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CIGAR×SUGAR×VINEGAR 1
カニを食いに行こう、と言われた時、あまりにも唐突すぎて少し口が開いてしまった。
「カニ? というのはあの、赤くて、足がいっぱいあるアレ……?」
「他に何があるんだ。カニと言ったらソレだろ」
「いや、頭ではわかっているんだけど、貴方がカニとか言うとどうもこう、イメージがなくて」
そういえば、自宅でニールが魚介を食べる事は稀である。
ここは生魚で溢れている日本ではない。年が明け、雨宮が再度アメリカに出張になってから数カ月。週に一度程食事を共にする恋人が、海のものを口にしたところを、雨宮は見たことが無い。あったとしてもパスタに入るエビかクラムチャウダーの貝くらいのものだろう。
そもそも、アメリカと言っても雨宮の担当になったのはワシントンDCの新店舗だ。相変わらずカリテス社NY支店の稼ぎ頭であるニールが雨宮に会いに来るのは休日か出張の際のみで、以前に比べたら各段と会う機会も減った。
それでも日本に居た時よりはマシではある。たった一カ月程だったが、日本とアメリカという国を跨いだ遠距離恋愛は、十分すぎるほどに雨宮をやきもきとさせた。
ニールは女性に人気がある。本人はハンサムではないと否定するが、時折一緒に街を歩くと、道行く女性の視線が雨宮にまで突き刺さる。
猫背だが長身で、手足も長い。すらりとしたニールは、風を切るように颯爽と歩く。恋人への欲目を差し引いても、とても魅力的な男性だと思う。
くせ毛が酷いという赤毛も、薄くて地味だというブルーの瞳も、無愛想だから怖いと言われると笑う表情も十分すぎる程雨宮の好みで、度々うっとりと見とれてしまう。
それがばれる度に『センセイは本当に盲目的だ』と笑われて、唇を奪われた。ニールのキスはいつも煙草とミントタブレットの匂いがして、少しだけ甘い。
この最高に格好いい恋人が、いつグラマラスな美女に攫われてしまうかわからない。元々ニールはストレートだ。雨宮のような男にほだされてくれたことは奇跡のようなものだと思っていた。
ニールを目の前にしている時はその不安も少しは薄らぐものの、日本とアメリカという距離と時差の前では、恋のときめきよりも不安が勝った。
必死にアメリカ新店舗スタッフへの希望をだして正解だった。
英語が出来るスタッフが他に居ないというのも雨宮にとっては強みだった。S&Cストア・ワシントンDC店のトレーナーに正式に決まった時は、家に帰ってニールに報告するまで夢かもしれないと思っていた。
恋というものは恐ろしい。だから恋愛なんてしたくなかった、と思うのは理性の方で、本能はいつでも愛おしい恋人を求めてしまう。
新店舗の激務でほとんど休みがない雨宮の元に、年下の恋人は週に一回は会いに来てくれる。今日も半日でどうにか目標売上を立てたニールはその足でアムトラックに乗り、雨宮の仕事が終わるころには簡単なサンドイッチを作って待っていてくれた。
本当は一緒に作るのが好きなんだけど、と髪の毛にキスをされて迎えられ、正気でいられるわけがない。
煙草の匂いがする男についふらりと抱きついてしまい、夕飯どころではなくなりそうになった。
パスタだったら伸びてしまいそうなくらいの時間、キスをして、やっと満足した雨宮はそれでも時折キスをねだってしまう。付き合っていない時からずっとキスばかりしていたので、ニールの顔を見ると反射で口を開きそうになる。
サンドイッチを腹に入れて、まだ慣れない新居のシンクで洗い物をしている時に、ニールの口からカニという単語が飛び出したのだった。
「日本人は魚介ならなんでも食うイメージが強いんだが。センセイは、カニは嫌い?」
薄手のロングティーシャツを着たニールは、すっかりラフな状態で髪の毛もざっくりと後ろで括っているだけだ。柔らかく落ちた前髪がセクシーで、また雨宮は見とれてしまう。まったく話に集中できない。
