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30-49 トオル

 おとんと(わか)(ころ)、ふたりで絵()いて遊んだていう(じい)さんや。  今は若返(わかがえ)ってもうて、おとん(ごの)みの美少年(びしょうねん)やけど、でももう絵は()かへん。  アキちゃんのおとんが戦争いって死んで、それっきり、絵筆(えふで)()ってたんやて。  それでもな、最近、アキちゃんのおとんがまた、絵()こうかなあって言うし、ほんなら俺もて言うてたんやって。  また一緒(いっしょ)()こうなあ、って、先生(うれ)しそうでしたわって、(きつね)(よろこ)んでた。  そやけど、暁雨(ぎょうう)さんはもう、(しげる)は見てない。アキちゃんを見てる。  お前の絵をひと目見て、好きになったわ。目の(はな)されへん絵やわ。  お前と一緒(いっしょ)に絵を()けたら、きっと面白(おもしろ)いやろうなあ。俺は果報者(かほうもん)やわ、こんなええ息子を持って。  暁彦(あきひこ)のお(かげ)で、俺もまた()きとうなったわ、て。  満面(まんめん)()みで言う秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)の目が(とろ)けてて、いまだかつて秋津(あきつ)(わか)に、そこまで言わせた者(もん)がおったやろかと、(しげる)は泣いてるらしい。  あの(おぼろ)かて、そこまでには(およ)ばへん。上には上がおる。()けもんが。あの息子は、とんだ()けもんやったわと、しおしおなったそうや。  可哀想(かわいそう)にな! 世界の大崎(おおさき)(しげる)! 完全敗北(かんぜんはいぼく)やわな。  でもお前にはまだ、財力(ざいりょく)があるやないか。アキちゃんもそれに(かん)しては、お前の足元(あしもと)にも(およ)ばへん。  世界有数(ゆうすう)億万長者(おくまんちょうじゃ)として、フォーブスとかに名前()ってんのやろ。  その金を、()しみなく天才に(みつ)げ。  おとんと、ついでに息子のほうにも! よろしゅうお(たの)(もう)します!  俺はそう言うて説得(せっとく)した。(じか)にやない。俺がそんなん言うて聞くわけあらへんのやし。西森(にしもり)を通じてや。  大崎(おおさき)(しげる)に生きる希望(きぼう)(あた)えてやったんやないか。  たとえ絵師(えし)として(なら)び立つことはできへんかったとしても、お前はアキちゃんとおとんのパトロンになれるんやで?  ええなあ? おとん、ありがとう、(しげる)のおかげやなて、にっこりして言うで。  それで個人美術館(こじんびじゅつかん)()つことになりました。嵐山(あらしやま)に。暁光殿(ぎょうこうでん)[仮](かっこかり)どす。  どうや、(とおる)ちゃんの作戦(さくせん)は。  あるで、(かね)は、あるとこにはあるんやで。  使(つこ)うてなんぼや、(かね)は。どんどん(みつ)げ、大崎(おおさき)先生。  そんなこんなやったしな。アキちゃんが俺にくれるて言うてた絵。あの、『永遠(えいえん)』ていう絵。あれは俺、(もら)われへんことになってもうた。  せやけど、それは、家に置いとくことはでけへんというだけで、嵐山(あらしやま)に行けばいつでも見られる。常設展(じょうせつてん)やからな。  それまでの(あいだ)は、祇園(ぎおん)の新しいアトリエの一階で展示(てんじ)されるんやって。  そやから(さび)しいないで。これは俺のもんやって、いつも思うてる。  まあ、そういうことになるんやけど、それはもうちょっと未来のお話や。  時を卒業制作展(そつぎょうせいさくてん)(もど)そう。  ここでもう一つ、(わす)れがたい出来事(できごと)があった。  俺とアキちゃんが、西森(にしもり)と話し終えて、ちょっとホッとした瞬間(しゅんかん)やった。  ドヤドヤと、なんとはなしに不安になる足音(あしおと)が近づいてきた。  たぶん、運命(うんめい)足音(あしおと)やった。  テレビの取材(しゅざい)や。  そういえば、来るて言うてた。  学生にインタビューもあるから、お前ら勝手(かって)に帰るなよ。四回生(よんかいせい)は会場で待機(たいき)。そういうお(たっ)しが来てたんやった。  アキちゃんとは(かぎ)らへん。(だれ)かは決まってへんのや。  アキちゃんに取材(しゅざい)したいて(もう)()れてきてたら、大学は(ことわ)れたやろう。学生のプライバシーを守るんは、学校の仕事のうちや。  そうやけど、卒制(そつせい)取材(しゅざい)したい。学生の(だれ)かに話を聞いていいですか。質問(しつもん)は作品制作の意図(いと)や、卒業後(そつぎょうご)抱負(ほうふ)などです。  (だれ)に聞くかは当日その場で作品を見て決めさせてもらいます。ご心配やったら先生が横についていただいても(かま)いませんよ。て言われたら、(ことわ)るのが(むずか)しい。  卒業生(そつぎょうせい)今後(こんご)、絵を()く仕事をするんや。  名前を、顔を、作品を知ってもらうのは、ありがたいこと。(ねが)っても無いチャンスやしな。学校としては、それを無駄(むだ)にはできへんのや。  実際、卒制(そつせい)で見たでって、すぐに仕事が来ることもあるらしい。  それはまあ、夢のある話やけど、そこに夢がある(かぎ)りは、先生らは学生にチャンスを(あた)えたいんや。  チャンスか。(みんな)にとってはそうやったろうけど、アキちゃんにとってはピンチやった。  (あき)らかに、そいつらはアキちゃんに別の話を聞きに来ていた。  (おぼろ)やん。あいつほんまに(たた)る神やった。  うちにとっては、疫病神(やくびょうがみ)や。水煙(すいえん)がキレるんも分かる。  面倒(めんどう)くさい(やつ)なんや、朧(おぼろ)は。 「本間(ほんま)暁彦(あきひこ)さんですね」  名指(なざ)しや。(すき)のないスーツで決めた、報道(ほうどう)の女が、にこやかにアキちゃんにマイクを向けてきた。 「取材(しゅざい)よろしいでしょうか。先生の許可(きょか)(いただ)いております。作品の撮影(さつえい)もよろしいですか? いくつか質問(しつもん)させていただき、映像(えいぞう)は本日六時のニュースで使用させていただく可能性(かのうせい)があります」  今日やで。待った無しやな。

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