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30-18 トオル

「そういうのな、お(みちび)きは待たんと、電話するねんで、普通(ふつう)平成(へいせい)御代(みよ)ではな。メールでもええし。それが面倒(めんどう)やっていうなら、もう、(ぬさ)でもええやん。言わんよりええわ。これこれこういう事あったけど、よろしゅうお(たの)(もうし)しますて言うてええか、って、聞くんやで。言う前にやで。現代ではな」  怜司(れいじ)兄さんが、おとんに良識(りょうしき)()いている。  この人に良識(りょうしき)を教えてもらうていうんやから、おとんも大概(たいがい)や。 「俺、あいつの親やのに?」  勝手(かって)に言うといてええんちゃうんみたいな顔で、おとんは(おぼろ)に聞いていた。  この、時代ギャップ。  親に全てを決められていた時代の人が、そのまんま来てもうたという、不味(まず)さ。 「あかん?」  さも意外(いがい)みたいに、おとんは俺に助けを求めてきた。  あかんことないよなっていう、同意(どうい)を求めてる顔や。  あかん?  あかんかな……。  アキちゃんな、実はずうっと(なや)んでるんやん。この半年ぐらいな。  絵描(えか)きになろうかなあ。どうしようかなあ。  俺にそんなもん(つと)まるんやろうか。  そうは言うても、他になりたいもんもない。どうしようかなあって、ソフトに(なや)んでるうちに、アキちゃんは、俺と出会(でお)うてもうたり、犬と出会(でお)うてもうたり、(なまず)(りゅう)出会(でお)うてもうたりしてたんや。  ゆっくり自分の先行(さきゆ)きについて考える(ひま)もないやろ。  神戸(こうべ)から(もど)れてからも、犬どうすんねんとか、蜜柑(みかん)太郎(たろう)出てきたとか、卒制(そつせい)()に合わへんとかで、ゆっくり(なや)(ひま)もない。  ()(ぐち)のないジェットコースターに乗ってるようなもんや。怒涛(どとう)の半年やったやろ。  あいつの頭ん中は今、絵を()きあげる事だけでいっぱいや。  俺のことを考える(ひま)さえ、あるんやら、ないんやら……。  そうするうちにも時は刻々(こっこく)()ぎてる。アキちゃんの知らんところで。  はあ、と俺は深いため息をついた。 「ええんやない。アトリエ。学校出たら、アキちゃん他に絵()くところないもん。おとんも来て、一緒(いっしょ)に絵()いたらええんやない?」  俺はついでにサクッと言うといた。 「なんで俺が?」  おとんは、きょとんとしていた。  この人も、自分のこととなると、ぽやんとしとるな。さすがは坊々(ぼんぼん)や。  こうなったら秋津(あきつ)のニュー(まも)(がみ)であるこの俺が、ふたりまとめて、なんとかしたろか。 「あんたも絵描(えか)きやん。家では()かれへんやろ。ユミちゃん走り回ってるし、大崎(おおさき)(しげる)(ころ)がり回ってる。落ち着いて絵()くどころやないやん。そういう気持ちにならへんのやって」 「白川(しらかわ)の家で()いたらええやん」  (おぼろ)心外(しんがい)そうに食いついてきた。 「そこではお前が邪魔(じゃま)してんのやんか。早う早う()いてほしいんやろ?そんなんしとって絵が()けるか! 実際(じっさい)、一(まい)でも絵()いたんか、どうや!」  ピシャーン! みたいに指差(ゆびさ)して言うてやったわ!  思い知れ、(おぼろ)。  昔はどうやったか知らんけど、今のお前はおとん廃人(はいじん)や。  ベタベタしすぎやねん、(うらや)ましい!!  いや、そうやない。  絵師(えし)にはな、自分と向き合える静かな環境(かんきょう)が必要なんや。  (いと)しい男が絵()く間、()きついたりチューしたり、()いで(さそ)ったりはせず、そっと見守ってやらなあかんねん。  今のお前にそれができますか⁉︎ できますか⁉︎  できへんやろ、今も()きつこうとしてる!  おとんの(むね)(すが)って、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)はさらに青い顔やった。 「俺のせいなん……? お前が絵()かれへんのは、俺が邪魔(じゃま)やからか?」 「そんなことない。なんちゅう顔してんのや。もっと神さんみたいに、いつも(わろ)うとき」  そのほうがお前は美しいで、と、おとんは(おぼろ)(はげ)まして、笑いかけてやってたが、それでも(おぼろ)は笑わへんかった。 「邪魔(じゃま)? そんなん、考えてもみんかったわ」 「(ちが)うて言うてるやん。俺は、お前と()るときは、お前を()いて、可愛(かわい)がりたいだけや。それに何の問題があるんや。お前が悪い(わけ)やないやろ」  (こま)った(やつ)やなあ、て、それでも(いとお)しそうに(おぼろ)を見て、おとんは苦笑(くしょう)やった。  しょんぼりしてもうた怜司(れいじ)兄さんは、ぐにゃっとしてて、ほっとくと消え失せそうな感じや。  一喜一憂(いっきいちゆう)やねんなあ。わかるわ。  こうやって客観的(きゃっかんてき)に見てると、それがどんだけアホみたいなのかが、よう分かるわ。  俺まで何や反省(はんせい)してきた。  アキちゃん……ごめんやで。(とおる)ちゃん、ぐちゃぐちゃワガママ言うて、お前を(こま)らせたりしとったか?  今後よく気をつけます……。 「わかった。お前もそのアトリエ行って、本間(ほんま)先生と絵を()け。場所どこなん、(とおる)ちゃん。俺があんじょういくよう采配(さいはい)しとくわ。知り合いなんやったら、その、西森(にしもり)とかいう(やつ)(くわ)しゅう聞いといて」  西森(にしもり)とかいう(やつ)敵意(てきい)もってるのがありありの目で言うて、怜司(れいじ)兄さんは俺に指示(しじ)した。  えっ、俺? (はたら)くの?  (とおる)ちゃん、家でアキちゃん待ってるだけの可愛(かわい)(へび)さんやし、(はたら)いたりせえへんのやで? 「西森(にしもり)さんの電話番号やったら、名刺(めいし)もろうたし、俺も知ってるで?」

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