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30-31 トオル

 ところがな、信太(しんた)は何も(おぼ)えてへんかった。日本語すら(しゃべ)れへん。  寛太(かんた)神戸(こうべ)生まれの不死鳥(ふしちょう)やさかい、日本語が母語(ぼご)や。  信太(しんた)はそうやない。生まれた場所の、最初に自分を信心(しんじん)してくれた人間たちの言葉で話すんや。  紫禁城(しきんじょう)建設(けんせつ)された当時の、明代(みんだい)の中国語や、清朝(しんちょう)の人らが話していた、モンゴル語、漢語(かんご)満州語(まんしゅうご)、その(へん)や。全く何言うてんのか分からへんのやって。  笑うわ。笑い事やないんやけど、多難(たなん)やわ。  寛太(かんた)が、信太(しんた)の話す言葉で意味わかるのは、自分の名前だけ。名前は何語(なにご)でも発音(はつおん)いっしょやもんな。  信太(しんた)(なぞ)の言葉をちょいちょい(しゃべ)ったが、何言うてんのか全然(ぜんぜん)わからん。ただ時々()んでくれる、寛太(かんた)寛太(かんた)、っていう名前だけを心の(ささ)えに、あいつは(とら)育成(いくせい)(はげ)んだ。  もう、しゃあないから怜司(れいじ)兄さんに中国語習いにいった。  漢語(かんご)満州語(まんしゅうご)やったら分かるって、ラジオが言うんや。それで、速習(そくしゅう)満州語(まんしゅうご)講座(こうざ)。  必死で(おぼ)えて、今は(しゃべ)れるらしいで。(あい)やな。頭ええんや、寛太(かんた)。  すぐ(おぼ)えたでって、怜司(れいじ)兄さんも感心(かんしん)していた。アホやアホやと思ってた鳥さんやけど、(ちご)うたんやなあ、って。  この子、(なぞ)の言葉で話すんやけど、何言うてんの?って、連れて行って怜司(れいじ)兄さんと(じか)に話しさせたらええねん。その方が早いやん?  満州語(まんしゅうご)講座(こうざ)せんでも、通訳(つうやく)してもらえばいい。  もっと言えば、(とら)(えさ)やるのかて、兄さんができるで。  そもそも、中国で(きず)ついて神戸(こうべ)に流れ着いた時でも、(とら)は日本語は全く分からんかった。漢語(かんご)満州語(まんしゅうご)や。  それを面倒(めんどう)見て、話聞いてやり、(えさ)やって、()いてやってチューしてやったんは怜司(れいじ)兄さんなんやて。  (とら)の命の恩人(おんじん)やで。蔦子(つたこ)さんに(たの)まれて、(とら)兄貴(あにき)やったんがラジオやねんもん。  それをもういっぺんやるぐらいの事は、怜司(れいじ)兄さんにもできたやろう。  そうやけど、蔦子(つたこ)さんが、あかんて言うたんやって。  あかん。ラジオ(たよ)ったらあかん。あいつは、もうじき、()らんようになる。あいつに(とら)(まか)せたら、また、可哀想(かわいそう)なことになりますえ、と言って、蔦子(つたこ)さんは(ゆる)さんかった。  あんたがやりなはれ。不死鳥(ふしちょう)なんどすやろ。自分の(こい)しい相手を、恋敵(こいがたき)(あず)けるアホがどこにいてますのんや。自分一人の力でやれと、蔦子(つたこ)さんに(こわ)い顔で言われ、ああ、そうやなと、寛太(かんた)は思うたらしい。  蔦子(つたこ)さん、またもや予知(よち)してたな。怜司(れいじ)兄さんはその後、ほどなくして上洛(じょうらく)やった。おとん廃人(はいじん)のコースや。  その時、信太(しんた)もおったら、どないなってたんやろう。  信太(しんた)はアキちゃんの式神(しきがみ)や。(おぼろ)もそうや。  保護者(ほごしゃ)である(おぼろ)上洛(じょうらく)するんやったら、満州語(まんしゅうご)(とら)かて京都に連れて行くしかない。  ほんで兄さんの白川(しらかわ)の家に(とら)おるの?  ややこしいわ、それは。めちゃめちゃ微妙(びみょう)(むずか)しいにもほどがある。  その時、信太(しんた)には怜司(れいじ)兄さんの記憶(きおく)はなかったらしいんやけど、もし万が一、思い出しててみ?  (もと)信太(しんた)(もど)ってたら、おとん廃人(はいじん)を毎日、()()たりにするんやで。  あの、めっちゃ妖怪(ようかい)みたいなのとか、入れただけで()くみたいなの、毎日とは言わん、三日に一回ぐらいらしいが、見るわけや。  あっかんやろそれ……。  怜司(れいじ)兄さんのノーデリカシーなぶっちゃけ男子会トークによると、おとんの床上手(とこじょうず)異常(いじょう)。たぶん相性(あいしょう)とかあるんやろうな。  それか(あや)しい術法(じゅつほう)でも使われてんのか。  怜司(れいじ)兄さんのアレは別に演技(えんぎ)とか顧客(こきゃく)サービスやのうて、ほんまに()えんやって。  長年、玄人(くろうと)で生きてきて、滅多(めった)なことでは気をやったりせえへんのが気概(きがい)のはずやのに、めっちゃ気持ちええんやって。  まあそりゃ……そうか。それは()れてまうよね。  気持ちええから()れたん? そうなん?  それだけちゃうやろと思うけど、兄さん意固地(いこじ)やし()()さんやから、そうや! 言うて怒鳴(どな)ってたけどな。そうなんやて。  それに対して、信太(しんた)はそこまでではないんやって。  あいつも上手(うま)いけど、統計的(とうけいてき)に見て、暁彦(あきひこ)様を百として換算(かんさん)すると、(とら)は八十から九十弱をマークするスキルの保持者(ほじしゃ)らしいわ。  具体的(ぐたいてき)やあ……。  MAX九十行くならええやん。アキちゃんなんかな、MAX六十くらいらしいで。微妙(びみょう)……。ギリ、ボーダーラインやったんやな。  まあ、あいつはな、ええねん。俺には()うてんねん。人それぞれ相性(あいしょう)ってある。  俺の統計(とうけい)ではアキちゃん余裕(よゆう)で百やから。なんなら千ぐらいやから。  愛してんのやから、ただ気持ちようなりとうて()てるラジオとは全然(ぜんぜん)ちゃうの!

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