12 / 16

第12話

 浴衣というものはとても素敵だ。  常々そう思っていたが、この時は特にそれを実感した。見た目の風流さも、文化的な価値も、勿論良い。特に普段使いの着物を見るのが好きだ。そして浴衣は着崩れた様もまた大変素敵だ。洋服には無い、独特の耽美さがある。  帯は緩めず裾を割り、胸元の合わせを開いて乱れさせた状態のサクラを腿の上に乗せ、その光景に陶酔した。骨盤をひっかくようにすると、有賀に腕をまわした熱い身体が身悶える。骨まで感じてくれるのが嬉しい。 「……写実系、苦手でね。全然写真心がなくて、カメラも持ち歩いてないんだけど。資料用のデジカメくらい、常備しとくんだったなって後悔してるよね」 「なに撮る気だばか……頭沸いてる?」 「そりゃ勿論、沸いてます。心が折れた僕の夢か何かかな、とか、思わないでもないくらい」 「有賀さんってテンパると自虐的になるよな……。あと、でろ甘い」  膝立ちになったサクラに上から耳にキスを落とされ、ぞくりとしたものが這い上がる。 「もっと、自信満々でさらっとしてたような、記憶があるんだけど」 「そりゃあね、名前も知らないような子には見栄張りますよ。良い記憶でありたいじゃない、。でもサクラちゃんは、もう名前も知らない酔っぱらいじゃないし。僕がどれだけ駄目か知ってて励ましてくれて、膝の上に乗っかってくれる男前にめろめろしない方がおかしいよね」 「……別に、同情とかじゃないからな」 「知ってるよ。キミのその、真面目なところがとても好きです」 「お、……おう」 「え。なに、その反応」 「いや、有賀さんってさ、あんまりそのー、好き、とかそういうズバッとした言葉使わない気がしたから、ちょっと、びっくりした」 「あー……」  そうかもしれない。  回りくどい言い方を好む傾向にあるし、言葉を選ぶ作業も好きだ。思い返せばあまり、分かりやすい求愛をしてこなかった。  もしかして分かりやすい言葉を使った方がよかったのだろうか。言葉の真意を探るような、じわじわとした会話も楽しかったのだが、ストレートに言った方がサクラの心情に訴えやすいのだろうか。 「直球が良いなら、善処するけど。耳もとで好きだよって囁くのも、悪くないよね」 「いや、俺別に、いつものじわじわくる有賀さんの言葉、あー……嫌い、じゃないよ」 「そう? 僕は別に、ストレートに言ってもらってもいいけど。でも、いいよね、なんだか。わざわざ言葉にしないのも、気持ちいい。……キスしていい?」 「そういうのこそ、言葉にしないでさらっとやれと思うんだけどさ」  文句を言いつつも、自分から唇を寄せてくるサクラが愛おしくて、心臓がおかしくなるかと思った。  平然としているように見えても、有賀は随分舞い上がっている。こんなことをしている場合ではない、という理性もあるにはあるが、この機会を逃す程愚鈍でもなかった。  合わせた唇の合間から、熱い舌が覗いて唇を舐める。  誘われるままに何度か舐めあい、深く貪ると、柔らかい吐息を残したサクラがくったりと体を預けてくる。  縋る様に首に回った腕が愛おしい。熱い体温が愛おしい。  その上唇を離した一瞬、吐息の様な声であんたのきすがすきと囁かれ、理性も何も消えて無くなった。先程有賀は、もっとストレートに言っても良いと言ったが、あの発言は撤回した方がよさそうだ。  毎回サクラが直球で言葉を投げて来たら、有賀は腰が立たなくなりそうで、恐ろしい。  急激にのぼせた熱を誤魔化すように、乱れた浴衣を肩から落として肩甲骨を指でなぞる。背骨のラインがどうも、気持ち良く敏感らしく、首筋に巻きついて抗議してくる。  サクラの声は、欲情すると低く掠れるらしい。熱い息と共に吐き出される言葉が耳に心地よく、つい意地悪く煽ってしまう。  男性の体を弄るのはこれが二度目で、どちらもサクラだった為、どこがいいのか有賀はあまり詳しくは無い。前回の経験を元に、爪で胸の尖りをひっかくように刺激すると、巻きついたサクラの腕に力が籠る。  大袈裟に声が上がるわけでもないが、気持ち良くないというわけでもないらしい。暫く女性相手にするように優しく乳首を弄って居たら、いい加減にしろと怒られた。ただしサクラは興奮で溶け切った状態で、まったくもって説得力も怖さもない。 「有賀さん、そこ、好きなの?」 「好き、いや、うーん、別にそんなことはない、と思うけど好きなのかな、どうだろう。あーでも、ちょっと動けないようにした後に、延々と弄ってみたいなーっていう妄想はかきたてられる器官だね。夢が広がるとは思う」 「何さらっと怖い事言ってんだアンタMじゃなくてSだったのか」 「だからどっちでもないよ。変質的にサクラちゃんが好きなだけの普通の男だってば。好きな子がさ、気持ちいいやだっておねだりしてくるの、浪漫でしょう?」 「…………浪漫かな。いや、うん……あー。浪漫かも」  有賀をじっと見つめて目を細めるサクラが何を想像しているか、思いあたって思わず笑う。  そんな風に自分を見てくれたことが嬉しく、随分と溺れてしまっているなぁと有賀の方も目を細めた。 「ちょっと、サクラちゃん目が怖い怖い。そういうのは今度、させたげるから、今日は僕に触らせてね。今両手取り上げられたら発狂するかもしれないくらい幸せなんで」 「させてくれるんだ……有賀さんの許容範囲の広さにたまに、普通に感動する」 「え、そう? だって別に、僕もサクラちゃんも女の子じゃないし、お互いやりたいことやったらいいと思うしね。