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30-24 トオル

 血筋(ちすじ)(さだ)めやとか、お(いえ)役目(やくめ)やとか、そういうの。  しんどいばっかで、ええことはない。  そやけど、アキちゃんはそれから()げることなく、戦っていくことにしたんや。  自分を()もうとする大津波(おおつなみ)から、一歩も()げへんかった時と、同じように。  あいつはなかなか、強い男やな。  そう思うて、俺は感心(かんしん)した。アキちゃんに。  すごいなって、()(なお)したんかもしれへん。  この半年、一年を振り返(ふりかえ)って。  あいつには、ほんま、度肝(どぎも)()かれてばっかりやったわ。 「(とおる)ちゃん」  アキちゃんが絵()いてた大学の別棟(べつむね)の、薄暗(うすぐら)廊下(ろうか)にいくと、頭に白い後光(ごこう)さしてる天使がおって、若干(じゃっかん)ボサボサなってる白い(つばさ)をはためかせ、俺を見つけて飛んできた。 「トミ子」  何を感激(かんげき)しとるんか、トミ子は俺を見て感極(かんきわ)まったようで、ブスのくせにぎゅーっと()きついてきた。  あんまり(ちこ)()ったらあかんて、トミ子。顔(かく)す光が()けて、お前の怪物(かいぶつ)的ブス顔が見えてまうやん。  そんなことはお(かま)いなしに、トミ子は(うれ)しそうに(すす)り泣き、(はな)もすすった。 「やっと全部()けたんえ。ついさっきやけど。暁彦(あきひこ)君、(つか)れて()てるわ」 「お前も羽根(はね)ボッサボサやで」  アキちゃんに付き()うて、全コース完走(かんそう)したんは、お前だけやもんな、トミ子。それはそれは大変やったやろう。  アキちゃんも、お前がおって、ものすご助かったし、心強(こころづよ)かったと思うわ。ほんまにありがとう。  俺に感謝(かんしゃ)なんかされても、(うれし)しないやろうけどな。  でも、おおきに、ありがとうやで、トミ子。  うえええんとトミ子は俺の(むね)で泣き、しばし嗚咽(おえつ)したあと、ぐすんぐすん言うて、顔をあげた。 「うちはそろそろ天界(てんかい)(もど)りますぅ……」 「まさかこれが永遠(えいえん)の別れとか言うなよ?」  ブスの顔どんなんやったっけと思い、俺はまばゆい光の中に、トミ子の目を(さが)した。  そやけど見えへんな、(すき)のないドブスやわ。 「また来るえ、暁彦(あきひこ)君がうちの助けを必要とする時が来たら、いつでも来るわ。(とおる)ちゃんも……」  俺を見つめるトミ子の視線(しせん)を感じて、この(へん)が目かなっていう(あた)りと、俺は見つめ()うた。 「ほんまに、いろいろ、ありがとう。暁彦(あきひこ)君のこと、いつもよろしゅうお(たの)(もう)します。うちはもう、いかなあかんさかい」  トミ子。  俺は何か言おうとしてた。  そうやけど、空気読まへんブスが、いきなり爆発(ばくはつ)的な白い光を(はっ)し、天界(てんかい)に消えたもんやから、爆風(ばくふう)で俺の(かみ)の毛ぐちゃぐちゃなってまうし、目は(くら)むしで、えらい目にあってもうた。  トミ子……俺、好きやで、お前のこと。すごく好きやった。  って、言おうとしとったな、俺。やばい。  ブスとできてまうところやった。  ギリセーフで、あいつを天界(てんかい)()(もど)してくれた、神に感謝(かんしゃ)やな。  カッコ(わる)、俺。  アキちゃんおらへん(さび)しさで、(だれ)でもいい、ドブスでも、水煙(すいえん)でもいいみたいな変態(へんたい)の世界へ行きかけてんのかな。  あかん。それは(あぶ)ない。気を引き締(ひきし)めて、アキちゃんと再会(さいかい)せなあかんな。  あいつが俺の愛しい男で、俺のツレ。そうや、トミ子ではない。  絵画室(かいがいしつ)のドア開けて、俺がそこに入ると、アキちゃんは部屋の(つくえ)に、突っ伏(つっぷ)して()てた。  椅子(いす)(すわ)り、そのまま力尽(ちからつ)きたみたいに、片腕(かたうで)だけ長く天板(てんばん)にのばした姿勢(しせい)で、その右手にはまだ、絵筆(えふで)を持ってたんや。  ()き上げて、そのまま(すわ)り、気絶(きぜつ)したんやろうなあ。  おもろい(やつ)やわ。アキちゃん。ほんまにエネルギー使い切ってるな。  今、(おそ)われたら、きっと死ぬんやで。  俺はそう思って、アキちゃんの(となり)にそうっと椅子(いす)を持ってきて、そこに(すわ)った。  俺が(そば)にいて、アキちゃんを守ってやらなあかんもんな。  夜になろうとしていた。  (まど)の外にはもう(やみ)(せま)ってる。  白々(しらじら)とした部屋の明かりが、俺とアキちゃんを()らしていて、アキちゃんの深い寝息(ねいき)だけが、静かに()(かえ)されていた。  さあ、どないしようかな。これから。どうしよう。  アキちゃん(かつ)いで帰るわけにはいかんしなあ。  車でもないと、こんなデカい(やつ)、電車に乗せて帰られへん。  (こま)ったなって、俺が部屋を見回すと、そこにはまだ()き上げたばかりの絵があった。  実際には、少々、間に合わんかったんやった。  絵は()()りを()ぎても、最後の一(まい)仕上(しあ)がらず、アキちゃんの卒業制作(そつぎょうせいさく)は、二十七(まい)の絵と、製作(せいさく)途中(とちゅう)の一(まい)の絵の写真として、教授会(きょうじゅかい)にかけられたんや。  そやけど、その絵もこうして、卒業制作(そつぎょうせいさく)(てん)には()()うた。  こういうの、()()うたって言わんかもしれへんのやけど、まあ、(ゆる)したってくれ。まだ学生の()やった。いろいろ見積(みつ)もりが(あま)かったんやろう。  家に帰って、俺と時々()うたりしてへんかったら、普通(ふつう)()()うてたやろ。そのへんがまだまだ、ひよっこやったんや。  けど、とにかく、完成した。  俺は、部屋の(ゆか)に置かれてある、すごくでかい最後の絵を見た。

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