仕方なく視線をシンクに集中させ、皿の泡を流しながらカニの話を続けることにした。
「別段、嫌いというわけでは。でも、そう言えばどうしても食べたいって思うこともあんまり無いと言うか……。まあ、日本では時折食べるけれど。ええと、アメリカのカニ料理って、クラブケーキ?」
「ソフトシェルクラブなんかもあるけどな。柔らかい殻のカニをそのまま揚げて食うやつだ。カニのローストは姉のお気に入りだけど俺はあんまり食わない。というか、夏の海で食えるものなんて、エビかカニか魚くらいなもんだろう」
「海……、え、海? ニールが? 海に?」
「……生まれは海岸沿いだよ。一応泳げる。そんなにイメージない?」
無い、と即答したら苦笑まじりに鼻先をはじかれた。
確かに焼けた髪もそばかすの浮いた肌も、紫外線が強い地域によく見られるものだ。タンクトップ姿は何度か見ているが、それでも真夏の太陽の下のニール、というものが想像出来ない。部屋の中で、煙草ばかり吸っているイメージが強すぎる。
「普段、真黒なスーツを着込んでいる姿ばかり見ているからかも。会ったのも、冬だし、夏服の貴方を見たことが無いから。ロングコートもスーツもセーターも似合うのは知ってますけど」
「これから夏だ、俺だって半そでくらい着る。ついでに恋人とバカンスがてら海に行こうという気持ちにもなる」
「…………どこまで本当?」
訝しげな視線を送れば、煙草を咥えたニールが煙と共に苦笑を洩らした。
「まあ、半分かな。恋人と旅行に行きたいのは本心だが、別に海じゃなくてもいい。ちょっと野暮用ができて、マイアミまで行かなきゃいけなくなったんだ。仕事じゃない。私用。だからセンセイも道連れにしようと思いついた」
「ああ、それで……別に僕は構わないよ、海は泳いではしゃぐほど好きというわけでもないけど、貴方と遠出するというのは魅力的な提案だし。ええと……僕の休みが取れれば、だけど」
皿をすべて洗い終えて、冷えた手の水を切り、今度は雨宮の方が苦笑を洩らした。
ワシントンDCの新店舗は規模も大きく、とにかく忙しいの一言に尽きる。NY店での経験も多少は生きている、とは思っているが、それにしても休んでいる暇さえなかった。
恋人の忙しさを知っているニールは、水道水ですっかり冷えた手にキスを落としながら雨宮を抱き寄せた。付き合って知ったが、ぶっきらぼうに見えるニールは、恋人にはひどく甘い。
事あるごとに抱き寄せられ、気がつくと腕の中に居る。
抱きかかえられるようにベッドまで誘導され、座らされるとキスが降ってくる。ニールはまだ吸い途中の煙草を持ったままで、それを奪い取ろうとしたら器用に避けられてしまった。
「センセイのバカンスの為に、こっちのスタッフに頑張ってもらうしかないな。日本人も何人か居るんだろ?」
器用に雨宮を抱きしめつつ、奪われないように煙草を吸うニールがしれっと煙を吐く。
「まあ、居るには居るんですけど、みんなお偉いさんというか……店舗スタッフの即戦力になる人は少ないんですよね。結局僕が一人でバタバタしてる感じで。現地スタッフとのやり方も違うし、むしろ一人で放り込まれたNY店の方が楽だったかな、とか」
「NYでも随分とぐったりしていたけどな」
「でも、NYではハンサムな男が毎日夕飯を作ってくれてた」
去年の冬を思い出す。初めての海外赴任はストレスも多く、うまくいかない事ばかりに悩む日も多かった。けれど、成り行きで出会ったヘビースモーカーの男は予想外に料理がうまく、話を聞くのも上手かった。
ニールのお陰で、随分と雨宮のストレスは減った筈だ。
「ハンサムかどうかは知らないが、センセイの為にあれこれ作ってたら自炊が板についた。あとは煙草が減ればもう少し健康になった気分にもなるんだろうが、まぁ、それはムリだな。……アンタがもうちょっと近くに住んでれば、もう一カートン減らすことも出来るかもしれないけれど。NYとワシントンは微妙な距離だ」
「新店舗はシアトル店という案もあったそうですよ」
