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30-28 トオル

水煙(すいえん)も、もうちょっと頑張(がんば)りましょうなあ。お兄ちゃんもアキちゃんも、あんたには冷たいこと。うちやったら末長(すえなご)う、大事(だいじ)大事(だいじ)可愛(かわい)がってあげますえ」  にこやかなおかんと、無理無理(むりむり)()れて帰れっていう水煙(すいえん)の顔とを見比(みくら)べて、俺は(なや)み、しばらく止まってた。 「助けてくれ、(とおる)。女に()(なお)されてまう」  それは。難儀(なんぎ)やな。水煙(すいえん)。  それは(こま)るんやろうな、たぶん。  俺にはどういうことなんか、パニクって判断(はんだん)がつかへんのやけど。 「さあ水煙(すいえん)、行きましょ」  何かするんや、という気配(けはい)で立ち上がって、アキちゃんのおかんが水煙(すいえん)()れに来る。 「(いや)や! (とおる)! (とおる)っ!!」  本気で助けを求めてるっぽい水煙(すいえん)兄さんを、俺はそこには置いてこられませんでしたね。  とっさに水煙(すいえん)をお姫様(ひめさま)だっこして、どこでもドアに走った。  (まい)が、まあまあ待っておくれやすと、白い手で(せま)ってきたが、俺と水煙(すいえん)はぎゃーって本気で悲鳴(ひめい)をあげて、どこでもドアに(ころ)がり()んだ。  急いで()めたら、何とか()()うて、ドレス着たままの水煙(すいえん)出町(でまち)()れて帰ってきてもうてん。  ああ、(こわ)かった。あんなとこ、()るもんやないで。  水煙(すいえん)のドレス見て、怜司(れいじ)兄さんひっくり返って、死ぬほど笑ってた。  ソファで(もだ)え苦しんでゲホゲホいうレベルで(わろ)うてたもん。  笑い事ちゃうで。めっちゃ可笑(おか)しいけどな。  アキちゃんが水煙(すいえん)をあんなとこ()るから、そんなことなるんやで。  自分のおかんを分かってなかったんやな。おかんと(まい)がホラーやということを。  おかんかて秋津(あきつ)の女やで。式神(しきがみ)()しいんや。  それも女の(しき)でないと(いや)やねんて。  それやったら水煙(すいえん)を女に変えればええわって、思うんやって。  天才の発想(はっそう)やな。鬼道(きどう)のな。おかん、(おそ)ろしい術者(じゅつしゃ)や。  ()()うてよかったわ。たぶん()()うたんやんな。  わからへんけど、水煙(すいえん)が急に(ちち)あるようにはなってへんのやけど。  かと言って、もともとすごく男っぽい(わけ)でもないんや。何もついてへんしな。 「(けが)れることのない天人(てんじん)に性別など不要(ふよう)や」  まるで自分も(けが)れてないかのように、水煙(すいえん)苛立(いらだ)って言い、聞いた話にポカーンとしてるアキちゃんの視線(しせん)が気まずそうやった。  でももう水煙(すいえん)(けが)れてもうてるで。俺が(けが)した。  別に何かした(わけ)やない。肉食(にくく)わせただけや。  こっちの家に()れて帰ってきて、そうや、カレー食わしてやろうって思いつき、ぐつぐつ煮込(にこ)んだビーフカレーを水煙(すいえん)の口に()()んだんや。  これは食われへんて、水煙(すいえん)はやってみる前から()(ごし)やった。  普段(ふだん)、もの食わんのやしな。それがいきなりカレーって、キツいかな。  でもまあいけるやろ!  ()()の家族になるという、これは儀式(ぎしき)や。(たの)むから食うてくれ。  俺のこだわりなんや。犬にも食わせた。  見ろ、美味(うま)いです言うて普通(ふつう)に食うてる。  まあ犬はずっと人間やったしな、学食でもカレー食うてる。  水煙(すいえん)初体験(はつたいけん)やしな、好きか分からんけど、とりあえず一口(ひとくち)から、ほら。いってみ?  そう言うて、スプーンであーんてしてる真剣(しんけん)な俺の熱意(ねつい)()たれ、水煙(すいえん)(おそ)(おそ)る食うた。  カレー食うたで。意外(いがい)といけた。  美味(うま)いわ言うて、二口(ふたくち)三口(みくち)は食うたかな。  それからや。こいつ変やねん。  なんか、体が()えてな、(あつ)うて、我慢(がまん)ならへんのやって。  何がって、あれやん。あれ。  アキちゃんが()いた絵を、持って帰ってくるの(わす)れた言うて、水煙(すいえん)(なげ)くもんやから、秋尾(あきお)(たの)んで持ってきてもろたんや。  迂闊(うかつ)に一人で家行って、俺まで女体化(にょたいか)されたらかなわんしな。  まあ、おかんもさすがに、俺がアキちゃんにとって大事(だいじ)な体やっていうのは理解(りかい)してると思うけどな。  それで、絵がうちに来て、アキちゃん留守(るす)(さび)しいし、この絵も(かざ)っとこかって、(かざ)ったんやん。  そしたらな、やっぱ出てくるんやって。夜中に。  水煙(すいえん)水煙(すいえん)()ぶ声がして、なんやアキちゃんと思わず答えると、絵の中の男が出てくる。  ほんで、水煙(すいえん)、お前が()しいって、アキちゃんがな、絵の中のアキちゃんや、そいつが(ひざ)(すが)って(もと)めてくんのやって。  (れい)のあの、水煙(すいえん)の新しい、人間みたいな姿(すがた)のほうで、やりたいって。  そして、水煙(すいえん)()いて、絵の中に()れてってしまうんやって。  ああ、そうか。絵の中にも部屋(へや)があるんや。位相(いそう)が。  出てこられるだけやのうて、向こうにも行けるんや。  びっくり。俺は一切(いっさい)、気づかんかった。  もし気づいて、その時に絵を見てたら、そこにはものすごい絵が()いてあったんかもしれへん。  しかし(さいわ)い、そんなエロい絵は見てない。  水煙(すいえん)はその絵の中で、アキちゃんとやってもうたみたいや。  (くわ)しゅう聞いた(わけ)やないで。あいつも話さへんし。  ただ、朝になって、水煙(すいえん)おらへんて(かべ)の絵を見たら、そこに水煙(すいえん)()てるんやん。  人間みたいな、あの美青年(びせいねん)姿(すがた)でやで。  しかも(はだか)や。  いかにも()られましたみたいな、いってもうた後にそのまま()てるみたいな、しどけないポーズで、ぐったり()てる。

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