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30-58 トオル

 そして卒業式(そつぎょうしき)を終えて、すぐの三月。まだ寒い(ころ)やった。  京都の春はもうすぐや。(さくら)()う美しい季節(きせつ)()(どお)しいなあ。  そんな期待(きたい)のある(ころ)に、俺らは(ふたた)神戸(こうべ)の地を()んだ。  霊振会(れいしんかい)会長(かいちょう)就任式(しゅうにんしき)()ねた、俺とアキちゃんの二回目のご婚礼(こんれい)が、悪いおっちゃんと破戒神父(はかいしんぷ)のホテル、ヴィラ北野(きたの)急遽(きゅうきょ)()(おこな)われることと相成(あいな)った。  (れい)卒制(そつせい)のインタビューを見たという巫覡(ふげき)(しき)から、おめでとうございますと、言祝(ことほ)紙人形(かみにんぎょう)がわっさー! とアホほど(とど)いて、お(いわい)いの品物(しなもん)や花なんかも来て、結婚式(けっこんしき)いつですかと紙人形(かみにんぎょう)口々(くちぐちゅ)に聞くもんやから、どないしようってなって、アキちゃん(あと)にひけんようになったんや。  それで、新しく()いた絵を納品(のうひん)して、(れい)の俺の絵を返してもらいに行った時に、藤堂(とうどう)さんに相談(そうだん)して、もちろん(よろこ)んでお引き受けしますという(はこ)びになった。  藤堂(とうどう)さんは俺らの一回目の結婚式(けっこんしき)は目にできんかったやろ。  あの時、俺とアキちゃんと、司祭(しさい)である神楽(かぐら)(よう)と、三人きりの、思えば(さび)しい(ちか)いの儀式(ぎしき)やったわ。  それが今度は列席者(れっせきしゃ)が千人ぐらい()るねんて。  うちのホテルにそんなに入りきらへんでって、藤堂(とうどう)さんは苦笑(にがわら)いやったけど、一度は()めたことある客ばっかりや。  あの時の大宴会(えんかい)のように、また広くしてもらおか。霊振会(れいしんかい)(みな)さんに。  でも、そんなに(きゅう)で、式場(しきじょう)()いてんのか?  心配(しんぱい)無用(むよう)霊振会(れいしんかい)やで?  なんでかたまたま大安吉日(たいあんきちじつ)()きましたわ。  (ゆず)ってくれた皆様(みなさま)、すんません。ワガママでせっかちな神さんばっかりで。(ぜん)(いそ)げやと、(みんな)、ちっとも待っといてくれへん。  アキちゃん()げたら(こま)るしかな?  ()げへんのやけどなあ、今更(いまさら)なあ?  やったぜ。妖怪(ようかい)だらけの大宴会(だいえんかい)や。  今回の結婚式(けっこんしき)(つかさど)るのは、破戒神父(はかいしんぷ)ではない。大崎(おおさき)(しげる)や。  えーなんで(しげる)ちゃんが⁉︎  おとんに(たの)まれたんやて。  秋津(あきつ)の家の結婚式(けっこんしき)は、もちろん代々(だいだい)神前式(しんぜんしき)や。  天地(あめつち)の神々に(いの)り、ふたりの(えん)(むす)びつけてもろうて、末長(すえなが)幾久(いくひさ)しく、(なか)を取り持ってもらう。  秋津(あきつ)の家の当主(とうしゅ)はアキちゃん本人やから、自分で神主(かんぬし)やるわけにはいかへん。おとんがやってもええけど、親やしな、アキちゃんの結婚式(けっこんしき)を、見守(みまも)立場(たちば)でいたいんやって。  それやったら(しげる)やん。秋津(あきつ)の子なんやし、お前が適任(てきにん)やろうって、おとんに(たの)まれ、アキちゃん俺も秋津(あきつ)の家に(もど)ってええんか、って、(しげる)また感無量(かんむりょう)やん。  しゃあないなあ。神主(かんぬし)やらせたろう。  (しげる)ちゃん、ばっちり決める神主(かんぬし)さんルックを新調(しんちょう)して、京都から持ってきたで。  俺はウェディングドレスか?  いやいや、それはないで。古代人(こだいじん)ルックやわ。  ほんまにそうやねん。  アキちゃんの家に代々(だいだい)(つた)わる婚礼(こんれい)衣装(いしょう)ちゅうんがな、古墳(こふん)時代みたいなやつやねん。 『火の鳥・黎明(れいめい)編』やないか、なんやこれマジかよ、コスプレ結婚式(けっこんしき)か⁉︎  さすがに角髪(みずら)()えへん。アキちゃんも俺も短髪(たんぱつ)やしな。(かみ)はしゃあない。現代人やわ。  おとんとおかんは、美しいなあ言うて、言祝(ことほ)いでくれた。  秋津(あきつ)先代(せんだい)たちは、この衣装(いしょう)を着ることがなかった。戦争のどさくさで。  おとんは蔦子(つたこ)おばちゃまと、おかんもどこぞの鬼道(きどう)の家の坊々(ぼんぼん)と、許嫁(いいなずけ)ではあったけど、その(えん)をとり(むす)()もなく、おとんも、おかんの婚約者(こんやくしゃ)も、死んでもうた。  アキちゃんは着られてよかったなあ、て、俺のツレの親たちは、純粋(じゅんすい)(よろこ)んでいた。  あのう。(だれ)か。いつ突っ込(つっこ)むんや?  これ(へび)やで。お前の結婚(けっこん)相手(あいて)、男やし、(へび)やけど、なんで、って。  こんなんあきません! 言うて、(おこ)ったりせえへんの?  (だれ)も言わんのやわ。おかしいやろ霊振会(れいしんかい)。  おかんもおとんも。神結(かみむす)びやわあ、神と人との和合(わごう)やわあ、めでたいめでたい、みたいになってて、酒が飲めるぞお、ってなってて、(だれ)一人違和感(いわかん)を感じていない。  この結婚(けっこん)異議(いぎ)あるものは今、声を上げよ、さもなくば永遠(えいえん)に口を()じていよ! て、キリスト教の司祭(しさい)は言うねん。儀式(ぎしき)の終わりにな。  (だれ)文句(もんく)ある(やつ)おったら今、言えや。(あと)でぐちゃぐちゃ言うたら承知(しょうち)せんぞっていう、(おど)しや。  それで(だれ)文句(もんく)なければ、神が(むす)びつけたものを、人が()(はな)してはならない、と宣言(せんげん)して、儀式(ぎしき)完遂(かんすい)となる。  あの時、神楽(かぐら)神父もそう言うたで。  でも(だれ)もおらんかったしな、俺らだけやった。  (だれ)かが見ていてくれた(わけ)やない。  異議(いぎ)あり言う者もいない代わりに、異議(いぎ)なし!ていう者も、いてへんかった。  神と司祭(しさい)と、自分らだけが、その証人(しょうにん)やったんや。  たぶん、一回目は、(ひと)りよがりに俺らは結婚(けっこん)した。  それもまあええわ。結婚(けっこん)は二人でするもんや。  あとは司祭(しさい)()れば、十分や。  結婚(けっこん)は神が(おこな)うもの。客なんかいらへん。  愛があれば、それで()りてる。

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