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30-44 トオル

 それが良かったんやろか。  技法(ぎほう)とか、ものすご(こま)かいところまで(くわ)しく()めちぎる親バカの人たちの生放送コメンタリーのお(かげ)で、なんやこれみたいな反応(はんのう)はなかった。  すごいなあ、美しいわという声をあげ、絵に(くわ)しい人も、そうでもない人も、学生もおっちゃんも、先生もお(ばあ)ちゃんも、アキちゃんの絵を見て(よろこ)んだ。  お(ばあ)ちゃんの中には、絵を見て(おが)む人までおってな、なんでお(ばあ)ちゃんて、すぐ(おが)むんやろな。  (おぼろ)のファッションショーでも(おが)んでる(ばあ)さんおったしな。  お(ばあ)ちゃんて、ありがたい霊威(れいい)のあるもんを感知(かんち)する天才(てんさい)ちゃう?  アキちゃんの絵にはそういう、天地(あめつち)のもたらす(めぐ)みのような、ありがたい霊威(れいい)がみなぎっていた。  それは(だれ)にでも感じられる美しさで、時には(おそ)ろしく、(みにく)残酷(ざんこく)であったりもしたが、神とは、自然(しぜん)とは、そういうもんや。  時には人を食うし、時には熱い愉悦(ゆえつ)(あた)える。  そういう、(あら)いところと、(あま)いところを、全部合わせて、神様なんやん?  アキちゃんは自分の絵に、それを(えが)いたんやろうな。  アキちゃんの目にうつる世界の姿(すがた)が、そのまんま絵になって出てきてる作品やった。  人は(みんな)、アキちゃんの絵の前に集まり、何か知らん、この絵の前にずうっといたい、(あたた)かいような、(こわ)いような、(かた)こりや腰痛(ようつう)が治るような、なんかそんな感じ。  アキちゃんのありがたい霊威(れいい)(ひた)ったんや。  普通(ふつう)に言うて、大盛況(だいせいきょう)やったし、会場に取材(しゅざい)に来てた報道(ほうどう)の人らも、アキちゃんの絵には興味津々(きょうみしんしん)やった。  悪いな。当日、アキちゃんと一緒(いっしょ)に卒業する四回生(よんかいせい)たちよ。  天才の後光(ごこう)(かす)んでもうて、諸君(しょくん)らの卒業制作(そつぎょうせいさく)は、全然(ぜんぜん)存在感(そんざいかん)()うなってもうたよな。  (みんな)、アキちゃんの絵に()ちのめされていた。  すでに搬入(はんにゅう)とかで見たことある(やつ)らも()ったものの、アキちゃんの絵は制作(せいさく)(おく)れてたし、今日初めて見たっていう学生も多かった。  そいつらにとっては、朝来てみたら忽然(こつぜん)と現れていた、衝撃(しょうげき)傑作(けっさく)二十八連発(れんぱつ)やったもんで、感受性(かんじゅせい)の強い画学生(ががくせい)なんてもんは(みんな)、ひとたまりものう心打(こころう)たれて死んだわ。  ギリギリ表具(ひょうぐ)が間に()うて、ヨボヨボ(じい)さんの息子と(まご)が、必死こいて持ってきてくれたんや。  なんと、今朝仕上(しあ)がったという絵もあった。  (あぶ)ねえ! こういうの間に()うたて言わんし、アキちゃん。素人(しろうと)やな!  それでも、よう頑張(がんば)ったよな。  見ろ、お前の絵に()ちのめされ、会場(かいじょう)のそこかしこで崩折(くずお)れる同級生(どうきゅうせい)たちを。  かつて、アキちゃんに女をとられ、(うら)んでるような連中(れんちゅう)も、あんな絵、ええと思わんて悪態(あくたい)を付きながら、それでも立ち上がれん程度(ていど)には、衝撃(しょうげき)受けてた。  可哀想(かわいそう)やのう。  しかし、そこからの再起(さいき)ができる(やつ)だけが、絵の道で食うていける。  (その)先生を見よ!  あの、アキちゃんの絵ができていくのを絵画室(かいがいしつ)()()たりにし、俺とアキちゃんのチューという精神攻撃(せいしんこうげき)まで受けても、まだ生きて立っている、苑一(そのはじめ)胆力(たんりょく)を。  なんと先生は、自分の新作を引っさげて、この卒業制作展(そつぎょうせいさくてん)(むか)えていた。  アキちゃんの大学ではな、伝統的(でんとうてき)に、学生にだけ絵を(さら)させるんは卑怯(ひきょう)や、教授(きょうじゅ)も出せやということで、先生らの中から何人かは、自分の作品を(かざ)(なら)わしやねん。  だって、先生らは、何を根拠(こんきょ)に学生に絵を教えるんや?  上手(じょうず)やからやろ?  俺は上手(じょうず)やでっていうのを(しめ)してくれへんかったら、(だれ)が先生の話聞くねん。  美大生(びだいせい)なんてな、(みんな)はじめは、俺は天才やって勘違(かんちが)いして入学してくるような連中(れんちゅう)やねん。アホやわ。  そんな俺様(おれさま)しかいない新入生(しんにゅうせい)に、先生が(しめ)せる力は、(あき)らかな技術力(ぎじゅつりょく)証明(しょうめい)する、自分の作品でしかない。  こいつらいつも戦ってんねんな。  学校で漫画(まんが)読んでばっかりいる、あいつや、あいつも、ほんまは心に自分だけの武器(ぶき)を持っていて、友達とか、先生とかと、毎日、血を流す心の真剣勝負(しんけんしょうぶ)を、戦っていたんやな。  アキちゃんが、タラシの本間(ほんま)陰口(かげぐち)(たた)かれて、(きら)われてたんも、それは結局(けっきょく)アキちゃんのせいやった。  別に女ったらしが悪いんやない。アキちゃんが、(ずる)いから。  生まれつき天才で、(みんな)が泣きながら(ころ)げ落ち、血まみれで()い上がる(かべ)を、アキちゃんはたったの一歩でまたぐからや。  死ね、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)。そう思う(やつ)もおるわ。  俺も思うくらいやからな。アキちゃん、いっぺん死ねってな。何回も思うたわ。  俺はその時、その場でそれに気づいて、(みんな)ごめんて思った。  アキちゃんの学部(がくぶ)連中(れんちゅう)、みんな何も考えてへん、絵さえ()いてりゃお(しあわ)せなアホやと思うてた。  でも(みんな)も、アキちゃんと同じように、血反吐(ちへど)()くような苦悩(くのう)自意識(じいしき)の何ヶ月かを()ごして、この会場(かいじょう)にたどり()いたんやな。  (みんな)の絵も、俺のツレほどではないけども、いい作品やったで。  ほんまやで。(みんな)の絵、俺は好きやったわ。  せやし卒業後(そつぎょうご)も、(みな)さん、どうぞ頑張(がんば)ってください。  (とおる)ちゃん、神やし、(みんな)幸運(こううん)(いの)っときます。

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