915 / 928

30-53 トオル

 お前も自己洗脳(じこせんのう)が口に出てるで。  いつも自分に言い聞かせとるんやなあ、アキちゃん。つい口をついて出るほどに。  お(ねえ)さん、びっくりしてはるで。俺とアキちゃんを交互(こうご)に見て、口元(くちもと)に手を持っていく乙女(おとめ)のポーズになってもうてる。 「(とおる)さん一筋(ひとすじ)なんですか?」 「そうです!」  アキちゃん、お(ねえ)さんの質問(しつもん)断言(だんげん)していた。  まずいで、これ。  カメラ、回ってへんよな。  もし録画(ろくが)されてたら、カメラごとぶっ(こわ)すか、この報道陣(ほうどうじん)ごとぶっ殺さなあかんようになるんやない?  この場の記憶(きおく)を持つ者たちを全て術法(じゅつほう)で消し去るか、せめて記憶(きおく)(うば)わなあかん。  そういうのできるんかな、アキちゃん。  おとんに聞くか? そういうの、ありますか、って。  ちょうど、おとん来たしな。(わた)りに(ふね)やわ。  ていうか、おとん、まだ()ったんか⁉︎ 朝イチで来て、もうすぐ昼飯(ひるめし)やで。ずっと()ったん?  もう、おかんは()らんようになってて、()きて帰ったらしい。  そやけど、おとんは学生さんたちの絵が面白(おもしろ)うて、ずうっと一人で見てたんやってさ。  そして、あちこちで、あれえ本間(ほんま)くんやんと声をかけられ、ああ(ちが)うんやで、俺は暁彦(あきひこ)双子(ふたご)の兄ですという話を、散々(さんざん)してきていた。  それで、アキちゃんには(じつ)は、双子(ふたご)兄貴(あにき)がおって、そいつも絵師(えし)やということは、広く同級生(どうきゅうせい)一般(いっぱん)の知るところとなっていたんや。  そう言うて回ったからには、もう、それは事実(じじつ)と同じや。  だって、アキちゃんとそっくりのおとんが、親やていうより兄やっていうほうが、信じやすいやろ。  人は(みんな)、信じやすい話を(よろこ)ぶもんや。  報道(ほうどう)のお(ねえ)さんも、いやーんそっくりー言うて、さらに乙女(おとめ)のポーズになってた。  同じ顔の男前(おとこまえ)が二人もおるんやもんな。まあ、そうやわな。  俺は見慣(みな)れてもうてて、もういちいちモジモジせえへんけど、ちょっとした見物(みもの)やな。おとんとアキちゃん。  それに俺もか。  俺もそうなんやで! (ふる)えるぐらいの美貌(びぼう)やで、(みんな)(おぼ)えてる⁉︎ 「アキちゃん。俺そろそろ帰るわ。お登与(とよ)には愛想(あいそう)つかされてもうたし、(おぼろ)(おこ)ってる。(そと)で、車で待たせてたんやけど、いつまでも出てきいひん言うて、さっきから電話が()りっぱなしなんや」  うるさいんやけど、これ、どないしたらええんやって、そういう(こま)った顔で、マナーモードで振動(しんどう)し続けている電話を(つま)んだおとんが、アキちゃんを(たよ)ってきた。  おとんは空気を読まない人なんやね。たとえ報道陣(ほうどうじん)()っても、アキちゃんがいて、自分には用事(ようじ)があれば、順番(じゅんばん)あくの待ってたりはせず、いきなり来るんや。  まあ、おとん坊々(ぼんぼん)やねんなあ。いつも自分が優先(ゆうせん)してもらえるのに()れてて、それが自然(しぜん)やねん。  お前に、ちょっと人に(ゆず)るという感覚(かんかく)があれば、この時、アキちゃんとこに来たりはせえへんかったんやろうなあ。  おとんの電話には、こいつからの着信(ちゃくしん)ですというて、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)の顔が表示されていた。  もちろん、兄さん本人が設定(せってい)したんやろう。おとんが自分でできるとは思えへん。  暁彦(あきひこ)様、入力(にゅうりょく)もおぼつかへんし、かかってきた電話に出るのも、ちょっと(いや)やっていうぐらいの、まだまだ使い()れてへん感じなんやもん。  電話の画面(がめん)の中で、(おぼろ)嫣然(えんぜん)微笑(ほほえ)んでいた。  兄さん、最高の写真を選んで使(つこ)うたな。美しい顔やったわ。  それを見て、公共放送のお(ねえ)さんの目が、ものすごキラキラするほどやった。 「この方がお兄さんなんですね⁉︎」  お姉さんは並々(なみなみ)ならぬ熱意(ねつい)で言うた。おとんも、びっくりしてた。 「これ、どなたさん?」 「テレビの人やで」  おとん、(あぶ)ないでって、アキちゃんは(むずか)しい顔で警告(けいこく)したんや。  そやけど、おとん全然(ぜんぜん)、気にもしてへん。物珍(ものめずら)しそうにテレビカメラを見て、にっこりとした。 「こういうので()ってるんやなあ。面白(おもしろ)いわ。これで(うつ)したやつは、世界のどこにでも、すぐに(とど)くんやろか。ほんならアキちゃんの絵も、いろんな人に見てもらえるな」  それがめっちゃええ事のように、おとんは(よろこ)んで言うてた。  素直(すなお)(うれ)しそうな親を見て、アキちゃんは(たま)らず()れた。  おとんに()められとうて、何日も()もせんと、頑張(がんば)って()いたんやもんな。  だが傍目(はため)には、同じ顔の仲良(なかよ)兄弟(きょうだい)やった。  そして、(おぼろ)の電話が(あきら)め悪く()(つづ)けていて、うるさい。  しゃあないなあって、おとんは電話に出た。  電話の向こうの(おぼろ)が、すぐ怒鳴(どな)るものと思うて、俺とアキちゃんは(した)(ぱら)に思わず(ちから)入れたが、全然(ぜんぜん)やった。  めっちゃ(やさ)しい声で、怜司(れいじ)兄さんが(しゃべ)った。 「暁雨(ぎょうう)さんは一体中で何をしてるんや。俺もう一時間以上は待ってるんやで? 車()めたらあかんとこやし、そろそろ来てもらえへん?」

ともだちにシェアしよう!