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三都幻妖夜話(3)神戸編 30-43 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
30-43 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
905 / 928
30-43 トオル
鯰
(
なまず
)
や
龍
(
りゅう
)
より、
卒制
(
そつせい
)
のほうが
怖
(
こわ
)
いということやな。 自分の未来が、あるいは人生が、死ぬより
怖
(
こわ
)
いもんなんや。 生きていくことは、死ぬより
怖
(
こわ
)
い。ましてそれが、自分らしく、
誰
(
だれ
)
にも
阿
(
おもね
)
ることのない、
自然体
(
しぜんたい
)
の人生やということやとな。
要
(
よう
)
するにアキちゃんは、
卒制
(
そつせい
)
のドアが開いて、入ってきた
客
(
きゃく
)
が自分の絵を見て、なにこれ変な絵や、
不快
(
ふかい
)
やわ、あほちゃうかと言うことを、
恐
(
おそ
)
れてるんや。 それはそうやろ。そこに
飾
(
かざ
)
る絵に、アキちゃんは何もかもを
描
(
か
)
いた。自分の見た世界や、自分という人間の全部を
描
(
か
)
いて、これはどうやと
世
(
よ
)
に
問
(
と
)
おうとしたんやもん。 その絵が、あかんのやったら、自分の人生が、あかんということになるんや。 まあ、なんというか、アキちゃんは
初心
(
うぶ
)
やわ。 おとんは自分の絵に、そこまでのめりこんでへんで。 あの人、
天然
(
てんねん
)
ぽいしな、ええと思うもんは、ええんやないかなあ、って、そういうナチュラルな
無意識
(
むいしき
)
で絵
描
(
か
)
いてるからな。アキちゃんの頭フラフラなってるような
自意識
(
じいしき
)
は、わからへんのや。 そのおとんが、見に来るんやって。 おかんも来るで。
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
も
狐
(
きつね
)
も来る。
皆
(
みな
)
来るんや。 なんで来るんや。アキちゃん、おとん来るわって、ものすご
緊張
(
きんちょう
)
してた。 それでも、お前、おとんに見せるために、その絵を
描
(
か
)
いたんやないんか。何も
困
(
こま
)
ることないやん? そうやけど、まあ、
緊張
(
きんちょう
)
するねんな。分かるわ。分かるような気がするわ。 俺は顔色の悪いツレと、
卒業制作展
(
そつぎょうせいさくてん
)
が
開催
(
かいさい
)
される、市内の
某
(
ぼう
)
美術館
(
びじゅつかん
)
に
居
(
お
)
った。 アキちゃんはゲートの前で、どないしよう、どないしようと、
呪文
(
じゅもん
)
のようにブツブツ言うてた。
緊張
(
きんちょう
)
MAXやな。たとえこの会場全部を
探
(
さが
)
しても、お前ほど
緊張
(
きんちょう
)
してる
奴
(
やつ
)
はおらへんで。 まあ、
皆
(
みな
)
にとっては、ただの
卒制
(
そつせい
)
や。命かかってるんは、アキちゃんだけやもんな。 おとんが来て、お前の絵はあかんわ言うたら、アキちゃんその場で死ぬしな。命がけやわ。 そして、おとんはあっさり来た。おかんも来た。
一緒
(
いっしょ
)
に来たんや。
仲良
(
なかよ
)
し
兄妹
(
きょうだい
)
やな。 おとんは通りすがりの学生たちに、あれえ
本間
(
ほんま
)
君。あれえ
本間
(
ほんま
)
君と、
不思議
(
ふしぎ
)
そうに声かけられて歩いて来た。 お前さっき
奥
(
おく
)
におったやろって、
皆
(
みんな
)
、もやっとするんや。アキちゃんのドッペルゲンガーやもんな、おとんは。 そして、おとんから絵の
評価
(
ひょうか
)
は、あっさり出た。 会場の一番
奥
(
おく
)
の、一番広い
壁
(
かべ
)
に
飾
(
かざ
)
られた、二十八
枚
(
まい
)
の絵を見て、おとんはにっこりとした。 「アキちゃん。よう
頑張
(
がんば
)
ったなあ。おとん、生きててよかったわ」 にこにこしながら、絵を
眺
(
なが
)
めて、おとんはアキちゃんの右手を
握
(
にぎ
)
った。 「お前の手、絵を
描
(
か
)
く手やわ。
爆弾
(
ばくだん
)
やら
鉄砲
(
てっぽう
)
やら持たんですんで、ほんまに良かったなあ。これからも、好きな絵いっぱい
描
(
か
)
きや。お前、天才やで。自分がお前の親で、ほんまに
誇
(
ほこ
)
らしいわあ」 「お兄ちゃん、親バカどすやろ」 おかん、自分もいつもは言うてるくせに、おとんのことを
馬鹿
(
ばか
)
にしていた。 おとんに先に全部言われてもうて、もう自分が言うことのうなってもうて、
焼
(
や
)
き
餅
(
もち
)
焼
(
や
)
いたんやろか。 口
尖
(
とが
)
らせて
拗
(
す
)
ねるお
登与
(
とよ
)
は、まるで十八の
小娘
(
こむすめ
)
のように、
可愛
(
かわい
)
かった。 「よかった……」 アキちゃん、
魂
(
たましい
)
出てた。ホッとしすぎて。
倒
(
たお
)
れるんやないかと、俺はヒヤヒヤした。 アキちゃんは、おとんに勝ったんか、負けたんか。 命がけの
真剣勝負
(
しんけんしょうぶ
)
を
挑
(
いど
)
まれ、
暁雨
(
ぎょうう
)
さんは、お前は天才やと言うた。 でもそれは、負けたという事やない。 だって、絵やで。
剣術
(
けんじゅつ
)
と
違
(
ちご
)
うて、絵に勝ち負けはない。 あるんかも知れへんけど、同時代に二人の天才がおったって、かまへんやん。 どっちか
片方
(
かたほう
)
が
敗
(
やぶ
)
れて死ぬような、そういう世界ではない。 俺はアキちゃんとおとんが、そういう世界で
勝負
(
しょうぶ
)
してくれてよかったなと、
心底
(
しんそこ
)
思った。 ほんまの
剣
(
けん
)
や
太刀
(
たち
)
で、その
愛
(
あい
)
を
巡
(
めぐ
)
り、親子が殺しあったこともある
家系
(
かけい
)
や。 二人で
仲良
(
なかよ
)
う絵を
描
(
か
)
いて、アキちゃん天才や、おとんも天才やなあて、笑っていられる今は、ほんまに
幸
(
しあわ
)
せなんやで。 おとんは
嬉
(
うれ
)
しそうに、その
幸
(
しあわ
)
せを
噛
(
か
)
みしめるように、じっくりとっくりアキちゃんの
新作
(
しんさく
)
を見ていった。 なんせ二十八
枚
(
まい
)
もある絵を、:一
¥丈
(
いちじょう
)
ずつ見るために、おとんとおかんは
腕
(
うで
)
を組み、なんやかんや
褒
(
ほ
)
めちぎりながら、息子の
描
(
か
)
いた絵を
喜
(
よろこ
)
んでいた。 さすがは
秋津
(
あきつ
)
の
当主
(
とうしゅ
)
と、その妹やな。 息子が
蛇
(
へび
)
とやってる絵を見ても、
素晴
(
すば
)
らしいわあ、神との
和合
(
わごう
)
やわとか、そんな
感想
(
かんそう
)
しかないんやな。
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椎堂かおる
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