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30-53 トオル
お前も自己洗脳 が口に出てるで。
いつも自分に言い聞かせとるんやなあ、アキちゃん。つい口をついて出るほどに。
お姉 さん、びっくりしてはるで。俺とアキちゃんを交互 に見て、口元 に手を持っていく乙女 のポーズになってもうてる。
「亨 さん一筋 なんですか?」
「そうです!」
アキちゃん、お姉 さんの質問 に断言 していた。
まずいで、これ。
カメラ、回ってへんよな。
もし録画 されてたら、カメラごとぶっ壊 すか、この報道陣 ごとぶっ殺さなあかんようになるんやない?
この場の記憶 を持つ者たちを全て術法 で消し去るか、せめて記憶 を奪 わなあかん。
そういうのできるんかな、アキちゃん。
おとんに聞くか? そういうの、ありますか、って。
ちょうど、おとん来たしな。渡 りに船 やわ。
ていうか、おとん、まだ居 ったんか⁉︎ 朝イチで来て、もうすぐ昼飯 やで。ずっと居 ったん?
もう、おかんは居 らんようになってて、飽 きて帰ったらしい。
そやけど、おとんは学生さんたちの絵が面白 うて、ずうっと一人で見てたんやってさ。
そして、あちこちで、あれえ本間 くんやんと声をかけられ、ああ違 うんやで、俺は暁彦 の双子 の兄ですという話を、散々 してきていた。
それで、アキちゃんには実 は、双子 の兄貴 がおって、そいつも絵師 やということは、広く同級生 一般 の知るところとなっていたんや。
そう言うて回ったからには、もう、それは事実 と同じや。
だって、アキちゃんとそっくりのおとんが、親やていうより兄やっていうほうが、信じやすいやろ。
人は皆 、信じやすい話を喜 ぶもんや。
報道 のお姉 さんも、いやーんそっくりー言うて、さらに乙女 のポーズになってた。
同じ顔の男前 が二人もおるんやもんな。まあ、そうやわな。
俺は見慣 れてもうてて、もういちいちモジモジせえへんけど、ちょっとした見物 やな。おとんとアキちゃん。
それに俺もか。
俺もそうなんやで! 震 えるぐらいの美貌 やで、皆 、憶 えてる⁉︎
「アキちゃん。俺そろそろ帰るわ。お登与 には愛想 つかされてもうたし、朧 も怒 ってる。外 で、車で待たせてたんやけど、いつまでも出てきいひん言うて、さっきから電話が鳴 りっぱなしなんや」
うるさいんやけど、これ、どないしたらええんやって、そういう困 った顔で、マナーモードで振動 し続けている電話を摘 んだおとんが、アキちゃんを頼 ってきた。
おとんは空気を読まない人なんやね。たとえ報道陣 が居 っても、アキちゃんがいて、自分には用事 があれば、順番 あくの待ってたりはせず、いきなり来るんや。
まあ、おとん坊々 やねんなあ。いつも自分が優先 してもらえるのに慣 れてて、それが自然 やねん。
お前に、ちょっと人に譲 るという感覚 があれば、この時、アキちゃんとこに来たりはせえへんかったんやろうなあ。
おとんの電話には、こいつからの着信 ですというて、湊川 怜司 の顔が表示されていた。
もちろん、兄さん本人が設定 したんやろう。おとんが自分でできるとは思えへん。
暁彦 様、入力 もおぼつかへんし、かかってきた電話に出るのも、ちょっと嫌 やっていうぐらいの、まだまだ使い慣 れてへん感じなんやもん。
電話の画面 の中で、朧 が嫣然 と微笑 んでいた。
兄さん、最高の写真を選んで使 うたな。美しい顔やったわ。
それを見て、公共放送のお姉 さんの目が、ものすごキラキラするほどやった。
「この方がお兄さんなんですね⁉︎」
お姉さんは並々 ならぬ熱意 で言うた。おとんも、びっくりしてた。
「これ、どなたさん?」
「テレビの人やで」
おとん、危 ないでって、アキちゃんは難 しい顔で警告 したんや。
そやけど、おとん全然 、気にもしてへん。物珍 しそうにテレビカメラを見て、にっこりとした。
「こういうので撮 ってるんやなあ。面白 いわ。これで撮 したやつは、世界のどこにでも、すぐに届 くんやろか。ほんならアキちゃんの絵も、いろんな人に見てもらえるな」
それがめっちゃええ事のように、おとんは喜 んで言うてた。
素直 に嬉 しそうな親を見て、アキちゃんは堪 らず照 れた。
おとんに褒 められとうて、何日も寝 もせんと、頑張 って描 いたんやもんな。
だが傍目 には、同じ顔の仲良 し兄弟 やった。
そして、朧 の電話が諦 め悪く鳴 り続 けていて、うるさい。
しゃあないなあって、おとんは電話に出た。
電話の向こうの朧 が、すぐ怒鳴 るものと思うて、俺とアキちゃんは下 っ腹 に思わず力 入れたが、全然 やった。
めっちゃ優 しい声で、怜司 兄さんが喋 った。
「暁雨 さんは一体中で何をしてるんや。俺もう一時間以上は待ってるんやで? 車停 めたらあかんとこやし、そろそろ来てもらえへん?」
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