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30-54 トオル

 通話(つうわ)がつながると、その()こうから、とほほみたいな顔の湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)が出た。  画像通話(がぞうつうわ)やった。なんでテレビ電話や。  そんなん、てめえの美しい顔を、おとんに見せるためやわ。  兄さんはマメな妖怪(ようかい)なんやから。おとんが自分を(わす)れんように、ちょいちょい美貌(びぼう)は見せるで。  暁雨(ぎょうう)さんかて、どうせ面食(めんく)いなんやしな。(おぼろ)の顔が好きなんや。 「堪忍(かんにん)やで、(すずめ)ちゃん。絵がいっぱいあったもんやさかい。全部(ぜんぶ)見てたら、今になったんや。すぐ行くわ」  おとんは素直(すなお)なええ子のように(あやま)っていた。  しかし平気(へいき)(おぼろ)を一時間以上も路駐(ろちゅう)で待ちぼうけさせてたんか。さすがは秋津(あきつ)坊々(ぼんぼん)や。  ほんま(たの)むでと、待ちくたびれた様子(ようす)(おぼろ)は、運転席(うんてんせき)()()していた。  それでも、おとんに(いや)な顔はせえへん。  兄さん、ベタ()れなんやしな。(みだ)れた(かみ)のしどけない姿(すがた)で、暁彦(あきひこ)様ええわあ、好きやわあて、(こま)った顔して、にっこりとしてた。  向こうにも、こっちの映像(えいぞう)が見えてんのやからな。アキちゃんの、おとんの顔が。 「湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)‼︎」  報道(ほうどう)のお(ねえ)さんが、一オクターブぐらいブチ()いた声で、急に(さけ)び、おとんの電話を(うば)った。  そのとたんに(おぼろ)の顔が、急に(けわ)しいなった。 「(だれ)やお前。何でお前が俺の男の電話に出るんや」  (おぼろ)、めっちゃ(おこ)ってる。声も(あき)らかに怒声(どせい)や。  暁彦(あきひこ)様と話す時の声とちがうやん、兄さん。声作ってたんか。ほんまに二面性(にめんせい)あるんやからなあ。 「はじめまして! ファンです‼︎ いつも見てます! 今日は取材(しゅざい)で来ました。さっき、湊川(みなとがわ)さんのお相手(あいて)が、こっちの人じゃなく、こっちだと聞いて」  電話にアキちゃんとおとんを(うつ)して、お(ねえ)さんは説明(せつめい)してた。  そうや、そっちが怜司(れいじ)兄さんのツレの暁雨(ぎょうう)さんで、こっちは俺のツレの暁月(ぎょうげつ)先生です。ふたりともデビューしたてだよ。よろしくね! 「()()てならんな。そこで待っとけ」  電話の向こうの怜司(れいじ)兄さんは、(けわ)しい顔のままで言い、通話(つうわ)を切った。  そこから、一瞬(いっしゅん)やったような気がするわ。歩いて来たわけやなさそう。  兄さんまた、テレポートしたんやな。  それでも美術展(びじゅつてん)の会場は、展示(てんじ)用の(かべ)だらけで死角(しかく)も多いし、警備(けいび)用の定点(ていてん)カメラをちょろまかせる兄さんが、見咎(みとが)められることはないんやわ。  (おぼろ)(かべ)の向こうから現れた。  つかつか(あゆ)()ってきて、報道(ほうどう)のお(ねえ)さんの前に立つと、お(ねえ)さんの体をぎゅーっといきなり()きしめた。 「ありがとう! わかってくれたんお前だけやわ!」  顔認証(かおにんしょう)の話やな⁉︎  木屋町(きやまち)チューの写真の男がアキちゃんやないという(けん)で、兄さんはずっと苦労(くろう)していた。  他人の目で見て、それがどんなアホな(なや)みでも、一応(いちおう)、兄さんは(なや)んでいたんやな。  俺、アホらしいて、(なみだ)出てきそうやったで。 「もういっぺん()る? キスしよか。それネットにあげて広めてくれ。これ、暁雨(ぎょうう)さんやで。絵描(えか)きやねん。こっちは(ちが)うんや。全然(ぜんぜん)()てへんやろ? 俺の暁雨(ぎょうう)さんのほうが絵も上手(うま)いしな?」  兄さん、(ねこ)なで(ごえ)で、お(ねえ)さんの耳に(ささや)いてる。  それはどうも(おぼろ)妖術(ようじゅつ)や。(ささや)く兄さんの(くちびる)から、もやもやとした陽炎(かげろう)のようなものが()いて、お(ねえ)さんの耳に入っていったわ。  分かった、あれが(うわさ)やな。ああやって人間を(あやつ)れんのや!  ()()てならんは、こっちの台詞(せりふ)やで……。  おとんよりアキちゃんの絵が下手(へた)やて言うんか、おのれは……。  今すぐ変転(へんてん)して、ウロコ:対決たいけつ)しよか? お前は(りゅう)かもしれへんけどな、こっちも大蛇(おろち)や。()けへんで!  おとんを()()()せて、マイク持ってるお(ねえ)さんと気さくに話している(おぼろ)は、俺の殺気(さっき)にはまだ気づいてはいない。()るなら今やな。 「ニュース用の取材(しゅざい)なので、写真は用意してきてないんです。(わたし)携帯(けいたい)のカメラでもよければ是非(ぜひ)」  目の中に(ほし)がある顔で、お(ねえ)さんは自分の電話をすでに(かま)えてた。  さあどうぞ、という空気に、よし今やな! という意気込(いきご)みで、(おぼろ)はおとんにキスしようとしたが、二度もしてやられるおとんではない。 「やめろ! あかんて。水煙(すいえん)(おこ)られるやないか」  苦笑(にがわら)いのまま、キスから()をかわす暁彦(あきひこ)様に、(おぼろ)はショックを受けたようで、青ざめて言うた。 「また水煙(すいえん)か? 水煙(すいえん)? お前そればっかりやな! あの太刀(たち)と俺と、どっちがええんや。今日こそはっきり言うてもらうで」  言うてまうの⁉︎  水煙(すいえん)やわって言うたら、ここがお前の死に場所になるんやで、(おぼろ)。  おとん、そうやて言うかもしれへんで。前も水煙(すいえん)(えら)んだんやろ。それでお前は()てられたんや。  俺の教訓(きょうくん)を教えとく。水煙(すいえん)とは(あらそ)うな。()()はない。  水煙(すいえん)はな、こいつらの親みたいなもんなんや。  いくら好きでも、親とツレとは別次元(べつじげん)(あらそ)うほうが、どうかしてるんやで。

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