるような、愛の言葉はハイパーインフレ。紙くず同然 や。
そんな侘 しい言葉を、いらんていう奴 にまで、言うてやるのは嫌 やったんやろう。
でも、何も言わんでも、お前んとこ来たんやったら、それが何よりの証拠 やないのか。お前が好きやったっていう。
「今は俺にも祝詞 やで」
しんどそうに苦笑 して、兄さんは言い、新しい煙草 に火をつけた。
「そんなことないって。お前が好きなんやって……ていうか何で俺がお前を励 ましてんのや。俺の愚痴 を聞け! そういう会 やなかったんですか⁉︎」
違 ったようや。話あったんは自分のほうやったんやな、兄さん。一人で考えるんがしんどかったんや。
わかる。蛇 が聞く。聞いたるけど、何で俺がラジオの恋愛相談 聞くんや。普通 、逆 やん。
「俺もっと暁彦 様と普通 の話がしたいんや。何でもええけど、昔みたいに。好きな音楽とか、どこの国へ行きたいかなあとか、そういう、どうでもええような話や。そやけど、あいつ、全然喋 らへんのや。ずっと黙 ってて、何考えてんのかなって、俺が心配すると、にこにこ笑うて、大丈夫 やで朧 、お前が好きや、って言うんや。おかしない? あいつちょっと変やんな。ほんまに大丈夫 なんか」
朧 はほんまにアキちゃんのおとんが心配みたいやった。
そやけど、それは、ほんまに近くで寄 り添 うてるからこそ気づく異常 や。俺、そんなん、全然 思うてへんかったもん。
アキちゃんのおとん、どっか変やった?
別に……。あんなもんやろって、思う。
いつもにこやかやし、トークも軽快 。時々ちょっと意地悪 やけど、捌 けたええ男やで。
「ごめんな、亨 ちゃんに言うようなことやなかった」
別に言うてくれてもええけどさ……。
ええけど。
兄さん、お前も大丈夫 ?
頭おかしいんやから。
それはもう治ったん?
とにかく、傷 ある同士 やねんからさ、お前もおとんも。無理したらあかんのやで。
誰 かに相談しいや。って、それが俺か。それが今か。ああ、そうか。
何で俺がこの人の力にならなあかんのやっけ。
チーム秋津 の新メンバーやから?
「言うたら? ストレートに。おとんに聞けばええんやない? お前、愛してる愛してる言うけど、それは何でやって。言わなあかんと思って言うてんのやったら、いらんて言えばええやん」
「そんなん言われへん」
「なんで。俺、アキちゃんやったら言うで」
「アキちゃんちゃうもん」
何をゴネてんのや、ええ年して。
って、この人、俺より年下ちゃう?
もしかして。実は弟なんとちがう!? 俺、一万歳 ぐらいやしな。
「ごめん、変な話してもうたな。さっきの、本間 先生を三つに分ける話やけどな。その絵のほうのは、式神 やで。そういう術法 があるんや。自分の影法師 を作って、使役 するんや。ほんまに先生が分裂 してるわけやない。魂 が入ってるんは、お前用のアキちゃんだけや」
犬に愛を囁 いてるほうは、ハリボテの人形やでって、朧 は急に、俺に教えた。
なにそれ。なんでそんなこと言うのや。
「先生はお前を愛してんのや。お前を選んだていうことや。そこは分かっとかなあかんで。そやけど、絵か。それは考えたな、先生も。それはいい考えや」
煙草 の灰 を灰皿 に落とし、朧 は頷 いていた。
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