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三都幻妖夜話(3)神戸編 30-40 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
30-40 トオル
作者:
椎堂かおる
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30-40 トオル
水煙
(
すいえん
)
に
真顔
(
まがお
)
で
車椅子
(
くるまいす
)
から言われ、
信太
(
しんた
)
はゾッとしたようやった。 ゾッとする。寒いし。ゾッとするぐらい美しいんや、
朧
(
おぼろ
)
は。
古来
(
こらい
)
、
幾人
(
いくたり
)
が
四条河原
(
しじょうがわら
)
でこの
鬼
(
おに
)
に食われてきたか、
死屍累々
(
ししるいるい
)
の
骨
(
ほね
)
が
連
(
つら
)
なり、もはや数えきれへんほどや。 「ほな帰るわ、
信太
(
しんた
)
。さようならやな。お前にちゃんと
別
(
わか
)
れが言えて、よかったわ。
寛太
(
かんた
)
と
幸
(
しあわ
)
せにな」 泣かすんは
布団
(
ふとん
)
の中でだけにしろよと、兄さんは言い、なんでそうなるという
巧
(
たく
)
みな
素早
(
すばや
)
さで、
信太
(
しんた
)
の
喉首
(
のどくび
)
を
服
(
ふく
)
掴
(
つか
)
んで引き
寄
(
よ
)
せ、
行
(
い
)
き
掛
(
が
)
けの
駄賃
(
だちん
)
のキスをした。 うぎゃああって、
虎
(
とら
)
は
総毛立
(
そうげだ
)
っていた。
別
(
わか
)
れたんちゃうの、お前ら。 なんでキスするの? お
別
(
わか
)
れのキスなの?
亨
(
とおる
)
ちゃんにはもう、よく分からないの、
怜司
(
れいじ
)
兄さんの考えることが。 けっこうガッツリなディープキスをしてから、
朧
(
おぼろ
)
は
河原
(
かわら
)
に
打
(
う
)
ち
捨
(
す
)
てるように、
信太
(
しんた
)
を
離
(
はな
)
した。 ほんまにコケそうなって、
信太
(
しんた
)
はよろめいていた。 「
美味
(
うま
)
! ここだけの話、キスはお前の方が
美味
(
うま
)
いわ。お前を百として、
暁彦
(
あきひこ
)
様は九十八やな。愛しちゃってるボーナスがあるから、
結局
(
けっきょく
)
はお前の負けなんやけど」 またポケットに手を
戻
(
もど
)
し、
朧
(
おぼろ
)
は悪びれることなく笑顔で言うた。 「クソ! 何言うんや、今さら! 帰れ
東洋鬼
(
トンヤンキ
)
! お前は
鬼
(
おに
)
や!
暁彦
(
あきひこ
)
様んとこ行って、もう二度と
戻
(
もど
)
ってくるな」
信太
(
しんた
)
は
悪態
(
あくたい
)
ついて、帰れ帰れと
朧
(
おぼろ
)
を
追い払
(
おいはら
)
うた。
煙
(
けむ
)
るような
朧月
(
おぼろづき
)
の下、美しくも
妖
(
あや
)
しい
四条河原
(
しじょうがわら
)
の
鬼
(
おに
)
、
朧
(
おぼろ
)
は
婉然
(
えんぜん
)
と手を
振
(
ふ
)
り、
幻
(
まぼろし
)
のように消え去った。 たぶん、
遅
(
おそ
)
なってしもたし、歩いて帰る
間
(
ま
)
も
惜
(
お
)
しいなって、
愛
(
いと
)
しい男のところへ飛んで帰ったんやろう。 それが
信太
(
しんた
)
と
朧
(
おぼろ
)
の
別
(
わか
)
れやった。 たぶんな。
別
(
わか
)
れたんやんな? 知らんでもう俺らは。
朧
(
おぼろ
)
のいない
我
(
わ
)
が
家
(
や
)
に帰り、俺とアキちゃんは
信太
(
しんた
)
に付き
合
(
お
)
うて、しばらく飲んだ。
瑞季
(
みずき
)
と
水煙
(
すいえん
)
は、
寝
(
ね
)
るいうて
寝
(
ね
)
た。
満月
(
まんげつ
)
が近いんや。絵の人らも元気やもんな。 ああそうですか。
寝
(
ね
)
ろ
寝
(
ね
)
ろ。 リビングには俺とアキちゃんと
虎
(
とら
)
だけが残されて、アキちゃんは
迂闊
(
うかつ
)
にも
寝
(
ね
)
てもうてた。
迂闊
(
うかつ
)
やのう、ほんまにお前は、まだまだ青い。おとんには
及
(
およ
)
ばない。俺をタイガーと二人っきりにして、よう
平気
(
へいき
)
