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30-55 トオル

「何を言うんや、お前は……。ほなキスするわ」  そっちを選(えら)ぶか、おとん。  アキちゃん、ガーンてなってるわ。どの点がショックやったんか知らんけど。  たぶん、おとんがまだまだ水煙(すいえん)に現役(げんえき)みたいなところかなあ。  好きなん? 水煙(すいえん)? まだそうなん?  恐(おそ)ろしい力を持った包丁(ほうちょう)やのう、あいつは。 「嘘(うそ)やろ。なんで答えへんの。俺、嫌(いや)やで、お前のほうが好きや言うてくれるまで、キスなんかせえへんから」 「お前のほうが好きや」  あっさり言うて、おとんは湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)にキスしてやってた。  うわあ、ほんまや。自動的(じどうてき)に言うてるみたいに聞こえるわ。  おとんの愛の囁(ささや)きは、別(べつ)に影法師(かげぼうし)ではないんやけど、時々、すごく身が入ってないっぽいんやわ。  おもしろ! 俺には他人事(たにんごと)やし、どうでもええな。  そうして、俺らは初(はじ)めて、キスを拒(こば)む湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)を拝(おが)み、おとんは巧(たく)みな体術(たいじゅつ)で、すぐにそれをとっ捕(つか)まえて、朧(おぼろ)にキスしてやっていた。  その写真を、お姉(ねえ)さんは撮(と)った。  ものすご笑顔で。ええもん撮(と)れたわあ、っていう達成感(たっせいかん)をみなぎらせ、激(はげ)しく連写(れんしゃ)して、お姉(ねえ)さんはすぐにそれを、ネットのどこかに上げた。  おとんの顔認証(かおにんしょう)タグ『暁雨(ぎょうう)さん』が、ネットに爆誕(ばくたん)した瞬間(しゅんかん)やった。  その、『暁雨(ぎょうう)さん』が『湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)』を襲(おそ)う、どう見ても無理やりみたいなキス写真は、様々(さまざま)な憶測(おくそく)と妄想(もうそう)を呼(よ)び、それはそれはぎょうさん拡散(かくさん)されたそうや。  そのようにして、アキちゃんの濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)は晴(は)れ、朧(おぼろ)の木屋町(きやまち)チューの呪(のろ)いから、俺らは解放(かいほう)されたのやった。  めでたし、めでたし。これにて一件落着(いっけんらくちゃく)やな。  でも実(じつ)はこの後(あと)に、俺もその木屋町(きやmち)チュー写真に写っていたことが分かった。  確(たし)かに、そこに居(お)ったしな。でも、その時に、ネットで流れた写真では、俺のいるショットはなかったはずなんや。  そうやのにな、この卒制(そつせい)の映像(えいぞう)が六時のニュースで流れたとたんに、あれは誰(だれ)? って、噂(うわさ)になってもうてん。  それで、こいつも写ってたわって、あの時のパパラッチさんが、別の写真をネットに上げてくれはったんやろうなあ。  余計(よけい)なことしやがって。俺、そんなん、絶対嫌(いや)やのに。  急やったしな、消えるの間(ま)に合(お)うてへんかったのが、一枚(まい)か二枚(まい)、あったんやろうなあ。不覚(ふかく)やわ。  その写真には、何の情報(じょうほう)もない。俺には足がつくような情報(じょうほう)はないからや。  蛇(へび)やし足ないって話とちゃうで。俺の記録(きろく)はこの世(よ)に一切(いっさい)ないんや。  ないはずやと思う。でも戸籍(こせき)はあるんや。  そういう意味では、書類上(しょるいじょう)、俺は人間や。  これは、まずかったんかもしれへん。  写真に撮(と)られて、記録(きろく)ができた時点(じてん)で、俺も人界(じんかい)とは無縁(むえん)ではいられへん。  巻き込(まきこ)まれていく。人と人との縁(えん)の世界へ。  俺の写真には、名前がわからへんはずやのに、『亨(とおる)さん』とだけ、名前のタグがついていた。  たぶん、報道(ほうどう)のお姉(ねえ)さんが犯人(はんにん)や。それかアキちゃんの大学の連中(れんちゅう)か。まさか苑(その)先生?  怜司(れいじ)兄さんではない。そこまで勝手(かって)な人やない。俺が嫌(いや)やて言うてんのに、勝手(かって)にそこまではせえへん。  でももう、こうして足がついてもうたからには、俺は蛇(へび)ではいられへんわけや。  俺は、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)改(あらた)め、秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)先生(22)、雅号(がごう)は暁月(ぎょうげつ)さんの、公式(こうしき)の配偶者(はいぐうしゃ)として、世間(せけん)に知られることとなった。  名前はわからへん。亨(とおる)ちゃんやわ。  出身も、歳(とし)も、何もかも謎(なぞ)や。  誰(だれ)なのかはわからへんのやけど、確(たし)かに実在(じつざい)してて、いつもアキちゃんの傍(そば)に居(お)る。  アキちゃんの描(か)く絵の中に、時折(ときおり)登場する。  それが誰(だれ)やとは、アキちゃんは詳(くわ)しくは何も言わんし、だんまりを押(お)し通(とお)してるけど、誰(だれ)の目にも明(あき)らかなのは、アキちゃんが俺をすごく好きということやった。  めっちゃ好きな絵のモチーフなんや。  たぶん、ふたりは愛(あい)し合(お)うてんのやろう。  そのことは、言葉にはならへん。それでも、絵を見るとわかる。  絵筆(えふで)の男が愛(あい)をもって眺(なが)め、描(か)かれるほうも、愛(あい)をもって見つめ返(かえ)す。  そういう世界のことが、誰(だれ)の目にもわかる筆致(ひっち)で、明(あき)らかに描(か)かれている。  これはどういう意味やって、絵描(えか)きに問(と)うのは野暮(やぼ)や。  絵を見てくれ。そこに全部描(か)いた。  どう思うかは、見る人が、自分で決めて。  嫌(きら)いなら、嫌(きら)いでかまへん。それも感性(かんせい)や。  そうやけど、美しいやろう。俺の亨(とおる)は美しい神。美しい、俺のツレ。永遠(えいえん)に離(はな)れへん絆(きずな)で、深く結(むす)びついている。  俺は亨(とおる)と抱き合(だきあ)うと、最高に幸(しあわ)せな気分(きぶん)になれるんやって。  口には絶対(ぜったい)出さへんアキちゃんの気持ちが、あいつの絵には描(か)いてある。  それを見て、なぜか皆(みんな)も、幸(しあわ)せな、熱い気持ちになったんや。  絵を見た人々は、それぞれ自分の愛(いと)おしい者を想(おも)った。  そしてその相手を強く抱(だ)きしめたくなった。狂(くる)おしいほどに。 『永遠(えいえん)』はそういう力を持った絵やった。  皆(みんな)、アキちゃんに共感(きょうかん)したんやな。  アキちゃんの絵が持っている霊力(れいりょく)が、人をそうさせているだけで、別に皆(みんな)には、アキちゃんの気持ちなんか、ほんまは分からへんのかも知らんわ。

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