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30-45 トオル
友達らしい友達がおらんかったアキちゃんのとこに、卒制 では、名刺 もった卒業予定者 が、なんでかちらほらと挨拶 に来た。
どこそこに就職 決まったんや。本間 君はどこ行くん?
これは雇 ってくれたデザイン会社の名刺 やねんけど、卒業後 もよかったら、俺の作品見てみてな、と、ある者は言うた。
また別の女が来て、うちは家の仕事を継 ぐねん。本間 君もそう? うち看板 屋やねん。絵を描 く仕事やいうても、ちょっと違 うかもやけど、気づいたら見てみて。一生懸命 描 くから。
そう言うて、実家 の看板 屋のチラシを置いていく。
お前の絵、好きやわ。って、誰 かがそれだけ言うて帰った。
もう、それに尽 きる感想はなかった。
好きやって、それ言うてもうたらもう、何も付け加えるもんはない。
ぱっと見て、好きやって、一目惚 れして一生ずっと好き。そういうことがあると、人生がバラ色になるやん。
時々それで、苦しむこともあるけど、何かに惚 れて生きると、幸 せになれる。
そういう気持ちを与 える力が、アキちゃんの絵にはあって、その日、本間 暁彦 改 め、秋津 暁彦 (22)、雅号 ・暁月 さんの絵を見た人間たちは、アキちゃんの絵に惚 れた。
そういう愛 の渦巻 く世界やった。
アキちゃん、良かったな。
良かったやろ。何をボケっとしとんのや。大成功 やったやろ。
アキちゃんは魂 抜 けたみたいになって、自分の絵から少し離 れたところの椅子 に、ぼんやりと座 ってた。
ほぼほぼ抜け殻 みたいやった。
卒業後 も連絡 とらせてという連中 の波 がおさまり、アキちゃんはまた一人になってた。
俺しかいてへん。
「どないしたん、アキちゃん。ずっと魂 、出てるで」
おとんがお前は天才や言うて去 ってから、ずっと魂 だらーんて出とる。
しっかりせえアキちゃん。燃 え尽 きすぎや。
「なんか疲 れたんや……」
そのようやな。
俺は苦笑 して、アキちゃんの隣 に座 った。
「苑 先生の絵、あるらしいやん。見に行く?」
「後 でええわ……先生、どうせ、京野菜 やからな」
京野菜 の絵ばっかり描 いてんのや、苑 先生。
でも上手 なんやで。
オーラないけど。技術 は確 かや。
アキちゃんかて実 は、入学する前の卒業制作展 を下見 に来て、苑 先生の絵を見て、ふうん上手 やん、このおっちゃんに習 おうって、思うたらしい。
めっちゃ縁 あるやん。びっくり。運命 のおっちゃんやないか。
それでも、苑 先生はいつも野菜の絵ばかりやし、上手 いけど、それ以上やないというんが、アキちゃんの四年間の感想 やった。
「西森 さん来 えへんな。どうしても外 せへん客先 あるから、終わりしだい来るて言うてたんやけど……」
アキちゃんの腕時計 で時間を見て、俺は言うた。
もう、どこかに居 るんかいな。会場 も広いしな。
でも、あのおっちゃん、アキちゃん狙 いやし、来たらまず、アキちゃんの絵のとこ来るはずやけどなあ。まだ来てないってことやろか。
暇 やし、苑 先生に挨拶 でもいこうぜって、俺はアキちゃんを誘 った。だって暇 やしな。
そうやけど、アキちゃん、椅子 から立たへん。立つ気力 がない。
なんでかな。どんだけ疲 れたんや。
可笑 しい奴 やな。自分の絵を人に見せることぐらいで、そんなヘロヘロにならんでも。
俺はそう思うたけど、アキちゃんがこの時、考えてたんは、そういう事ではなかってん。
「亨 」
「えーなに?」
「どうしたらええんやろ」
「えーなにが?」
ぽつぽつと話すアキちゃんに、俺は適当 に返事 してた。
「俺、絵描 きになりたいんや。ずっとなりたかったんやけどな。たぶん」
そうやろな。知ってた。
「なれるかな?」
何言うてんのや、こいつ。アホ? お前が他の何になれるんや?
「今まで、この絵を仕上げるので精一杯 でな、そういえば就活 してへんかったことないか?」
してへんな。必要ないもん。
それに今気づくお前の集中力 が、もう、人間やめてるわ。
「俺が絵描 いてる間 に、皆 はもう、いろいろ決めた後 やったんやなあ。当たり前か。これから、どうしよかなって、それで急 に思うてもうて、今更 」
なればいい。絵描 きに。
「どうしたらなれるんか、考えてみるわ」
西森 に言えばいい。俺、今日から絵描 きになります、よろしゅうお頼 み申 しますって、言え。それで大丈夫 や。
というか、お前はすでにそうや。
絵を描 いて売ってるやん。
絵を描 いて売るやつが絵描 きや。
気づいてないんか。大丈夫 か、お前の脳 みそは。
俺は言葉もなく、秋津 の坊々 の天然 さを愛 でた。
「あのな……」
どっから話そうかなって、俺はモヤモヤした。
「アキちゃん。祇園 にな、アトリエあるから、そこで、おとんとな……暁雨 さんと二人で、絵、描 き……」
俺が話すと、アキちゃんは何の話やって、ついてきてへん顔やった。
俺、この時、初めて言うたしな。知らんかったよな、アキちゃん。
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