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30-60 トオル
あながちそう遠くない未来に、奇跡 が起きんとも限 らん。
不死鳥 の涙 が人々の病 を癒 す日がもう目の前にあるように、竜太郎 の自己都合 が世の中を大きく変える日も、来るんかもしれへんな。
それはまあ、今はお伽話 やけど、でもほんま、なんとでもなる。
そんなもん問題やない。悩 むことはないんや。
たとえ無理でも、今はこうして家族もおって、皆 で幸 せに過 ごしてるんやし、先々 に何の憂 いもないわ。
そういうのは天地 が決めること。思い煩 うよりは、流れに身を任 せ、いつも幸 せでいたほうがいい。
泣いても一生、笑 うても同じ一生なら、俺は笑うほうがええと思うしな。
そやけど一般 的には大問題である場合もある。
子供 ができへんていうんは。人生を左右する大問題や。
例 えば、新開 浩一 先生にとってはな。
新開 先生も、弟子 の門出 を見送りに、ヴィラ北野 に来てくれた。
師範 にとってはアキちゃんは、息子や親戚 の子みたいなもん。門出 は嬉 しい。小夜子 も連れて、お祝 いに来てくれた。
小夜子 さん、大丈夫 か。一般人 のあんたが、こんな非常識 な結婚式 に来て。
列席者 の中には、でかい蟷螂 とか、:迦陵頻伽(かりょうびんが)もおるで。
余興 の着ぐるみやないで、ほんまもんの妖怪 なんやで。
アキちゃんと俺も男やし、神楽 神父様はホテル支配人 の悪い吸血鬼 と軽くいちゃついとる。
お前らそんなんするようになったんか?
畜生 ! もっと神を恐 れよ!
そんなんなんやで、大丈夫 か小夜子 さん。
俺は心配してたんやけど、小夜子 、大丈夫 やった。強い小夜子 になってた。
あの地震 の夜に、閉じ込 められてたホテルの地下で、いろいろ吹 っ切 れてもうたんやって。
それに、アキちゃんの絵や。『永遠 』やで。
それ見て、小夜子 、感動 したんやって。
俺やアキちゃんがお互 いを想 う気持ちは、小夜子 が浩一 さんを想 う気持ちと同じやって、頓悟 したんやって。
急に悟 るってことやで。
小夜子 、何で急にそんな専門用語 使うんや。
それに小夜子 さん、いつものひらひらスカートの神戸 ドレスやのうて、着物着てる。
タカラジェンヌやった髪 も黒く染 め替 えていた。
ちょっと、蔦子 おばちゃまとか、アキちゃんのおかんのノリや。
何があった、小夜子 。
それは浩一 さんが、苦笑 いしてこっそり教えてくれた。
新開 師匠 は、アキちゃんとおとんに折 り入 って話があると言うて、一人で話しにきたからや。
俺らは宴 の中央 で、秋津 家ご一同様 として、寄 りかたまって立っていた。
新開 先生はそこへ挨拶 に来たんや。
俺らは近 しい一族 やった。
先生の出身である旧 ・宮本道場 は、元 は嵐山 にあり、秋津 家の男子に剣術 を教える役目 を負 った、剣豪 の家柄 やった。
小夜子 さんは、その家柄 にはそぐわん、通力 も何もない只人 の嫁 やった。
新開 先生はそれに惚 れて、結婚 したんや。
「あいつ、近頃 なんか妙 なもんにカブレてもうてな……」
今日は間違 いなく斎服 に身を包 み、それでもまた容貌 もよう分からん髭面 に戻 ってもうてるむさ苦しさで、新開 師匠 は話していた。
「うちが子供 を授 からんのは、小夜子 の霊力 が足 らんからやって、霊振会 のメルマガ読んで気づいてもうて、ほんなら霊力 を上げたらええんやって、急 にパワースポット巡 りとかにハマりだしたんです」
小夜子 ……何かをこじらせたな。
でもそれ、本人は切実 なんやで。きっと。藁 にもすがりたい想 いってやつやで。
「いろいろ頑張 ってくれてるんやっていうのは、分かるんやけど、いじらしゅうてね。そんなことしたところで、普通 に生まれついた女が、登与 さんや蔦子 さんのような巫女 になれるわけではありませんから」
もの寂 しそうに、新開 浩一 は言い、それはおとんに言うてる話やった。
新開 先生はまだ、おとんが秋津 の実質 の当主 やと思うてるようで、それはあながち間違 いでもない。
アキちゃんまだまだ修行 が足 りんのやしな。鬼道 のことでご相談 でしたら、暁雨 さんに聞いたほうがええわ。
それか水煙 にやな。
「雷電 を、手放 すことにしました」
その通 り、新開 先生は、おとんと水煙 に話していた。
水煙 の車椅子 のそばに立ち、アキちゃんのおとんは話を聞いている。
結婚式 の場 にそぐわない長物 を持っているなあて、謎 に思ってたけど、新開 先生が紫紺 の布 に包 んで大事 に携 えていたのは、宮本道場 の御神刀 、雷電 やった。
「なんでや?」
差 し出された雷電 を受け取る気配 はなく、おとんは不思議 そうにしていた。
雷電 は固く沈黙 していて、何の霊威 も発 していない。まるでただの刀 みたいや。
隣 で聞いてる水煙 は、ここではアキちゃん画 の美青年バージョンやった。
白い斎服 でおめかしさせたで。神様やしな、白い服着るんやって。
ちなみに俺の婚礼 衣装 も白やで。
「お前は家から逃 れたいのやな」
冷たい目で新開 先生を見て、水煙 は行儀 よく車椅子 に座 っていた。
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