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30-61 トオル

神刀(しんとう)手放(てばな)せば、お前の家の霊威(れいい)は落ちるかもしれへん。しかし生まれ持った力は、(かたな)()てたぐらいのことで、消えはしない。お前がまともになれる(わけ)やないんや」  水煙(すいえん)は、無駄(むだ)やと言うてるみたい。  まとも、て。俺らまともやないんかい。まあ(ちが)うけど、いろいろ。 「お前の霊泉(れいせん)()じれば、力は消えるかもしれへんで。だがそれは、死ぬよりつらいことかもしれへん。もう(げき)ではのうなるし、雷電(らいでん)の声も聞こえず、姿(すがた)も見えんようになるんや」  (たた)()けるように(おど)水煙(すいえん)にも、新開(しんかい)師匠(ししょう)(どう)じへんかった。そんなもんとっくに考えてきてるやろ。 「それでも(かま)わんという覚悟(かくご)は決めました。俺にはまだ(けん)の道があります」  もはや心に(まよ)いはない、(しず)かな強い意志(いし)気配(けはい)がして、それは水煙(すいえん)をも(だま)らせた。  ああ、新開(しんかい)先生は、水煙(すいえん)に会いに来たんやわ。  話してる二人を見て、俺は納得(なっとく)した。  水煙(すいえん)蛇口(じゃぐち)()めてたやんか。アキちゃんの。  (はら)に手()()んで、ぐるぐる()めてた。  アキちゃんが(りゅう)にどつかれて、霊力(れいりょく)ダダ()れなってもうた時やん。  あれをやってくれってこと?  できるんか、水煙(すいえん)。お前は(おそ)ろしい神や!  人間の霊泉(れいせん)を開けたり()めたりできるんか?  そんなん、霊振会(れいしんかい)の人ら全員、(ふる)え上がるわ。  霊力(れいりょく)(うしな)うなんて、(おそ)ろしいことや。  目が見えんようになるとか、歩けへんようになるのと、同じようなもんやで。  場合によっては、それ以上やで。  アキちゃんやったら、絵が()けへんようになるんやない?  そんなん、死んだほうがマシやで。 「アホかとしか言いようがない」  顔をしかめて、水煙(すいえん)不快(ふかい)そうやった。 「雷電(らいでん)に何の不満(ふまん)があるんや。お前の家系(かけい)にとっては、またとない神刀(しんとう)で、血筋(ちすじ)(つた)わる神やないか。通力(つうりき)三都(さんと)に聞こえる威力(いりょく)やろう。その名によって、お前の家は一目(いちもく)置かれてきたのや。その太刀(たち)()てようというんか?」  水煙(すいえん)口調(くちょう)はかなりの(するど)さやった。  水煙(すいえん)にとっては、それは(おそ)ろしい話なんやろう。  アキちゃんに()てられたら、水煙(すいえん)はつらい。  それが()()出来事(できごと)でなく、他家(たけ)神刀(しんとう)であっても、すぐには受け入れがたい何かがあるんや。 「死にたいんやったら(ころ)してやるわ。しかし俺は、雷電(らいでん)(あわ)れや。そこをきちんとせな、何もしてやる気はない」  きつい調子(ちょうし)で自分を()める秋津(あきつ)御神刀(ごしんとう)の言葉を、新開(しんかい)師匠(ししょう)(だま)って聞いていた。  (あわ)い笑みやったような気がする。  雷電(らいでん)が口をきいたら、今こんな感じかなと思って見ているような目や。 「秋津(あきつ)家に雷電(らいでん)をお(ゆず)りしたい」  おとんを見て、新開(しんかい)師匠(ししょう)は言うた。 「先代(せんだい)はご子息(しそく)家督(かとく)(ゆず)られたとか。それやったら今は丸腰(まるごし)のはずや」  足元(あしもと)見てるような新開(しんかい)師匠(ししょう)の言葉にも、おとんはいつもの(うす)い笑みのままやった。  これ、この人の無表情(むひょうじょう)の顔やない?  基本ずっとこの顔やで、おとん。  そういえば、おかんもそうやな。何を考えてんのか、さっぱり分からへん。 「秋津(あきつ)(わか)はかなりの使い手やったと、曽祖父(そうそふ)が言うていたそうです。()宮本家(みやもとけ)代々(だいだい)秋津(あきつ)の男子に剣術(けんじゅつ)指南(しなん)をしてきた家や。あなたも当家(とうけ)剣術(けんじゅつ)()()いだ剣士(けんし)と言えるでしょう。雷電(らいでん)(たく)すにふさわしい人物(じんぶつ)や」  あなたの他には(だれ)もおらへんという口調(くちょう)で、新開(しんかい)師匠(ししょう)は言うてた。  あのう、アキちゃんは? あかん?  やっぱ夏休みに一ヶ月やった程度(ていど)()()()ではあかんよな。そうですよねー。  アキちゃんもそう思ってんのやろう。一言もなく、二人のやり取りを見守(みまも)っていた。 「そう言うんやったら、(もろ)うとこか……」  あっさり言うおとんに、水煙(すいえん)がむっと顔をしかめた。 「()めなあかんやろう、暁彦(あきひこ)雷電(らいでん)(もろ)うてどないする気や」 「どないて、(けん)やら太刀(たち)やらの使い道はひとつだけやろ?」  そうやったっけ。そうやなあ。何か()るんや。まあ普通(ふつう)はな。 「俺もお前を息子に(ゆず)り、もう隠居(いんきょ)やと思うたこともあったが、結局(けっきょく)洛中(らくちゅう)をうろうろせなあかんのやったら、丸腰(まるごし)では物騒(ぶっそう)やで。(おぼろ)の家のあたりも(あぶ)ないしやな、いずれは(おに)(じゃ)(やいば)(まじ)えることもあるやもしれんで? そこらじゅう(おに)やら(もの)()やらが跋扈(ばっこ)してんのやから、(きょう)は」  にこにこ言うて、おとんはちょっと(うれ)しそうやった。  水煙(すいえん)はそれにも(むずか)しい顔をして言うた。 「秋津(あきつ)(くら)には、お前の祖先(そせん)から代々(だいだい)伝わる(けん)太刀(たち)がぎょうさんあるやろ。それにお前が悪い(くせ)(ひろ)うてきたガラクタも、なんぼでも(くら)で泣いている。その上まだ雷電(らいでん)まで(もろ)うてきて、(くら)(かこ)おうというんか? いいかげんにしろ」  水煙(すいえん)(おこ)っているふうに、小声(こごえ)でおとんに小言(こごと)を言うてた。  それでも、おとんは相変(あいか)わらずにこにこしている。  にやにやしてんのか? その中間(ちゅうかん)やわ。分からへん。

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