876 / 928
30-14 トオル
「俺が永遠 に生きられると思う?」
俺らが飲んでたソーダ水 を、おとんは珍 しそうに見た。
「英霊 やいうても、いつまで保 つやら知らんのやで。そんなもん知らんていう者が多い時代が来れば、どないなるやら知らん。それが明日かもしれへんやろ」
重たい話をしてるのに、おとんはのんびりしてて、ゼリー食いたいって怜司 兄さんにねだって、スプーンでソーダ水 の中の角切 りのゼリーを食わせてもうてた。
俺はドン引 きでそれを見た。俺でもアキちゃんにそんなこと外 ではせえへんのに。
「老いらくの恋 やで、白蛇 ちゃん。いつも、これが最後かと思うて、こいつと話してんのや。俺のせいで、つらい目にあわせてきてもうたしな、今はできるかぎり幸せにしてやりたいんや」
おとんは美味 そうにゼリー食うて、にこにこと怜司 兄さんの手を握 り、好きやで、朧 、と言うた。
その屈託 のない笑みは、アキちゃんとそっくりで、俺には嘘 やと思われへん。思いとうない。
この人、ほんまに怜司 兄さんに惚 れてんのやないか。
「そんな縁起 でもないこと言わんといてくれ。明日 をも知れんのは誰 しも一緒 やで。俺もそうやし」
ゼリーをかき混 ぜながら、怜司 兄さんは急に不安そうに言うた。
もう一個、おとんに食わしてやる気みたいやった。
「ずっと一緒 やろ。暁彦 様。ずっとそばに居 るて言うたやん。約束 して」
「大丈夫 やで、朧 。ずっとお前のそばにおるわ。他に行きたいとこがないんやから。お前が好きや、誰 より……」
言うてる途中 でゼリー食わされて、おとんは、あれ今か、みたいな顔でアーンてしてた。
そうして、もぐもぐゼリー食うてるおとんを、怜司 兄さんは急に心細 うなったんか、ぎゅうっと一瞬 、抱 きしめた。
「わがまま言うて悪いけど、やっぱり愛してる愛してる言うてくれ。今言うて。それから、いつも仕事始まりと終わりに言うて。メールするしな。あと寝 る前にも必ず電話してくれ。お前の声を聞かへんと、俺は寂 しいて寝 られへんようになるんや」
本気そのものの顔で頼 んで、朧 は次のゼリーを長柄 のスプーンに待機 させて待ってた。
おとんは、まだ食うのか俺は、という、苦笑 の顔やった。
ちょい待ちやで、兄さん。
さっきの携帯 電話、お前の送信履歴 も見せろや。
さっきは、おとん、めっちゃ連絡 してきてるわ、ストーカーかよって思たけど、もしかして、それ、お前のメールに返事してるだけとちゃうんか?
どっちかいうたらストークしとんのお前やろ?
「俺、字打つの遅 いし、大変なんやけど、紙の方やとあかんのか?紙の方がええんやけどなあ」
朧 のゼリー責 めにも文句 言わず、おとんは素直 に食うてた。
「ほな、とりあえず今言うて。でもメールの返事はメールのほうがええんや。だって仕事中に幣 が飛んできて喋 ったら困 るで? メールやったら俺はすぐ見れるしな……。そっちにしといて。入力はすぐ慣 れるって」
「そうやろかなあ」
悩 んだものの、おとんは分かったと言い、怜司 兄さんに、お前は美しい神や、愛おしい愛おしいと祝詞 唱 えてやっていた。
まるで若 い恋人 に翻弄 される爺 いや。
まさにその通りなんか? 何歳 なんやっけ、おとん。
見た目はピチピチの二十一歳 でも、精神年齢 は老成 してんのやからな。
それでなくても、朧 とデキてもうてからのおとん大明神 は、憑 き物 が落ちたような表情をしてた。
長年の苦しみから解放 されて、ホッとしてるんやろか。
命も心もない物を見るような目で俺を見てた、怖 い秋津 のおとんはどっかになりを潜 めて、のんびり絵を描 く男に戻 ろうとしている。
ゆっくり、段々 とやけど、着実 にや。
おとんは時々ぼうっとして、頭ん中で絵を描 いてるようやった。
それがあまりにもアキちゃんに似 てた。
この人だって、生まれる時代が違 っていれば、アキちゃんのように純粋 に、絵だけ描 いて暮 らしてて、アキちゃんも、まかり間違 えば、おとんおように、式神 ぎょうさん侍 らせて、口八丁手八丁 、愛憎 入り乱 れる過酷 なお家 の当主 やったんかもしれへん。
「朧 、お前が愛 おしいわ」
「暁彦 様……」
がっつり抱 きおうて、お互いの背 に手を回し、唇 を重 ねる二人を、テーブル越 しに睨 み、絶対 ないわと俺は思った。
アキちゃんに限って、こういうふうにはならへん。
世が世でも、まかり間違 ってもない。
亨 ちゃん、顎 がくーんやわ。
「早う、早う家帰って抱 いて。今日は仕事休みやねん。朝までずうっとできるえ」
おとんの胸 にすがり、甘 ったるい京都弁 でねだる朧 に、俺はまたドン引 き、おとんも苦笑 やったけど、おとんは今度 は、そうやなとは言わへん。
「来たついでや、白蛇 ちゃんに折 り入 って話があるんや」
朧 を縋 り付かせたまま、おとん大明神 は俺を見た。
この人の折 り入 った話はロクなことやない。そう思って俺は身構 え、おとんを上目遣 いに見た。
ともだちにシェアしよう!