で
寝
(
ね
)
るわ。 まあ
平気
(
へいき
)
やけどな。
亨
(
とおる
)
ちゃん、ええ子やし、タイガーつまみ食いはせえへんのや。ほんまほんま。 俺が
毛布
(
もうふ
)
を取りに行って、
疲
(
つか
)
れたんか、ホッとしたんか、すうすう
寝
(
ね
)
てるアキちゃんに着せかけてやり、部屋を見回したが、
信太
(
しんた
)
がおらへんかった。 ベランダに月が見え、
信太
(
しんた
)
がそこにおるんが見えた。
煙草
(
たばこ
)
吸
(
す
)
うてた。 うち
禁煙
(
きんえん
)
やしな、アキちゃん
嫌
(
いや
)
がるし、今の今まで気を
遣
(
つこ
)
うて
吸
(
す
)
わんといてくれてたんやな。 お前は
案外
(
あんがい
)
、
繊細
(
せんさい
)
な
虎
(
とら
)
や。 俺は
酒瓶
(
さかびん
)
持って、ベランダに
虎
(
とら
)
を
追
(
お
)
っていった。
信太
(
しんた
)
はぼうっと
煙草
(
たばこ
)
をくわえたまま、
紹興酒
(
しょうこうしゅ
)
のグラス持って、月を見上げてた。 「何見てんのんタイガー」
減
(
へ
)
ってた酒を
注
(
つ
)
ぎ
足
(
た
)
してやって、俺もベランダの
柵
(
さく
)
にもたれた。 「ああ、
亨
(
とおる
)
ちゃんか。びっくりしたわ」 俺、足音せえへんもんな。びっくりした? ふふふと笑って、俺も持ってきたグラスの酒を飲んだ。 「月見ててん。これがあいつの見たかった、京都の月かと思てな」 しんみり言うてる
信太
(
しんた
)
はセンチメンタルな
虎
(
とら
)
やった。
忘
(
わす
)
れた
割
(
わり
)
にはいろいろ
憶
(
おぼ
)
えてんのやな、お前。
忘
(
わす
)
れては生きていけへん
朧
(
おぼろ
)
なる思い出が、なんぼほどあるんや。 しかし俺は
咎
(
とが
)
めんといてやった。 だって、俺にもあるもん。
忘
(
わす
)
れがたい思い出が、それこそ星の数ほどある。 その遠い
煌
(
きら
)
めきが、悲しい夜にも、俺を
支
(
ささ
)
えてくれるんやで。 「なんか
違
(
ちが
)
う?
神戸
(
こうべ
)
の月と」 「
違
(
ちが
)
うんやないか?
紫禁城
(
しきんじょう
)
の月とも
違
(
ちが
)
うもん」
一緒
(
いっしょ
)
に月を見て、俺も思った。
違
(
ちが
)
うかもなあ。
確
(
たし
)
かに。 俺がユーフラテス川のほとりの
高き峰
(
ジッグラト
)
から見た月も、グアテマラの月も、
皆
(
みな
)
、
違
(
ちが
)
って見えたわ。 ただ、同じなんは、
胸
(
むね
)
締
(
し
)
め
付
(
つ
)
けるような
郷愁
(
きょうしゅう
)
が、そこにはあるということや。
朧
(
おぼろ
)
は月見て泣いてたん? 神戸でお前とおった時。
京
(
みやこ
)
の月が
懐
(
なつ
)
かしい言うて、
愛
(
いと
)
しいお月さんのとこへ飛んで帰りたいて、あの
雀
(
すずめ
)
ちゃん、お前を
困
(
こま
)
らせたか? でももうあの人も
今頃
(
いまごろ
)
は、あの
白川
(
しらかわ
)
の家の
月見台
(
つきみだい
)
で、
愛
(
いと
)
しい男と
京
(
みやこ
)
の月明かりを
浴
(
あ
)
びてるよ。 「ええ顔してたわ、
怜司
(
れいじ
)
」 それが少々
悔
(
く
)
やまれるように、
信太
(
しんた
)
は俺にゲロった。 「あいつの、ああいう笑顔、俺は初めて見たわ。あんな顔もできるんやな。ずうっと、あんなふうに、何の
憂
(
うれ
)
いもない顔で、
幸
(
しあわ
)
せやって笑っといてほしいて思うてたんやけど」 はあ、て
無表情
(
むひょうじょう
)
に
煙草
(
たばこ
)
の
煙
(
けむり
)
を
吐
(
は
)
いて、
信太
(
しんた
)
は
朧月
(
おぼろづき
)
にぼやいていた。 「あかんかったなあ、俺では」 ぼんやり言うてる
信太
(
しんた
)
が
可哀想
(
かわいそう
)
やった。
朧
(
おぼろ
)
はほんま
鬼畜生
(
おにちくしょう
)
やったな。 「でもキスはお前の方が
美味
(
うま
)
いて」
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椎堂かおる
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