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30-34 トオル

 寛太(かんた)はその(とら)の横に立ち、心配そうに見てる。  こっちももうアロハ着てへん。京都パープルサンガのスタジアムコート着てる。  鳥さん。お前もっとTPOに合った可愛(かわい)い服着ろ。育児が大変でそこまで気が回らんかったんか。  それともサッカーの試合(しあい)をついでに見たんか。  まあ、火の鳥のチームやからな、サンガは。興味(きょうみ)あったよな。 「先生、信太(しんた)はな、(もう)(わけ)ないけど、先生のことも(おぼ)えてないんや。でも事情(じじょう)(みな)で話して聞かせて、(くわ)しいとこまで知っとう。(しき)として(はたら)(ぶん)には、中国での記憶(きおく)があるし(こま)らへんやろうって、蔦子(つたこ)さん言うてた」  もう信太(しんた)()れたらあかんていう、我慢(がまん)の顔で、寛太(かんた)(とら)をアキちゃんに()(わた)した。 「お(おさ)めください……」  すでに(なみだ)ぐんでる顔で、寛太(かんた)はアキちゃんに一礼(いちれい)をして、信太(しんた)を前に押し出(おしだ)した。  それと向き合うチーム秋津(あきつ)のメンバーは、アキちゃん以外は回転台(かいてんだい)のある丸テーブルの席に着いてて、アキちゃんだけが椅子(いす)から立ち、信太(しんた)と鳥と、向き()うていた。  東華菜館(とうかさいかん)の二階の個室(こしつ)や。  鴨川(かもがわ)沿()いに建つ瀟洒(しょうしゃ)なレトロビルで、夏には川床(かわどこ)も出る北京料理店(ぺきんりょうりてん)やけど、今は真冬やし川床(かわどこ)はない。  信太(しんた)来るし、やっぱ中華(ちゅうか)やろうって思うて、俺が予約(よやく)入れといたんやけど、これちょっと、桃饅頭(ももまんじゅう)とか食うてる空気やない。  いや、俺な、一緒(いっしょ)(めし)食うたら、そういえばあん時、中華街(ちゅうかがい)一緒(いっしょ)にフカヒレラーメン食うたなあ、あれ美味(うま)かったなあ、とか言うて、信太(しんた)があっさり思い出したりして! などと、(かる)くダメ(もと)で思うてたんやけど、これ、あかん(ほう)やな。  (おぼろ)()えへんしな。二回も連絡(れんらく)してんのに、なんで()えへんのや、あいつは。  分かるけど! お前に会わせよういう企画(きかく)やねんから()いや。  まさか白川(しらかわ)でおとんといちゃついてたりせえへんよな。  アキちゃんに電話させて、はよ来いって命令してもらおか?  それくらいの力尽(ちからづ)くでないと、あいつ()げてまうんやないか。 「今日はな、お前に会わせたい(やつ)がおって、来て(もろ)うたんやけど、まだやし先に、今後の話のほう、しよか……」  アキちゃんは信太(しんた)に、どういう口調(くちょう)で話せばええんかなという顔で、話しづらそうやった。  元々、信太(しんた)とは、あいつが死ぬちょっと前に()うて、ろくろくお(たが)い知り合う()もないまま、あいつは死んでもうたんやったわ。  それでも以前は、信太(しんた)は気さくな(やつ)で、話しづらいってことはなかった。  いつもにこにこ機嫌(きげん)のええ(やつ)やったしな、調子(ちょうし)もようて、すぐ()()けたんやん。そうやったよな。  でも新しいほうの信太(しんた)は、にこりともせえへん。  真顔(まがお)でアキちゃんを見て、ただ、(うなず)いただけやった。 「(すわ)ろか……」  (とおる)()()たへんと書いてある顔で、アキちゃんは俺を見た。  そやな。でも、お前が秋津(あきつ)当主(とうしゅ)で、信太(しんた)主人(しゅじん)やから、しゃあないよな。がんばれアキちゃん。  信太(しんた)はアキちゃんに(うなが)されて、丸テーブルの、アキちゃんの(となり)の席に(すわ)った。  アキちゃんが(すわ)るまで、自分は(すわ)らへん。そういう、(みょう)にきっちりしたところだけは、前の信太(しんた)のままや。  でもそれは、人に(つか)える(もん)常識(じょうしき)でしかのうて、信太(しんた)らしさと言えるのかどうか。 「なんか食う?」  レトロっぽいレザーケース入りのメニュー(ひょう)信太(しんた)に見せて、アキちゃんは聞いてやってたが、信太(しんた)不思議(ふしぎ)そうにアキちゃんの顔を見るだけで、首を横に()った。 「先生」  信太(しんた)がじいっとアキちゃんを見て、言うた。 「先生が俺の主人(しゅじん)なんですか? 俺は自分は蔦子(つたこ)さんのもんやと思うてたけど、(ちが)うんやって、聞いて」 「俺は一時的(いちじてき)にお前を()()けただけや。それについては……今日、話そう」  よし、とりあえずビール。こうなったら酒の神の力を()りよう。楽しい酒盛(さかも)りや。  ()緊迫感(きんぱくかん)()えられず、俺は個室の外ににょろにょろ()うていって、おねえさんに人数分のビールを注文した。  あとは適当(てきとう)に料理持ってきてください。おすすめコースとかでええし。  水煙(すいえん)はほとんど何も食わんし、鳥さんもそうか。でも俺と犬とアキちゃんと(とら)は、めちゃめちゃ食うはずやし、なんぼでも持ってきて。  そう言うて、また部屋ににょろにょろ(もど)ったら、アキちゃんは早速(さっそく)本題(ほんだい)を話してた。 「お前のことは、蔦子(つたこ)さんに(かえ)そう思うてる。お前がもし京都にいたいんやったら別やけど、そういうことは無いやろ? 寛太(かんた)神戸(こうべ)に帰りたいやろう」 「先生がそう言うても、今日のところは帰るなと言われてます。蔦子(つたこ)さんが後日(ごじつ)(むか)えに来るって」  たぶん、無礼(ぶれい)やと言うことなんやろう。蔦子(つたこ)おばちゃまが言いたいのは。  信太(しんた)がアキちゃんとこに嫌々(いやいや)来て、さっさと帰るのも、本家(ほんけ)無礼(ぶれい)やし、せっかく来た(しき)を、家にも入れんと追い返すんは分家(ぶんけ)無礼(ぶれい)や。  そやから返すにしても、一旦(いったん)本家(ほんけ)にいれて、それを後日(ごじつ)蔦子(つたこ)さんが粛々(しゅくしゅく)といただきに参上(さんじょう)するという、そういう形式(けいしき)をとるんやろうと、水煙(すいえん)は言うてた。

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