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30-51 トオル
いや。そうやない、姉 ちゃん。
アキちゃんが言うてるのは、俺との関係 を皆 に分かって欲 しい、いう話やない。
大きくは、それも含 んでるんかもしれへんけど、アキちゃん言うてるんは、たぶん妖怪 や。それから神とか、鬼 とか、そういう怪異 がこの世 にはおって、アキちゃんにとってはそれも現実やみたいな話や。
分かってくれって思うてんのや。
それでも公共放送 のお姉 さんは、俺とアキちゃんの愛 を温 かい目で理解 しようとしてた。
いやいやいや、ちゃうねんちゃうねん。アキちゃん、そこには触 れて欲 しいないんやから。
学校では手も繋 いだらあかんし、チューも禁止 や。それは普通 やないんやしな?
そうやんな? どうする?
水煙 呼 ぶ? この不味 い流れを巻 き戻 してもろて、もういっぺんインタビュー最初からやりなおそうか?
でも無理 。水煙 にはもう、その能力 は在庫切 れ。時間はもう、巻 き戻 らへんのや。
「なるほど、なるほど!」
お姉 さん異様 に納得 してはった。
「ちなみに、こちらの方は、絵の人物にそっくりでいらっしゃいますが、もしかして……?」
もしかして? え。誰 。
誰 誰誰 ?
俺やろ! 俺やん!! どう考えても俺やあ。
思わず目を背 けたけど俺や……。逃 げようがない。
「あっ」
やってもうたのに今ごろ気づいたんか、アキちゃんは短い声で驚 いていた。
そんな一時停止 のあと、アキちゃんはまた再起動 した。
今日は異常停止 しやすい日やなアキちゃん。がんばれ。
なんか適当なこと言うて凌 げ。
絵描 くために雇 ったモデルやとか言うてもええで。俺は気にせえへん。
そう思うたんやけどな。アキちゃんにそんな機転 はなかった。
でも、そもそも、誤魔化 す気がなかったみたいなんやわ。
「俺のツレです。つまり」
つまり。アキちゃんは翻訳 が必要やと思うたらしいわ。
公共の放送やってる人らは、京都に住んでても、標準語 で喋 ってはるんやしな。そういう仕事や。せやし合わせていかなあかんかなと思うたんやろか。
俺のツレやで十分や。何となく分かるやろ。ボカせ!
だって、そうやないなら、ツレは標準語 でなに?
友達もツレ。嫁 や旦那 もツレ。漫才 の相方 もツレ。とにかく自分の相手 はツレ。
それがこの三都 の人々が話す言葉の曖昧 な世界や。そこがええとこでもある。
そうやけど、それを標準語 で言うと? 何でしょうか、秋津 暁彦 くん。
「配偶者 です」
はい、ぐう、しゃー。正 、解 、です。よくできました……。
俺のほうが異常停止 しそうになっとるわ。
お姉 さんは、険 しい無表情 の俺を見て、真顔 なってるアキちゃんを見て、俺の手を繋 いでるアキちゃんの指にある、結婚指輪 を見た。
「ご結婚 されてるんですか?」
「まだしてません、今はまだ。もうすぐします」
そうやで。そんなん言うてたな、アキちゃん。もういっぺんしよか、って。
人魚 にダメ出しされたしな。
俺は別にもうどうでもええんやけど、神仙 の世界でこの婚姻 が無効 やというのに、アキちゃんはショックを受けたらしい。
契約 更新 しとかなあかんもんな。いつ何が襲 ってくるかわからん世の中や。婚姻 が役 に立つ事もあるかもしれへんのや。神戸 での反省点 やな。
でもそんな話を今ここでする?
「おめでとうございます」
にっこりとして、レポーターのお姉 さんが言うてくれた。
あっ、どうも!
「ご卒業 に、画家 としてのデビュー、それに加 えて新しい人生の門出 もあって、素晴 らしいですね! どうかいい絵を描 き続けてください。ありがとうございました」
深々 とお辞儀 して、話をまとめるお姉さんの鮮 やかな手腕 に、アキちゃん少々あんぐりしたまま、ご丁寧 におおきにって自分もお辞儀 していた。
「京都放送局が、京都国立美術館よりお送りしました」
お仕事用の美声 で、お姉 さんはカメラに向かって言い、そしてころっと態度 を変えた。より、熱 い方へ。
「うわああ! ありがとうございました! 興奮 しましたあああ」
興奮 してるお姉 さんに、アキちゃんは空 いてたほうの右手をとられ、握手 された。
手をブンブン振 られながら、アキちゃんはまた異常停止 してる。
あかん、これもうメーカー修理 ちゃう?
「ファンですう、本間 先生! 今日はもう、お会いできるかなって思って。昨日 からよく眠 れなくてですね」
お姉 さんはカメラ回 ってなくても標準語 やった。遠くの生まれなんかな。
「あのう。失礼 かもしれないんですが、ぶっちゃけ聞いてもいいですか? この方 」
と俺のほうを見て、お姉さんは目をキラキラさせていた。
若干 、頬 も赤い。
「大変お美しい方ですが、でも、先生のお相手 は」
湊川 怜司 さんではなかったんですか。
と、お姉さんは言うた。なんか一瞬 、俺らの気が遠くなってた。
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