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30-50 トオル

 苑(その)先生が、オロオロと、テレビカメラについてきていた。  あかん。この人おったかて、何の防衛(ぼうえい)にもならん感じがありありとしてる。  世間様(せけんさま)の攻撃(こうげき)の前では、濡(ぬ)れた障子紙(しょうじがみ)程度(ていど)の防御力(ぼうぎょりょく)にしかならん。  俺、ちょっと、隠(かく)れとこう。苦手(にがて)やねん。記録(きろく)に残されるんが。  物(もの)の怪(け)やしな、悪魔(サタン)やねんから。  俺はずっと、人間たちから身を隠(かく)して生きてきた、日陰(ひかげ)の蛇(へび)さんなんや。湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)とは違(ちが)う。  と、思ったのに、アキちゃんが手を離(はな)さへんのや!  こいつ固(かた)まってるで。たぶん忘(わす)れてんのやで、俺と手を繋(つな)いでたことを。  今日は一日、緊張(きんちょう)してたし、今もしてる。いっぺん繋(つな)いだ俺の手に、ほっとしてもうて、離(はな)されへん。  西森(にしもり)さんと話す時でさえ、ずっと繋(つな)いでたんや。  変やろ? 変や。アキちゃんの苦手(にがて)やったやつや。それでもアキちゃんは気づいてへん。  ちょ。俺。どうする? 手を振(ふ)りほどいて逃(に)げる?  このまま居(お)ったらカメラ回(まわ)ってまうやんか。  俺はそれに映(うつ)らないでいることは、できる。そういう能力(のうりょく)があるんや。皆(みんな)も知ってくれてるように。  そうやけど、その能力(のうりょく)を俺が使(つこ)うたら、カメラに映(うつ)るんは、誰(だれ)もいないのに誰(だれ)かと手を繋(つな)いでるアキちゃんか、もっと最悪やったら、カメラで撮(と)ったのに、写(うつ)ってなかった誰(だれ)かや。  それはホラーや。怖(こわ)いなあって、ネットの動画(どうが)や、誰(だれ)かが遊びで撮(と)った写真やったら、それで誤魔化(ごまか)しもきくよ。  心霊(しんれい)現象(げんしょう)や。そう思うとけ。実際(じっさい)そうや。  そやけどこのカメラ、日本の公共放送のロゴマーク入ってる!  これ、これにカメラに映(うつ)らない人が写(うつ)ってたらヤバない?  亨(とおる)ちゃん、マッドサイエンティストに捕(と)らえられてNASA(ナサ)で解剖(かいぼう)されるんやない⁉︎  どないしよう俺、標本(ひょうほん)の蛇(へび)になってまう!  それやったら、いっそ、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)が謎(なぞ)の美青年(びせいねん)となぜか手を繋(つな)いでる映像(えいぞう)のほうが無難(ぶなん)なくらいやない⁉︎  分からへん、そんな、考えてる暇(ひま)がない!  だってもうカメラ回(まわ)ってんのやもん。  亨(とおる)ちゃん、なるべく存在感(そんざいかん)消そうと思って、カメラとは逆(ぎゃく)の、アキちゃんの絵の方(ほう)見といた。  そして気付いた。  あっこれ。あかんやつや。  素知(そし)らぬ顔でよそ向(む)いてみたら、絵が目に入り、そこで俺とアキちゃんがめちゃめちゃやってた。 『永遠(えいえん)』やん。それが背景(はいけい)ってどうなん。どうよ。  立ち位置(いち)を選べ、アキちゃん!  でも気づいてへん‼︎  できるだけ人物の陰(かげ)とかなってて、あんまり全体の絵が見えてませんように!  もう、そう願(ねが)うしかない。  俺は若干(じゃっかん)、青ざめていたよな。先が読めてもうて。 「秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)です」  アキちゃんは、いかにもええとこの坊(ぼん)やと思える、品(ひん)のある声で話していた。  アキちゃんは、いつもそうや。一見、非(ひ)の打(う)ち所(どころ)がない、ええ子や。  アキちゃんがちゃんと改(あらた)まって話せば、その口ぶりも態度(たいど)も、その男前(おとこまえ)の顔も、他人に好印象(こういんしょう)しか与(あた)えへん。  おかんの躾(しつけ)が良かったんやな。どこに出しても恥(は)ずかしくない息子として、あの人はアキちゃんを育てた。 「本間(ほんま)さんでは?」 「改名(かいめい)しました。家を継(つ)ぐ都合(つごう)がありまして」 「それでは、ご卒業後(そつぎょうご)は、お家(うち)のご職業(しょくぎょう)を継(つ)がれるのですか? 絵のほうは……」  アキちゃんにマイク向けてる女は、背後(はいご)に並(なら)ぶ二十八枚(まい)の絵を見て、分(わ)からへんという顔を一瞬(いっしゅん)した。  なんでこいつ、こんな絵を描(か)けるのに、絵をやめて家を継(つ)ぐんや、という顔やった。 「卒業(そつぎょう)したら……」  アキちゃんは、一瞬(いっしゅん)口ごもって、西森(にしもり)さんを見た。  画商(がしょう)西森(にしもり)は、うんうんと、力強く頷(うなず)き、アキちゃんにちゃんと言えと促(うなが)していた。  ちゃんと言え、お前は俺のもんになるんや。さっき約束(やくそく)したやないか。  今さら逃(に)がさへんで。鉄砲(てっぽう)持って来るで、俺は。  そういう眼力(がんりき)が西森(にしもり)の目にはあり、アキちゃんが逃(に)げられるわけあらへん。 「画家(がか)になるつもりです」  ほぼ言わされた感(かん)はあったが、アキちゃんは言い切った。  西森(にしもり)、満面(まんめん)の笑(え)み。 「そうですか。どのような絵を描(か)いていくおつもりですか」  えっ、どのような?  そんなん考えてへんで。アキちゃん、欲望(よくぼう)の赴(おもむ)くままに描(か)いてるだけやで。ノープランなんやから。  俺は焦(あせ)った。アキちゃんがそんなこと考えてるとは思いもよらんで。 「漠然(ばくぜん)としてますが……見た人が幸(しあわ)せになるような絵を描(か)きたいです。世の中の、上(うわ)っ面(つら)やのうて、自分の目で見て思った、ほんまもんの景色(けしき)を描(か)いて、それを皆(みんな)にも分かってもらえるような絵を、描(か)いていけるように、努力(どりょく)したいです」  へーそうなんや。へー。意味わからんけど俺、なんかええやんって感じするし、ええんやない?  って、思うてたらな、マイクのお姉さん、俺らの背後(はいご)にある、めちゃめちゃやってる絵を見てた。

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