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30-20 トオル

 これ何かの撮影(さつえい)かな?  テレビ? 雑誌(ざっし)? ネットの何か?  あれ湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)やん、知ってる知ってるて、嬉(うれ)しそうな京雀(きょうすずめ)までチュンチュン鳴(な)きながら集まってきよった。  噂(うわさ)が大好きな、都大路(みやこおおじ)の通りすがりの人たちや。  おとん、びっくりしたやろな。そんなん、昭和一桁(けた)には存在(そんざい)せえへんかったんかな。  あったとしても、暁彦(あきひこ)様は旧家(きゅうか)の坊(ぼん)や。  世俗(せぞく)の噂(うわさ)を食いもんにしてる写真屋に、祇園(ぎおん)の男娼(だんしょう)と抱(だ)き合(お)うてるとこなんか撮(と)られたら、えらいことやわ。  お家をあげての大騒動(おおそうどう)や。  めっちゃキスして、怜司(れいじ)兄さんは口を拭(ぬぐ)い、カメラ持ってる男に指さして言うた。 「俺の男や。そう書いて、ネットに載(の)せろ」  ああもうほんま、ええ気味(きみ)やわ。この七十余(ななじゅうよ)年、ずうっと言うてやりたかったことを、とうとう世間(せけん)に言うたったという、それはそれは晴(は)れやかな顔で、朧(おぼろ)は嫣然(えんぜん)と笑(わろ)うた。  その顔は、美しかったんや。  いろいろ突き抜(つきぬ)けたような、何が来ようが迎(むか)え撃(う)ったるという、強い不敵(ふてき)な笑(え)みやった。  その魅力(みりょく)的な表情とともに、写真はネットを駆(か)け巡(めぐ)った。  いかがわしい雑誌(ざっし)や新聞(しんぶん)にも載(の)った。  見間違(みまちが)いようもなく、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)が男とキスしてる写真や。  その男、誰(だれ)やねん……。世間(せけん)はまだ知らん男やったわ。  まだ知らん、なんか知らんけど、京都のどっかええとこの坊々(ぼんぼん)みたいな、めっちゃ男前(おとこまえ)の男や。  もう今年も押(お)し迫(せま)る年(とし)の瀬(せ)のことや。  水煙(すいえん)は激怒(げきど)し、おかんは、まあお兄ちゃん、というて、びっくりしていた。  大崎(おおさき)茂(しげる)と狐(きつね)は、あ痛(いた)、朧(おぼろ)め、あいつとうとうやりよったわという、痛恨(つうこん)の顔やった。  アキちゃん、コンビニのレジ横(よこ)で見て、ぎょえええってなってたで。  だってな、考えてもみて。おとんはな、実在(じつざい)せえへん男やねん。  生きてたおとんは、七十余(ななじゅうよ)年前に戦争で死んでるんやんか。もう居(お)るはずのない人や。  それでな、アキちゃんにそっくりなんやんか。  グアテマラから戻(もど)ったばかりの双子(ふたご)の兄貴(あにき)や。  そっくり。ほぼ本人や。まったくと言っていいほど、同じ顔。  ネットの顔認証(かおにんしょう)でも、その写真には、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)というタグがついてた。  アキちゃんやってことになってるんや。  俺や⁉︎ ってなるわ、アキちゃん。皆(みんな)もそう思うてる。  アキちゃん、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)と知らんうちにキスしてる。木屋町(きやまち)のソワレで密会(みっかい)してる。  熱愛‼︎ ほんで、店を出るなり、白昼堂々(はくちゅうどうどう)、濃厚(のうこう)キッスやで。  まあ、なんて破廉恥(はれんち)な男やろう。  しかも、この坊(ぼん)、あれやん。犬ともできてる。  勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)や。大阪(おおさか)の、気の毒な美少年やで。あいつとも一緒(いっしょ)に住んでるんや。  なんで一緒(いっしょ)に住むんや。  大学の後輩(こうはい)と普通(ふつう)一緒(いっしょ)に住んだりする?  おかしい。怪(あや)しい。  しかもこの人ら、地下の駐車場(ちゅうしゃじょう)で深夜(しんや)に抱(だ)き合(お)うてた。マンション住人(じゅうにん)Aさんが目撃(もくげき)‼︎ 衝撃(しょうげき)の一部始終(いちぶしじゅう)を語(かた)る!  アキちゃん知らんかったんや。パパラッチさんが持ってるカメラが一台とは限(かぎ)らんということを。  おっさん、自動撮影式(じどうさつえいしき)のカメラを装備(そうび)しとったんやなあ。  暗い駐車場(ちゅうしゃじょう)での荒(あら)い映像(えいぞう)ではあるけど、二人が抱(だ)き合(お)うてる写真が、すっかり出回(でまわ)ってもうてる。  映像(えいぞう)が荒(あら)いだけに、想像(そうぞう)の余地(よち)のある素敵(すてき)な一枚(まい)やった。  お宅(たく)さん一体(いったい)、どないなってますのんや?  まだ画学生(ががくせい)なんどすやろ?  なに? ええとこの坊(ぼん)?  男前(おとこまえ)やわあ。お金持ちなんやって。  嵐山(あらしやま)のお城(しろ)みたいな豪邸(ごうてい)に住んではんのやって。  いいや違(ちが)うえ、それはご実家(じっか)で、今は下鴨(しもがも)さん近くの高級マンションにいてはんのえ。  絵もえろう上手(じょうず)らしいどすえ。  ほんまやあ、素敵(すてき)やわあ。  これはどないもこないも、もう、目ぇが離(はな)されしまへんなあ……。  と、京雀(きょうすずめ)たちは噂(うわさ)する。  まあ、そういう、ね。そういうことになりますのんや。  恐(おそ)ろしいもんや、噂(うわさ)は。  ましてその噂(うわさ)を司(つかさど)る神が、ちっともプライバシーを守ってくれへん。  アキちゃん、ご主人様(しゅじんさま)やのに、どんどん世間体(せけんてい)をボロボロにされていく。  もはや完膚(かんぷ)なき状態(じょうたい)や。  しかも根拠(こんきょ)のない、事実ではない話でやで、あいつ二股(ふたまた)やでとか、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)とやっとんのやとか言われる訳(わけ)やしな。  やってへん。一回だけ! もうやらんと思う。  あの写真は、グアテマラのほうの人のやし。本人やないんやで。  そこんとこ、どう伝(つた)えたらええんかな。世間(せけん)の皆様(みなさま)に。  もう伝(つた)えんで、ええか……。わざわざ言うようなことと、ちがうな。  黙(だま)って嵐(あらし)が過ぎていくのを、待とう。  大阪(おおさか)の事件(じけん)のときかて、一時期(いちじき)はうるさくパパラッチさん来たけど、段々(だんだん)終息(しゅうそく)してた。  世間(せけん)の興味(きょうみ)はそう長くは続かへん。  それを次々(つぎつぎ)に掻(か)き立てへんかぎりはな。 「あかん! どうしても本間(ほんま)暁彦(あきひこ)の顔認証(かおにんしょう)が消えへん」  雪の降(ふ)る日に、祇園(ぎおん)あたりの四条通(しじょうどお)りを俺と歩きながら、怜司(れいじ)兄さんはキレていた。  外から目元(めもと)は見えへん、ミラー加工(かこう)のサングラスはかけてるけど、そんなもんでは隠(かく)せへん芸能人(げいのうじん)オーラがある。  どう見てもお前は湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)や。  これまでの素行(そこう)が悪すぎて、面割(めんわ)れしすぎ、バレバレなんや。

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