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30-14 トオル

「俺が永遠(えいえん)に生きられると思う?」  俺らが飲んでたソーダ(すい)を、おとんは(めずら)しそうに見た。 「英霊(えいれい)やいうても、いつまで()つやら知らんのやで。そんなもん知らんていう者が多い時代が来れば、どないなるやら知らん。それが明日かもしれへんやろ」  重たい話をしてるのに、おとんはのんびりしてて、ゼリー食いたいって怜司(れいじ)兄さんにねだって、スプーンでソーダ(すい)の中の角切(かくぎ)りのゼリーを食わせてもうてた。  俺はドン()きでそれを見た。俺でもアキちゃんにそんなこと(そと)ではせえへんのに。 「老いらくの(こい)やで、白蛇(しろへび)ちゃん。いつも、これが最後かと思うて、こいつと話してんのや。俺のせいで、つらい目にあわせてきてもうたしな、今はできるかぎり幸せにしてやりたいんや」  おとんは美味(うま)そうにゼリー食うて、にこにこと怜司(れいじ)兄さんの手を(にぎ)り、好きやで、(おぼろ)、と言うた。  その屈託(くったく)のない笑みは、アキちゃんとそっくりで、俺には(うそ)やと思われへん。思いとうない。  この人、ほんまに怜司(れいじ)兄さんに()れてんのやないか。 「そんな縁起(えんぎ)でもないこと言わんといてくれ。明日(あす)をも知れんのは(だれ)しも一緒(いっしょ)やで。俺もそうやし」  ゼリーをかき()ぜながら、怜司(れいじ)兄さんは急に不安そうに言うた。  もう一個、おとんに食わしてやる気みたいやった。 「ずっと一緒(いっしょ)やろ。暁彦(あきひこ)様。ずっとそばに()るて言うたやん。約束(やくそく)して」 「大丈夫(だいじょうぶ)やで、(おぼろ)。ずっとお前のそばにおるわ。他に行きたいとこがないんやから。お前が好きや、(だれ)より……」  言うてる途中(とちゅう)でゼリー食わされて、おとんは、あれ今か、みたいな顔でアーンてしてた。  そうして、もぐもぐゼリー食うてるおとんを、怜司(れいじ)兄さんは急に心細(こころぼそ)うなったんか、ぎゅうっと一瞬(いっしゅん)()きしめた。 「わがまま言うて悪いけど、やっぱり愛してる愛してる言うてくれ。今言うて。それから、いつも仕事始まりと終わりに言うて。メールするしな。あと()る前にも必ず電話してくれ。お前の声を聞かへんと、俺は(さび)しいて()られへんようになるんや」  本気そのものの顔で(たの)んで、(おぼろ)は次のゼリーを長柄(ながえ)のスプーンに待機(たいき)させて待ってた。  おとんは、まだ食うのか俺は、という、苦笑(くしょう)の顔やった。  ちょい待ちやで、兄さん。  さっきの携帯(けいたい)電話、お前の送信履歴(りれき)も見せろや。  さっきは、おとん、めっちゃ連絡(れんらく)してきてるわ、ストーカーかよって思たけど、もしかして、それ、お前のメールに返事してるだけとちゃうんか?  どっちかいうたらストークしとんのお前やろ? 「俺、字打つの(おそ)いし、大変なんやけど、紙の方やとあかんのか?紙の方がええんやけどなあ」  (おぼろ)のゼリー()めにも文句(もんく)言わず、おとんは素直(すなお)に食うてた。 「ほな、とりあえず今言うて。でもメールの返事はメールのほうがええんや。だって仕事中に(ぬさ)が飛んできて(しゃべ)ったら(こま)るで? メールやったら俺はすぐ見れるしな……。そっちにしといて。入力はすぐ()れるって」 「そうやろかなあ」  (なや)んだものの、おとんは分かったと言い、怜司(れいじ)兄さんに、お前は美しい神や、愛おしい愛おしいと祝詞(のりと)(とな)えてやっていた。  まるで(わか)恋人(こいびと)翻弄(ほんろう)される(じい)いや。  まさにその通りなんか? 何(さい)なんやっけ、おとん。  見た目はピチピチの二十一(さい)でも、精神年齢(せいしんねんれい)老成(ろうせい)してんのやからな。  それでなくても、(おぼろ)とデキてもうてからのおとん大明神(だいみょうじん)は、()(もの)が落ちたような表情をしてた。  長年の苦しみから解放(かいほう)されて、ホッとしてるんやろか。  命も心もない物を見るような目で俺を見てた、(こわ)秋津(あきつ)のおとんはどっかになりを(ひそ)めて、のんびり絵を()く男に(もど)ろうとしている。  ゆっくり、段々(だんだん)とやけど、着実(ちゃくじつ)にや。  おとんは時々ぼうっとして、頭ん中で絵を()いてるようやった。  それがあまりにもアキちゃんに()てた。  この人だって、生まれる時代が(ちが)っていれば、アキちゃんのように純粋(じゅんすい)に、絵だけ()いて()らしてて、アキちゃんも、まかり間違(まちが)えば、おとんおように、式神(しきがみ)ぎょうさん(はべ)らせて、口八丁手八丁(くちはっちょうてはっちょう)愛憎(あいぞう)入り(みだ)れる過酷(かこく)なお(いえ)当主(とうしゅ)やったんかもしれへん。 「(おぼろ)、お前が(いと)おしいわ」 「暁彦(あきひこ)様……」  がっつり()きおうて、お互いの()に手を回し、(くちびる)(かさ)ねる二人を、テーブル()しに(にら)み、絶対(せったい)ないわと俺は思った。  アキちゃんに限って、こういうふうにはならへん。  世が世でも、まかり間違(まちが)ってもない。  (とおる)ちゃん、(あご)がくーんやわ。 「早う、早う家帰って()いて。今日は仕事休みやねん。朝までずうっとできるえ」  おとんの(むね)にすがり、(あま)ったるい京都弁(きょうとべん)でねだる(おぼろ)に、俺はまたドン()き、おとんも苦笑(くしょう)やったけど、おとんは今度(こんど)は、そうやなとは言わへん。 「来たついでや、白蛇(しろへび)ちゃんに()()って話があるんや」  (おぼろ)(すが)り付かせたまま、おとん大明神(だいみょうじん)は俺を見た。  この人の()()った話はロクなことやない。そう思って俺は身構(みがま)え、おとんを上目遣(うわめづか)いに見た。

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