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30-38 トオル

寛太(かんた)がおらんと、俺は生きていかれへんのや。一緒(いっしょ)()させてください。お(ねが)いやから。何やったら土下座(どげざ)する? カメラ起動(きどう)してください。(ねえ)さんの(はだか)も見えてまうけどな」  あははと信太(しんた)は笑い、蔦子(つたこ)さんは絶句(ぜっく)していた。 「信太(しんた)。あんた、思い出したんどすな……?」  そう思う、蔦子(つたこ)さんの気持ちは分かった。  信太(しんた)はさっき、ここに来た時とは(ちが)う。  話し方も、表情(ひょうじょう)も、まるで信太(しんた)や。  以前、神戸で()うた(ころ)と同じ。アロハ着てへんのが不思議(ふしぎ)なくらいに、いつもの信太(しんた)(もど)って見えた。 「いいや、全然(ぜんぜん)生憎(あいにく)やけど、思い出したくないことばっかりなんですわ」  苦笑(くしょう)して、信太(しんた)は答え、お願いや(ねえ)さんと、(あま)強請(ねだ)る声で、もう一度(たの)んだ。  蔦子(つたこ)さんはため息をつき、湯のはねる音が聞こえた。 「明日の朝いちばんで、啓太(けいた)(くるま)出させますさかい、秋津(あきつ)(ぼう)にそう伝えなはれ。蔦子(つたこ)(とら)(もら)い受けに(まい)りますて」  (おこ)った口調で蔦子(つたこ)さんは言い、少し(まよ)ってから()(くわ)えた。 「ほんまに、あんたには(かな)いまへんわ。ワガママばっかり言うて。あんたに竜太郎(りゅうたろう)(あず)けたんが、うちの間違(まちが)いどした。あの子まで、あんたにそっくりのワガママ言うんえ」 「俺の子やもん」  けろっと言うて、信太(しんた)(ほお)に当てた電話を(つつ)み、微笑(びしょう)していた。  えっそうなん⁉︎ 竜太郎(りゅうたろう)⁉︎ そうなんか⁉︎ 「アホなこと言わんといておくれやす!」  激怒(げきど)する主人(しゅじん)可笑(おか)しいのか、信太(しんた)(こた)えた笑いをもらした。  何や、ちゃうんかい。びっくりするやないか。びっくりしたわ!  ほんまとんでもないこと言う(やつ)や。  まさに信太(しんた)や。お帰り信太(しんた)。  俺は感動(かんどう)して、すぐそこにいる信太(しんた)を見つめた。  お前、帰って来たんやな。帰ってこれたんや。  何でなんか知らん、(おぼろ)(わた)した九連環(きゅうれんかん)()くうちに、お前は何かを思い出したんやな。  たぶん、(おぼろ)()ごした、神戸(こうべ)での思い出を。  それは全然、(あま)くはなさそうやった。ものすご(にが)い顔を信太(しんた)はしていた。  せやけど、良薬(りょうやく)は口に(にが)しや。  その(にが)い思い出が、お前には必要やったんやな。落とさず持って帰れて良かったよ。 「(ねえ)さん、ありがとう。また会えて(うれ)しいわ。冷えんよう、ゆっくり湯につかっといて。ほなまた明日(あした)」  蔦子(つたこ)おばちゃまの(はだか)が目に()かんでる顔で、ぴっ、と電話を切って、信太(しんた)はふふふと(わろ)うた。  そして(となり)のアキちゃんに、(うれ)しそうに言うた。 「さあ、(めし)食いましょうか、先生。最初の晩餐(ばんさん)が、最後の晩餐(ばんさん)やけど。本家(ほんけ)のおごりやろ?」 「思い出したんか……?」  そうなんやろという顔で、アキちゃんは信太(しんた)()()うていた。 「いいや全然(ぜんぜん)。ほんまに、肝心(かんじん)のところは全然(ぜんぜん)。でも……」  (とら)は自分にも回されていた、怜司(れいじ)兄さんの()いだビールを見下ろしていた。 「自分が、この国に来て、(みんな)に愛してもろうて、自分も、愛してたことだけは、思い出しました。それが一番、肝心(かんじん)なところやろ?」  ()(くさ)そうに言うて、信太(しんた)はビールを飲んだ。ええ飲みっぷりやった。 「兄貴(あにき)……」  感極(かんきわ)まって、寛太(かんた)()んだ。 「ちがうで、俺はもうお前の兄貴(あにき)やない。信太(しんた)やろ?」  そう教える信太(しんた)に、寛太(かんた)(うなず)き、(おぼろ)(むね)に泣き(くず)れて、お帰り信太(しんた)と、小さい声で()いた。  なんで(おぼろ)(むね)や。関係が複雑(ふくざつ)すぎる。  急に、(えん)もたけなわやった。空気読まへん給仕(きゅうじ)のお姉さんが、バーンて個室の()を開けて、お待たせいたしましたあ、と、めっちゃ美味(うま)そうな料理をガンガン(はこ)んできてくれた。  めっちゃ美味(うま)そう! よだれが出そう! 「さあ食おか」  アキちゃんも、ほっとしたように喜んで言い、自分の式神(しきがみ)たちに飲食(いんしょく)(ゆる)した。  ようし、めっちゃ食うでと(はし)を取り、回転台(かいてんだい)をぐるぐる回す俺を、(みんな)(わろ)うて見てて、これはちょうどええ、チーム秋津(あきつ)忘年会(ぼうねんかい)やった。  クリスマス(わす)れてた。  アキちゃんと俺の、出会(でお)うて一周年(いっしゅうねん)のメモリアルやったのに、卒制(そつせい)しんどすぎて(わす)れてた。  でももう俺はめっちゃ素敵(すてき)なプレゼントは(もろ)うたし。  アキちゃんが()いた、あの全身全霊(ぜんしんぜんれい)の絵、『永遠(えいえん)』と名付けられた、愛し合う俺とアキちゃんの絵は、最後には俺に(もら)えることになっていた。  『蛇神(へびがみ)暁月(ぎょうげつ)()でる』に始まり、『永遠(えいえん)』に(いた)った、俺とアキちゃんの一年が、終わろうとしていた。  (みな)で楽しく飯を食い、神遊(かみあそ)びして、俺らはお(たが)いの無事(ぶじ)幸福(こうふく)(いわ)いあった。  丸いテーブルの上を、複雑(ふくざつ)怪奇(かいき)(あや)しい視線(しせん)が飛び()忘年会(ぼうねんかい)ではあった。  (おぼろ)信太(しんた)は時々、意味深(いみしん)な目でお(たが)いを見つめ、目で会話しとったし、水煙(すいえん)はアキちゃんを、アキちゃんは水煙(すいえん)を、犬もアキちゃんを見るわ、俺はアキちゃんと見つめ合い、信太(しんた)寛太(かんた)を見つめた。  複雑(ふくざつ)で、怪奇(かいき)や。  そやけどもう、それはしゃあない。  だって俺ら、(もも)()なんやもん。(あや)しいのんは、生まれつきやで。  そんなこんなで、お(あと)がよろしいようで。

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