900 / 928
30-38 トオル
「寛太 がおらんと、俺は生きていかれへんのや。一緒 に居 させてください。お願 いやから。何やったら土下座 する? カメラ起動 してください。姐 さんの裸 も見えてまうけどな」
あははと信太 は笑い、蔦子 さんは絶句 していた。
「信太 。あんた、思い出したんどすな……?」
そう思う、蔦子 さんの気持ちは分かった。
信太 はさっき、ここに来た時とは違 う。
話し方も、表情 も、まるで信太 や。
以前、神戸で会 うた頃 と同じ。アロハ着てへんのが不思議 なくらいに、いつもの信太 に戻 って見えた。
「いいや、全然 。生憎 やけど、思い出したくないことばっかりなんですわ」
苦笑 して、信太 は答え、お願いや姐 さんと、甘 く強請 る声で、もう一度頼 んだ。
蔦子 さんはため息をつき、湯のはねる音が聞こえた。
「明日の朝いちばんで、啓太 に車 出させますさかい、秋津 の坊 にそう伝えなはれ。蔦子 が虎 を貰 い受けに参 りますて」
怒 った口調で蔦子 さんは言い、少し迷 ってから付 け加 えた。
「ほんまに、あんたには敵 いまへんわ。ワガママばっかり言うて。あんたに竜太郎 を預 けたんが、うちの間違 いどした。あの子まで、あんたにそっくりのワガママ言うんえ」
「俺の子やもん」
けろっと言うて、信太 は頬 に当てた電話を包 み、微笑 していた。
えっそうなん⁉︎ 竜太郎 ⁉︎ そうなんか⁉︎
「アホなこと言わんといておくれやす!」
激怒 する主人 が可笑 しいのか、信太 は堪 えた笑いをもらした。
何や、ちゃうんかい。びっくりするやないか。びっくりしたわ!
ほんまとんでもないこと言う奴 や。
まさに信太 や。お帰り信太 。
俺は感動 して、すぐそこにいる信太 を見つめた。
お前、帰って来たんやな。帰ってこれたんや。
何でなんか知らん、朧 が渡 した九連環 を解 くうちに、お前は何かを思い出したんやな。
たぶん、朧 と過 ごした、神戸 での思い出を。
それは全然、甘 くはなさそうやった。ものすご苦 い顔を信太 はしていた。
せやけど、良薬 は口に苦 しや。
その苦 い思い出が、お前には必要やったんやな。落とさず持って帰れて良かったよ。
「姐 さん、ありがとう。また会えて嬉 しいわ。冷えんよう、ゆっくり湯につかっといて。ほなまた明日 」
蔦子 おばちゃまの裸 が目に浮 かんでる顔で、ぴっ、と電話を切って、信太 はふふふと笑 うた。
そして隣 のアキちゃんに、嬉 しそうに言うた。
「さあ、飯 食いましょうか、先生。最初の晩餐 が、最後の晩餐 やけど。本家 のおごりやろ?」
「思い出したんか……?」
そうなんやろという顔で、アキちゃんは信太 と向 き合 うていた。
「いいや全然 。ほんまに、肝心 のところは全然 。でも……」
虎 は自分にも回されていた、怜司 兄さんの注 いだビールを見下ろしていた。
「自分が、この国に来て、皆 に愛してもろうて、自分も、愛してたことだけは、思い出しました。それが一番、肝心 なところやろ?」
照 れ臭 そうに言うて、信太 はビールを飲んだ。ええ飲みっぷりやった。
「兄貴 ……」
感極 まって、寛太 が呼 んだ。
「ちがうで、俺はもうお前の兄貴 やない。信太 やろ?」
そう教える信太 に、寛太 は頷 き、朧 の胸 に泣き崩 れて、お帰り信太 と、小さい声で鳴 いた。
なんで朧 の胸 や。関係が複雑 すぎる。
急に、宴 もたけなわやった。空気読まへん給仕 のお姉さんが、バーンて個室の戸 を開けて、お待たせいたしましたあ、と、めっちゃ美味 そうな料理をガンガン運 んできてくれた。
めっちゃ美味 そう! よだれが出そう!
「さあ食おか」
アキちゃんも、ほっとしたように喜んで言い、自分の式神 たちに飲食 を許 した。
ようし、めっちゃ食うでと箸 を取り、回転台 をぐるぐる回す俺を、皆 笑 うて見てて、これはちょうどええ、チーム秋津 の忘年会 やった。
クリスマス忘 れてた。
アキちゃんと俺の、出会 うて一周年 のメモリアルやったのに、卒制 しんどすぎて忘 れてた。
でももう俺はめっちゃ素敵 なプレゼントは貰 うたし。
アキちゃんが描 いた、あの全身全霊 の絵、『永遠 』と名付けられた、愛し合う俺とアキちゃんの絵は、最後には俺に貰 えることになっていた。
『蛇神 、暁月 を愛 でる』に始まり、『永遠 』に至 った、俺とアキちゃんの一年が、終わろうとしていた。
皆 で楽しく飯を食い、神遊 びして、俺らはお互 いの無事 と幸福 を祝 いあった。
丸いテーブルの上を、複雑 怪奇 な妖 しい視線 が飛び交 う忘年会 ではあった。
朧 と信太 は時々、意味深 な目でお互 いを見つめ、目で会話しとったし、水煙 はアキちゃんを、アキちゃんは水煙 を、犬もアキちゃんを見るわ、俺はアキちゃんと見つめ合い、信太 も寛太 を見つめた。
複雑 で、怪奇 や。
そやけどもう、それはしゃあない。
だって俺ら、物 の怪 なんやもん。妖 しいのんは、生まれつきやで。
そんなこんなで、お後 がよろしいようで。
ともだちにシェアしよう!