何事も挑戦だよ。うっかり気持ち良かったりもするからね。挑戦した結果、男性器って別にごく普通に触れるしちょっとかわいいなって思えたしね」 「かわいい、かな?」 「かわいい。……だって素直でしょ、これ」 「……あ、ちょ。…………いきなりさわんの、よくない……」  下着をずらし、すっかり立ち上がったサクラのものを緩く握って刺激すると、膝立ちになった腰が震えた。  ぎゅっと握ることはせず、あくまで柔らかく握り込んで、時折り指の腹で擦る。きもちいいところを見つけると、恨めしそうな目で睨んでくるのもかわいい。 「触るなら、ちゃんと、触ってもらえませんかね、どすけべ」 「……先っぽだけとか、よくない? あーもうって、なるよね。あと、根元の方も、真ん中ちゃんと握ってよって、思う感じ?」 「実験、と、実況はいいから……。わかってんなら、ちゃんと、」 「ん? んー。でもほら、焦らされるのもきもちいいでしょ」 「ばか」  快楽を求めるように、徐々に体が揺れて行く様がたまらない。時折り胸を弄りつつ、サクラの暴言をきかなかったふりをしてひたすらに柔らかく責め続けていると、ついにサクラが音を上げた。  ぎゅう、と有賀に擦り寄るように抱きつくと、サクラは掠れた声を甘く落とした。 「ありがさん、ぎゅって、にぎって。……いきたい」  体温が更に上がった気がした。これ以上熱が上がると、倒れてしまうかもしれない。  余りの熱に浮かされて、ついそのままサクラ自身を握り込み思う存分快感を与えるように手を動かした。  急な快楽に息を上げ、掠れた声を飲み込むサクラはついに果て、くったりと有賀に寄り掛かりつつも、だからバスローブ着た方が良かったのにと自分が汚した有賀の服を引っ張った。  当の有賀は、服などどうでもよさそうにサクラの頭に口づけし、珍しく恨めしい声を出す。 「……わざとでしょう、今の」  それが何を指すか気が付いたサクラは、若干気まずそうにしつつも開き直り、ティッシュボックスを引き寄せながら熱い息を吐いた。 「あたりまえでしょう。セックスなんて気持ちいい言葉の駆け引きだし。ちょっと、やりすぎた感と、思った以上に有賀さんがチョロかった感はあるけど。べたべたなの好き?」 「嫌いじゃないですけれど。まあ、でも正直サクラちゃんなら何されても嫌いじゃないですけれどと答えるよ。あー……カメラなんで置いてきたんだろうね」 「だから何撮る気だ変態。ていうか何終わった気になってんの。俺だけイって終わりなんてどうかと思うんですが。ほら出せ、いかせたる」 「わぁサクラちゃん男前。でも僕ね、できれば一緒になってとろっとろになってるサクラちゃん見ながらしたいので、はい、それしまわないでね?」 「え」  流れる動作でサクラの下着を抜きとり、自分も面倒になって服を脱いだ。  若干呆然としているサクラを押し倒して足を固定する。ふわりと笑顔を振りまきながらお互いのものを合わせて、サクラの手を導いて握らせるようにすると、心にもない軽い暴言がまた降り注ぐ。 「有賀さんのえっち。棒合わせとか、ハイレベルすぎるスケベですね。嫌いじゃないです」 「うん、僕もこういうの嫌いじゃないサクラちゃんが、嫌いじゃないです。かまととぶっても楽しくないでしょ? ……ていうかサクラちゃんのほうがちょっとあのー、大きい? え、これはちょっとショックかもしれないんだけど」 「興奮の度合いじゃなくて? ていうか大きさとかどうでもいいでしょ中学生か。良いから握って早く、」 「ふ……、ああ、これ……けっこうクる、ね?」  ゆっくりと腰を動かしながら、サクラのモノを指の腹で撫でる。腰を揺らしたサクラからは、お返しとばかりにぎゅうぎゅうと手で握られ、擦られた。  固い親指の皮が、敏感な肌を刺激してたまらない。更に視覚的な興奮も相まって、登りつめるまでに時間はかからなかった。 「……っ、ふ…………あー……カメラ……」 「まだ言うか、ばか。ていうか、ちょっとまって、俺もいく。手貸して」  先に果てた有賀を追う様に、サクラも有賀の手を使い二度目の精を放つ。倒れ込むように覆いかぶさり擦り寄ると、サクラが笑いながらキスを落としてくれた。 「はー……サクラちゃんがねー、程良くえっちで僕は幸せです」 「まあ、オトコノコなんで。普通ですよ。隠す必要ないし。それこそカマトトぶってかわいいわけでもないし。三十一歳っすからね、俺。有賀さんは記憶通りのスケベだった」 「褒められてる? 貶されてる?」 「呆れてる。でも、まあ、嫌いじゃないです」  至近距離で笑うサクラがどうにもかわいくて、何度目かわからないキスをした。舐めて、転がして、甘やかすキスに、サクラの息が柔らかく漏れる。  家はどうなっているんだろうとか、明日からどこで寝起きしようとか、そういえば連絡待ちの仕事案件は結局音沙汰なかったが明日の仕事は進むのかとか。考える事は山ほどあったが、夕方の絶望的な気分は消えていた。  浮かれているせいかもしれない。けれど、そんな浮ついた理由では無く、サクラが居てくれるせいにしたい。頼りなさい、と強い口調で言ったアゲハの顔が浮かぶ。  別に、世界で一人きりだなんて格好良い気分に浸っていたわけではないけれど。仲間がいれば無敵だなんて、そんな勘違いもしていないけれど。  少なくとも今、自分は一人ではないということは、とてもありがたいことだった。

ともだちにシェアしよう!