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30-16 トオル
「お前は寛大 な神や。暁彦 は幸せ者 や。あの子をいつも守り、導 いてやってくれ。よろしゅうお頼 み申 すわ」
頭を下げて俺に祈 り、おとんは淡 く微笑 んでいた。
そんな風 に祭 り上げられても、俺にはなんの力もない、って、もう誤魔化 してはおられへんよな。おとん、知ってんのやもんな、俺の正体 を。
俺の真 の力を引き出したんもお前や。アキちゃんやのうて。それも複雑 な気分やわ。
「メソポタミア系 でもええの?」
俺が真面目 に聞くと、おとんは頷 き、笑 うてた。
「南米 系 でもいい」
「グアテマラか……」
俺はしみじみと相槌 を打 った。
何系 でもいいんやな。ありがとう、おとん。許 してくれて。
これ、あれや。お父さん、息子 さんを俺にください、必ず幸せにします、っていうあれや。
「ええなあ、俺も結婚 したいわ」
びっくりするわ怜司 兄さん⁉︎
朧 が急に、びっくりするようなこと言うた。
おとんも驚 いたようたった。
そら驚 くわ。手当たり次第 に男食うてる鬼 やった怜司 兄さんが、まさか身を固 めたいやと⁉︎
赤い雪降 るわ……。
「なんでや。誰 とするんや?こないだの、悪趣味 なメガネのデザイナーか? 縞馬 みたいなしましまの上着 着てるような男やで? お前がまさか、あんなんが好きやったとは」
おとんは朧 の顔を覗 き込 んで聞いた。
えっそれって、この前のファッションショーで怜司 兄さんにプロポーズしたおっちゃんや。
見てたん、おとん。千里眼 やな!
「違 うわ! もう! 絆 が欲 しいんやっていう話や。お前と。意地悪 なんやから……」
もう抱 かんといてって、おとんの腕 を逃 れて、兄さんは喉 乾 いたんか、残ってたソーダ水をストローで飲んだ。
おとんはそれを、面白 そうに見てた。
「ああ、俺としたいんか?三日と開けずに寝 るだけやと不足 か? そら思いがけん話やわ。俺は初婚 やし、じっくり考えてもええか?」
おとんはいかにも真面目 なふうに言うて、怜司 兄さんをからかった。
覗 き込 まれて、赤い顔や。
なんやねんお前、けっこう本気で言うてたんか。
どさくさ紛 れにプロポーズすな。もっと満 を持 して言え。
「なんぼでもじっくり考えるがええわ……」
玉砕 したムードで、朧 は店の椅子 に崩 れ落ちてた。轟沈 やな。
「冗談 はさておきや」
話を戻 すおとんは容赦 ない。
冗談 ちゃうでそれ、多分 本気やったで兄さんは。
そやけど俺には関係のないことや。朧 はそこで死んどけやで。
「ひとつ話があんのや。アキちゃんが卒業 したらどうするか、考えてないようやと、西森 さんて人から聞いた」
えっそれ画商 西森 ? なんで、おとんが知ってるんや。
「こいつが勝手 に俺の絵を売りに出したやろ」
「売ってない、見せてやってるだけや。俺のもんなんや」
椅子 に沈 んだままの怜司 兄さんが突 っ込 み入れた。
「どう違 うんや。勝手 なことして、お前は」
怒 ってへんけど、呆 れてる。おとんは怜司 兄さんに、そういう口調 やった。
朧 、ますます椅子 で小さくなってた。
「あの百貨店 での展示 を見てて、どうしても絵を売れという男がおってな、それが西森 さんや。少し話した。祇園 で絵の商 いをしてはるそうや」
西森 のおっさんの顔を思い出しているふうに、おとんは他所 を見て話した。
西森 さん、手の早いことや。もう暁雨 さんを捕 まえたんか。
怜司 兄さんがおとんを展示 見せに連 れてったという、その時か。
絵の展示 会は前もって告知 されるし、西森 はその道のプロや。これは見逃 せんと思う出物 があれば、どこからでもすっ飛んで来る。
そしてそこで、アキちゃんのおとんと遭遇 したんやろう。
「知ってる。アキちゃんの絵も売ってるおっさんや。俺の知り合いやねん」
「なかなかの好人物 やな?」
お前、あのおっさんとやったやろというニュアンスで聞いてきて、俺の目を覗 き込 むおとんは意地悪 やった。
俺は黙 って頷 くしかない。
鋭 いな、おとん。好人物 やで、西森 さんは。
「俺が暁彦 の親類 やと思ったようで、あいつが卒業後 の進路 をまだ決めてへんていう話をされた」
そうか、おとん、アキちゃんと同じ顔やもんな。そっくり親子やもん。
ほぼ本人みたいに見えて、西森 さんびっくりしたやろうなあ。
「どうも暁彦 の父です、とか言うたん?」
「いや。生き別れやった双子 の兄です、先日グアテマラから戻 りましたて言うといた」
めちゃくちゃやな、おとん。案外 めちゃくちゃな人や。
「信じたん、西森 ⁉︎」
「信じさせたわ。細 かいことや、そんなん」
煙草 吸 いたいって、おとんは朧 にねだった。
煙 の匂 いに欲 しいなったんか。
まだ機嫌 直 ってない朧 はしぶしぶ自分の紙巻 を分けて、蜻蛉 のついた愛用 のオイルライターで火をつけてやっていた。
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