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30-30 トオル

 根性(こんじょう)があれば、どこかに前世(ぜんせ)記憶(きおく)()めたまま、生まれ変わってくることもあるが、大抵(たいてい)無理(むり)や。  うまくいってもバラバラになってもうて、運命(うんめい)の人の生まれ変わりやわあ、ていうのが世界に四、五人おるとか、そういう面倒(めんどう)なことにもなりかねん。  そういう(れい)には、俺にも少々(おぼ)えがあるしな。そうなると(こま)る。  そやけど寛太(かんた)はせっかちな(やつ)や。まだ(わか)いしかな。  今すぐ、あの信太(しんた)のまま連れて帰りたいと、冥界(めいかい)でゴネた。  ひたすらゴネて、閻魔大王(えんまだいおう)交渉(こうしょう)し、しゃあないなあ、そこまで言うならチャンスをやろうということに。  すごいな。顔可愛(かわい)いからスペシャル待遇(たいぐう)やろか。ワガママ言うてみるもんやわ。  俺も参考(さんこう)にしたいが、そこはそれ、あいつは冥界(めいかい)地獄(じごく)の火の中と、()ける者の世界、現世(げんせ)往来(おうらい)する力を持った不死鳥(ふしちょう)や。  言うなればスタッフやから、特別待遇(たいぐう)で、今ちょっと間違(まちが)えて死者の門をくぐってもうた信太(しんた)兄貴(あにき)を助けたい言うても、聞く耳をもってもらえたんかもな。  寛太(かんた)一念(いちねん)やわ。  そしてテストを受けることになった。問答(もんどう)や。  神々は人間にクイズを出すのが好きなんや。問答(もんどう)仕掛(しか)けて、それに答えさせ、正解できたら力をくれたり、(のぞ)みを聞いてやったりする。  そういうことが時々あんのや。この業界(ぎょうかい)ではな。  寛太(かんた)は全力でクイズに答えた。  全、九百九十九問。  そのうちの六(わり)に正解できた。  あいつ頭ええな。もっとアホかと思ってたわ。  それで閻魔大王(えんまだいおう)が、よう頑張(がんば)ったな。ギリギリでボーダーライン()えたわ。ほな、(たましい)、六(わり)持って帰ってええで、と言わはった。  六(わり)や。残り四(わり)は、まっさらになってまうけど、信太(しんた)の六(わり)は残して、復活(ふっかつ)できるんやって、寛太(かんた)は喜んだ。  まあそりゃゼロよりは全然(ぜんぜん)ええわ。  そこで問題なんが、どの四(わり)()てるかや。  寛太(かんた)は時間をかけて、()てる四(わり)を選んだ。  思い出や能力は綿密(めんみつ)(から)み合っている。  つらい思い出でも、それが信太(しんた)を作り上げるために必須(ひっす)のもんやということは多々(たた)あるし、(いや)記憶(きおく)や、(つら)記憶(きおく)一律(いちりつ)ほかせばオッケーということやない。  (たと)えば、つらい失恋(しつれん)の思い出も、仕事での挫折(ざせつ)も、それによって今の自分があるとか、あれがあったから成長できた、今は感謝(かんしゃ)してる、後悔(こうかい)はないっていう事、(みな)にもあらへんか。あるやろう?  (つら)くない一生が正しいとは(かぎ)らへん。(きず)も自分の一部なんや。  信太(しんた)信太(しんた)であるために、()てられへん記憶(きおく)はある。  寛太(かんた)はそれを慎重(しんちょう)()った。  まあ、大変な作業(さぎょう)やわな。自分が好きな男の(たましい)を全て(くわ)しく見るというんは。  寛太(かんた)信太(しんた)出会(でお)うたんは、たったの十年ほど前なんや。  信太(しんた)はそれよりもっと前、中国は清朝(しんちょう)の初めごろに生まれてた。  いろんな出会いがあり、別れもあったやろう。  (こい)も一度や二度でなく、数えきれんほど、してる。  それを(なが)めて、()けて、しんどいわ、こんなん()てよと思うても、それも信太(しんた)を作る大切なパーツかもしれへんのや。  結局(けっきょく)、そういうのまで(ふく)めて、過去の何もかもを、愛してやるしかない。  そのパズルを()きながら、寛太(かんた)(さと)りをひらいた。  信太(しんた)兄貴(あにき)に、(わす)れがたい(こい)があったかて、それを(うら)んだらあかんのやってな。  あいつどんだけ(こい)してんの? そんな()れっぽい(とら)なんか?  確かに百戦錬磨(ひゃくせんれんま)みたいな(とら)やったよ。チュー上手(うま)いしな、アレも上手(うま)いらしいで、怜司(れいじ)兄さん情報(じょうほう)やけどな。  さすが中国四千年の(あじ)やなあて怜司(れいじ)兄さん言うとったわ。  そうは言うけど、清朝(しんちょう)の始まりは1616年、信太(しんた)守護(しゅご)してた紫禁城(しきんじょう)は、1400年ごろの建築(けんちく)らしいから、実際(じっさい)には四千年もない。  およそ六百年から四百年の(あじ)やって、寛太(かんた)は言うとったけどな。  ラジオ、情報(じょうほう)不正確(ふせいかく)やで。メディアの言うことを鵜呑(うの)みにしたらあかんという証拠(しょうこ)やわ。  まあまあ、中国宮廷(きゅうてい)朝廷(ちょうてい)後宮(こうきゅう)には、大陸全土(たいりくぜんど)からの美男美女や秀才(しゅうさい)武侠(ぶきょう)が集められたんや。  美味(うま)そうな(やつ)らばかりやったんやろうな。  そういう中での六百年、さぞかし濃厚(のうこう)やったやろう。  その六(わり)厳選(げんせん)して持ち帰り、寛太(かんた)信太(しんた)(よみがえ)らせた。不死鳥(ふしちょう)(なみだ)でな。  大事に(にぎ)りしめて持ち帰ってきた、信太(しんた)(たましい)(なみだ)を流し、その(かがや)(しずく)をかけてやって、生き返ってや、兄貴(あにき)()びかけたら、(たましい)は何かに変転(へんてん)した。  ちっさい(とら)や。  めっちゃ小さい。手のひらに乗るぐらいの子(とら)やったらしいわ。もう兄貴(あにき)いうサイズやない。  それでも信太(しんた)やという確信(かくしん)が、寛太(かんた)にはあって、泣いて喜んだ。  その(なみだ)から無数(むすう)向日葵(ひまわり)()いて、二人を取り巻(とりま)いたそうや。  信太(しんた)には、その光景(こうけい)見覚(みおぼ)えがあったんやろうな。  寛太(かんた)、とすぐに()びかけてきたそうや。  (しゃべ)ったわけやない。(れい)の声でな、寛太(かんた)の名前をちゃんと(おぼ)えてたんやって。  もう大丈夫(だいじょうぶ)や。あとは損耗(そんもう)した体の方を育ててやればええんやと思って、寛太(かんた)は自分の霊力(れいりょく)(とら)分け与(わけあた)えてやり、育てていくことにした。  それで、めでたしめでたしやと思い、甲子園(こうしえん)の家に(もど)ったんや。

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