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30-23 トオル
「亨 くん、雰囲気 変わったな。君 、今のほうがええよ。ずっとええわ。そのままの顔で、ずうっといとき」
俺の背 を叩 いて、西森 さんがそう励 ましてくれた。
ほんまやな、俺も、そうしたいものやわ。悪魔 の顔やのうて。神様みたいな綺麗 な笑 みで、自分の長い生涯 を過 ごしていきたい。
たぶん、そうなるんやないかな。
なんせ俺のツレが、強い通力 を持った覡 で、三都 の巫覡 の王様で、天才絵師 でな、それは全部 別にしたかて、俺を誰 より深く愛してくれてる、優 しい男なんやもん。
アキちゃん。そろそろ、絵は、できたか?
俺とまたずうっと、一緒 に居 れるか。
そろそろお前が恋 しいわ。そろそろ、俺もデレデレしたい。
どうや、アキちゃん。お前のそばに、もう行ってもええやろか。
そう。絵はできた。無事に、アキちゃんが望 むとおりの二十八枚 の連作 が。
超人的 かつ精力的 な制作 の結果 として、無事 にできあがった。
それが卒業制作 として、どうか。アキちゃんの大学の教授 たちが議論 して、アキちゃんを卒業 させるかどうか、話し合 うてるらしい。
ここであかんて言われたりするん?
あかんことないやろ、天才の絵やで。
それがあかんて思うとしたら、お前らの目が腐 っとるんや。
俺はそう思うけど、問題となるのはテーマとか、その絵が公衆 の面前 で飾 られるのに問題はないかということやった。
何が問題あるんや。神楽 遥 の目つきがエロすぎる?
信太 を食うてる鯰 がグロすぎる?
他の絵には問題ないやろ?
そやけど議論 が紛糾 し、しばし待てということになって、止まってんのやって。
先生らは、何を悩 んでるんやろうなあ。不思議 やわ。
卒業留保 。
アキちゃん、お前はもういっぺん四回生 やれということになるかもしれへんのや。
俺は別にそれでもええけどな。
もう一年、大学生やって、それでもう一回、卒業制作 して、それから卒業 でもええわ。
だって長い一生、一年早いか遅 いかで、何も変わらんで。
せっかく作ったアトリエが、ちょっと宙 に浮 くけど、それもまた、一年寝 かせておけばええんやんか。秋津 の底抜 けの財力 が、それを支 えるって。
でもやっぱり、がっかりやな。
アキちゃんがせっかく、心血 を注 いで描 いた二十八枚 やのに。それが認 めてもらわれへんなんて、亨 ちゃんがっかりやで。
苑 先生に、お前どういうつもりやって、凄 みにいかなあかんな。
先生、俺とアキちゃんのキスシーンやら何やら見せつけられて、踏 んだり蹴 ったりやったんやもんな。
後で行こう。なんかお菓子 持っていこう。
先生、これでよろしくお願いしますよ。いっひっひっ、亨 くん、そなたも悪 よのう、みたいな展開 かて、案外 アリかもしれへんやん。
いや、ないか。苑一 にそんな権力 ないな。
でもお菓子 持ってってやろ。先生にはアキちゃんがお世話 になってるんやもん。
俺は怜司 兄さんと川端 通りで別れ、京阪 電車に乗り、さらに叡山 電鉄 で大学のあるほうへと向かった。
見慣 れた景色 が車窓 を流れる。
この眺 めも、アキちゃんが学校出たら見納 めか。
なんか不思議 やわ。あいつ、もう美大生 のアキちゃんやのうなるんやな。
いよいよ秋津 の当主 として、三都 の巫覡 の王様になるんや。
支度 はもう十分に、整 うている。
大崎 茂 が皆 を集めて、霊振会 で協議 した結果、アキちゃんは満場一致 で霊振会 の会長 に就任 した。
させられたというべきか。
お前、会長 やってくれるか、みたいな話すら一切 なく、本間 暁彦 改 め、秋津 暁彦 氏(22)会長 就任 のお知らせっていう霊振会 メルマガの増刊号 が、いきなり送られてきた。
それで会長 やということになったんや。
皆 、アキちゃんに全然 相談 もせんと、事 をどんどん進めてもうてる。
そういう俺もそうやけどな。
ほら、例 の祇園 のアトリエの件 、皆 さんもうお察 しかもしれへんけど、俺はまだ、アキちゃんに言うてへんのや。
絵描 いてるしな、それに集中させてやりとうて、面倒 な話は持っていかんとこて思うて。
嫌 とは言わんやろう。ええ話やもんな?
霊振会 の人らも、そう思 て会長 にしてもうたんやろうなあ。
もう、それ思うと爆笑 や。
そうやけど、嫌 とは言わんというよりは、そうなるべくして、そうなるんや。
アキちゃんには、幸 か不幸 か、あらかじめ定 められた運命 がある。
それに逆 らおうと足掻 いても、結局 そこへいく、潮 の流れのようなもんが時流 にはあって、アキちゃんは結局 、そこへ行くんや。
家を継 ぐ。三都 の巫覡 の王になる。霊振会 の会長 になる。絵描 きになって、そして、愛 しい俺のツレになる。
アキちゃんはその運命に、抗 わへん覚悟 を、一個一個自分で決めてきた。
そうやから、あいつに否 やはないやろう。
これから歩く一生が決められてるっていうのは、面白 うないのかもしれへん。
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