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30-27 トオル

 アキちゃんが、真面目(まじめ)に言うてるようやったんで、俺は笑った。  こいつ、めっちゃ可笑(おか)しいな。そんなこと考えながら、絵を()いてたんやろか。  なんかもう、可愛(かわい)(やつ)やな、お前は。 「(とおる)……なんで泣いてんのや」 「泣いてへんわ」  (うそ)やけど。(こま)ってるアキちゃんの服で、俺は(なみだ)()いて、そのままアキちゃんの首に()きついていた。 「(つか)れたわ。出町(でまち)のマンションに帰ろ。お前に見せたいもんがあるんや。それに、話もある」  でもまず帰って、ゆっくり風呂(ふろ)でもはいって、人心地(ひとごこち)つき。お前も(つか)れてるはずや。  こんなとこで椅子(いす)(すわ)って()たかてな、全然(ぜんぜん)回復(かいふく)せえへんやん。家で、ゆっくりしょう、アキちゃん。  そう言うて、俺らは絵画室(かいがしつ)片付(かたづ)けて、絵を仕舞(しま)い、教授室(きょうじゅしつ)で死んだように(ねむ)ってた(その)先生のところに(かぎ)毛布(もうふ)をそうっと返して、叡電(えいでん)始発(しはつ)で家に(もど)った。  急いで帰って、玄関(げんかん)あけて、リビングまで行くと、アキちゃんがびっくりしていた。 「す……水煙(すいえん)!?」  ソファにいつも通りの水煙(すいえん)が、()ました顔で(すわ)ってて、なんやアキちゃん帰ってきたんか、って、何事(なにごと)もなかったように言うんで、アキちゃんあんぐりしてた。  水煙(すいえん)やで。今日は、青いほうのやで。  青いほうの水煙(すいえん)、美少年すぎてキモいんやけど、やっぱ水煙(すいえん)は青うないとな、なんかしっくりけえへんやん。  俺がそう(たの)んで、青いほうになっといてもろたんやで。 「なんで()るんや……」  アキちゃんのびっくりは終わらへん。いまだに、あんぐりしてる。 「(とおる)が家に帰れというて、俺を(むか)えに来たんや」 「なんでや?」  (となり)にいる俺の顔を見て、アキちゃんはまだ愕然(がくぜん)としてた。  片付(かたづ)けたつもりやった難問(なんもん)が、勝手(かって)()(かえ)されてんのやから、アキちゃんも()(どく)やわな。 「なんでってことないやろ。水煙(すいえん)やで? うちに()るんが、当たり前やわ。そうやんな、水煙(すいえん)」  俺がそしらぬ顔で、さあ(はら)()ったし朝飯(あさめし)でもしよか、アキちゃんにも食わしたろうって、キッチンに行くのを、水煙(すいえん)(あき)れたような苦笑(にがわら)いで見送(みおく)っていた。 「そういうことでお前がええならな」 「ああ、全然(ぜんぜん)かまへんで。その()わり、お前の部屋(へや)も何とかせんとな」  アキちゃんにはそう言うたけど、もう、何とかしてあるねん。  アキちゃん、勝手(かって)に家改造(かいぞう)してて(おこ)るかもやけどな、怜司(れいじ)兄さんに(たの)んで、部屋(へや)()やしといたんや。  ()えたというかやな。この家、嵐山(あらしやま)(つな)がってんねん。  位相(いそう)でな、なんか通路(つうろ)をな、ワームホール? 知らんわ。とにかく(つな)いだて怜司(れいじ)兄さんが言うてて、どこでもドアやねん。  廊下(ろうか)にドアあって、そこに嵐山(あらしやま)水煙(すいえん)部屋(へや)(つな)がってんのや。  その通路(つうろ)を使って、俺が水煙(すいえん)拉致(らち)しに行ったんや。  さすがの宇宙人(うちゅうじん)もびっくりしてたで。だって、俺けっこう丁度(ちょうど)ええタイミングで行ったんや。  俺が廊下(ろうか)のドアをがちゃっと開けて、こんにちは! 水煙(すいえん)いてるか! って部屋(へや)に入ったら、水煙(すいえん)はちょうど、(おそ)われてるとこやった。  おかんと、(まい)にな。  ()(さお)でレースひらひらのゴスロリっぽいドレスを着せられてた。青い人やった。  そのキラキラした涙目(なみだめ)で、水煙(すいえん)は俺を見て、(とおる)、ええとこに来た、こいつら俺に女物(おんなもん)の服を着せようとするんやって、泣きついてきた。  歩かれへんしな、自分では()げられへんのやんか。力も非力(ひりき)やし、見かけによらず怪力(かいりき)(まい)にかかると、(あか)(ぼう)に服着せるようなもんやん。 「ようお似合(にあ)いどすえ」  可愛(かわい)いわあ、みたいに、軽く手を合わせて、アキちゃんのおかんがにこにこ言うてた。  あんたら、何してはるん?  水煙(すいえん)、男の子やで。本人は、そう言うてるで。  そうやけど、部屋(へや)には青い()(そで)とか、青いドレスがいっぱいあって、(まい)が自分で作ったもんらしい。  そんな特技が(まい)に……。  いや、そうやのうて、なんで水煙(すいえん)兄さんにドレスなんか着せるんや。  めっちゃ似合(にお)うてるやん、お前。どないすんねんそれ、新しい世界に旅立つんか?  それやったら俺、帰ろうか……。(むか)えに来たんやけど、お前、嵐山(あらしやま)の家がええわって言うて、帰ったんやったもんな。 「あかん、(とおる)。待て。俺を、()れて帰ってくれ。後生(ごしょう)やから!」  ふわふわのスカートで水煙(すいえん)が言うてた。  俺ちょっと気が遠くなってきたで。 「頑張(がんば)れば女の子になれます。(とおる)ちゃんもどうえ? うちが術法(じゅつほう)頑張(がんば)ってみるさかい。女になって、うちの(しき)になってくれまへんか?」  にっこりとして、お登与(とよ)が言うてる。新しいお人形()しい、みたいにな。  (こわ)い……。アキちゃんのおかん……(こわ)いよう……。  俺にも前々から、(とおる)ちゃんは女の子に変転(へんてん)できまへんのんか、って、しつこう言うてきてたんや。  俺はそれを、てっきり、女になってアキちゃんの子を()(てき)な話とばかり、誤解(ごかい)していた。  ちがうかったんや。おかんの女になれって話やったんやわ。ぎょえーやな。  ぎょええええええええ!!

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