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30-15 トオル

暁彦(あきひこ)と、秋津(あきつ)の家の今後についてや。水煙(すいえん)は、お前を家の守り神としてお(まつ)りし、託宣(たくせん)を受けるようにと言うてた」 「託宣(たくせん)?」  はあ? ってなる俺に、(うなず)いて見せて、おとんはにこにこしている。 「白蛇(しろへび)ちゃんが先々、暁彦(あきひこ)にどうさせたいかや」  何でそんなもんを俺が決められるんや。アキちゃんの人生、アキちゃんのもんやんか。  そやけど、秋津(あきつ)の家では長年、そんな自由はなかった。  主神(しゅしん)である水煙(すいえん)様と、その託宣(たくせん)を受けた代々の当主(とうしゅ)が、血筋(ちすじ)の子らの身の()り方を決定して来たんや。 「水煙(すいえん)は?」  (おそ)(おそ)ると、おとんを見上げて、(おぼろ)(たず)ねた。 「水煙(すいえん)隠居(いんきょ)したいそうや。もはや秋津(あきつ)の守り神をつとめる通力(つうりき)がないと言うてる」  おとんの目が、まっすぐ俺を見ている。  水煙(すいえん)、何でそんなこと言うんや。  あいつはアキちゃんのマンションを出て行ってもうて、今は嵐山(あらしやま)の家におる。  別にアキちゃんを()てて、おとんに走ったわけではのうて、アキちゃんが苦しんでんのを(さっ)したからや。  俺と、犬と、あいつの間で翻弄(ほんろう)されて、アキちゃんの心も苦しい。  それは俺も分かってはいるんやで。でも何もでけへん。大人(おとな)しゅうして、文句(もんく)言わんといてやるぐらいしかない。  水煙(すいえん)は身を引くことにしたらしい。  あいつがいなきゃ、俺と犬だけ。アキちゃんの心もちょっとはラクになるやろって、水煙(すいえん)は思うたようやけど、アキちゃんは水煙(すいえん)(ほう)っていかれたと思ってる。それはそれで(きず)ついている。  アキちゃんには水煙(すいえん)が必要なんや。  俺がおっても、おかんや、おとんが必要であるように。俺に、お前が()れば(だれ)もいらへん、とは、アキちゃんは言わん。水煙(すいえん)に会いたいんや。  (みょう)な話やけど、(じつ)を言えば俺もそうや。  なんでか知らん、俺にまで、(こま)ったら水煙(すいえん)相談(そうだん)したい(くせ)がついてる。  今もあいつに相談(そうだん)したい。  こんなこと聞かれたけど、俺はどないしたらいい? お前はどう思う?って。  あの神戸(こうべ)厄災(やくさい)()えて、俺らはほんまにチームになってもうたんかもな。チーム秋津(あきつ)や。(こま)ったことやで、これは。 「大丈夫(だいじょうぶ)なん、水煙(すいえん)? 嵐山(あらしやま)でどないしてんの」  じとっと()ねながら、俺はおとんに(たず)ねた。 「あいつは大体(だいたい)、お登与(とよ)とおるよ。弓彦(ゆみひこ)もおるしな。俺と会うのが気まずいんやろう」  それが面白(おもしろ)いことのように、おとんはにこにこ言うてた。 「どうもない。(たし)かに、あの海で見たような大きな術法(じゅつほう)はもう、使えへんのやろう。また新たな力を()ることがあれば別やけど、あいつの通力(つうりき)月読(つくよみ)から(さず)かったもんや。回復(かいふく)容易(ようい)やない。それでも、今日明日(きょうあす)にどないかなる(わけ)やない。まだまだ美しい太刀(たち)やし、美しい神や。(おに)の百や二百も食わせりゃ、また(せい)がつくやろう」  おとんが水煙(すいえん)()める口調に、独自(どくじ)の熱があって、怜司(れいじ)兄さんはムッと(おこ)った(さび)しい顔をした。  おとんがその手をぎゅっと(にぎ)ってやるのが見えた。  近ごろ兄さんは悋気(りんき)を感じるようになったらしい。  前は感じてへんかったのに。  今ではおとんが、自分のもんやと思うてる証拠(しょうこ)や。  怜司(れいじ)兄さんは、焼き餅(やきもち)焼いていい、おとんのツレの()を手に入れたということやろう。  それでも表立(おもてだ)っては何も言わんのやから、()けてまうだけ苦しいよな。 「水煙(すいえん)のことは気にせんでええ。あいつはお前に、秋津(あきつ)主神(しゅしん)()(ゆず)ったんや。お前を信頼(しんらい)してる。これは滅多(めった)にないことや。奇跡(きせき)と言うてもええくらいや。これであいつも、(かた)()()りて、少しは(らく)になるやろう」  (らく)に? 水煙(すいえん)が?  よかったなと言うふうに(うなず)いているおとんは、水煙(すいえん)のことを気遣(きづか)うようやった。 「水煙(すいえん)が、お前に暁彦(あきひこ)将来(しょうらい)(たく)せと言うた。そやから、それが正しい道やろう。お前が考えてくれ」  そう言うおとんの主神(しゅしん)はまだまだ水煙(すいえん)や。  それが分かって、俺は苦笑(にがわら)いやった。  怜司(れいじ)兄さんの水煙(すいえん)との戦いは、まだまだ続きそうやな。  相手はもう戦う気はないのに、おとんを(めぐ)って、あいつの影法師(かげぼうし)と戦うことになってもうたわ。 「暁彦(あきひこ)様、その話、まだ続くんか?」  自分以外の神と話さんといてていう顔で、怜司(れいじ)兄さんはそろっとおとんに聞いてきた。俺にも()けるんや、(いそが)しいな! 「まだ続く。まだまだ続く。辛抱(しんぼう)やで、(おぼろ)」  意地悪(いじわる)う言うて、おとんは笑い、(おぼろ)()きしめて(かみ)()でてやっていた。  (やさ)しいなあ、おとんは。  本来(ほんらい)(しき)巫覡(ふげき)とは、こういう蜜月(みつげつ)の関係にあるもんやったんかもしれへん。  俺もアキちゃんと、こんなんやったもんな。  (はな)れてるのが、一ミリでもつらい気がして、ベタベタくっ付いてた。 「託宣(たくせん)なんて言われても(こま)る。俺はアキちゃんのしたいようにさせてやりたいんや。家や何や、血筋(ちすじ)(さだ)めや、とかいうのに(しば)られず、好きな絵()いて、好きなことを思う存分(ぞんぶん)やって生きてほしい」 「それが託宣(たくせん)や」  (うなず)いて、おとんは俺に教えた。

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