「勘弁してくれ。西海岸まで行く度に何時間禁煙したらいいのかわからない。そのストレスと反動で余計に煙草の量が増えそうだ」
「アムトラックも禁煙でしょう?」
「三時間くらいなら、俺だって我慢できる」
「三時間の禁煙より恋人、って思ってもらえてるってこと?」
「勿論そうだ。だから三時間分の煙草の代わりがほしい」
色気を隠そうとしない顔で笑われ、耳の下にキスを落とされる。そのままゆっくりと押し倒す動作は流石にスマートで、少しだけ嫉妬のような気持が襲った。
ニールは空気を作るのがうまい。押し倒すのも、口説くのも非常にスマートで無駄がなく、雨宮を甘痒い気分にさせると同時に、無駄な嫉妬を抱かせた。
過去に嫉妬しても仕方がないのは分かっている。けれどニールは女性と恋愛をしてきたストレートな人だ、というイメージが強くあり、こんな風に甘く押し倒された女性は何人いるのだろうと思うともう駄目だ。
湧きあがった重い嫉妬は胸と腹の奥あたりにずっしりと溜まり、切ないような焦りのような感情を生み出す。
適度な嫉妬は、恋愛のスパイスになりえる。しかし、こう毎度愛を囁かれる度にもやもやを抱えているようでは、いい加減呆れられてしまうだろう。
実際にこの感情は解消の糸口が見えないもので、雨宮自身も諦めのような気分を持て余していた。愛されている実感はある。自分も愛しているし、それを最大限伝えている。これ以上良好な関係は無い、という程に幸せだ。
その幸せの中で、きっとこの不安はゆっくりと消えるのだろうと思っている。三十年も生きて居れば、時間というものの浄化力はよくも悪くも分かっていた。
まだ、ニールと知り合って半年程だ。これから季節は夏になる。それを越えて雪が降ると、やっと出会って一年経つ。まだまだ、知らないことも、やりたいこともたくさんある。
ニールは比較的言葉にしてくれるタイプだし、行動力もある。毎週三時間かけて会いに来てくれる恋人に、これ以上求めることなどあるわけがない。
わざわざ会いに来てくれているのに、ベッドに押し倒してくるニールに強引さはない。空気を読むように甘く微笑んで、疲れているなら添い寝しようかと囁いてくるのはずるい。
勿論身体は疲れている。できれば今すぐにでもシャワーを浴びて寝てしまいたい。愛しい恋人の腕の中で眠れるというのはとんでもない誘惑だが、それ以上にもっと恋人に触れたいと思う。
「……わかってるくせに」
ニールのシャツの首元をひっぱり、鎖骨にキスをすると、雨宮の好きな低くて甘い声が落ちてきた。
「わかっていても言わせたい。センセイの言葉はいつ何時でもハイになれる。まるで麻薬か酒だ」
「貴方に酔っぱらってるのは、僕の方だと思うけど」
「もっと酔う? それともいい子に寝る?」
「……その訊き方、すごく、もー……キザ……好き……」
「センセイがそうやってすぐにでれでれしてくれるから、俺の口も調子に乗るんだよ。かわいい。センセイの睡眠時間を、ちょっとだけ奪ってもいい?」
「勿論。貴方にならなんでも奪われたい」
「……たまにそうやって反撃してくるのも好きだよ」
照れている時のニールは、顔を見せないように首の後ろにキスを落とす、ということを最近知った。
そんな些細な仕草も愛おしくてもうだめだ、と思う。この仕事のできる恋人は、他のことにはきっちりしているのに、煙草と雨宮の事に関しては少々甘すぎて困る。
雨宮のシャツのボタンを外す器用な指がくすぐったい。恥ずかしさを誤魔化すようにキスをねだったところで、枕元の携帯が鳴った。
反射的に壁際の時計を見てしまう。時刻は夜の十一時だ。この時間に連絡が来るとしたら、閉店作業のトラブルだろうか。
店とニール以外ではほぼ鳴らない携帯なので、ニールと一緒にいる時は必然的に仕事関係の連絡となる。
押し倒された状態でも無視するわけにはいかない。ニールも大人しく苦笑で待ってくれているので、仕方なく通話ボタンを押した。
『ああ、上がったのに悪いな、透一。ちょっと確認しておきたいことがあって、今いいか?』
やはり着信は店舗からで、開口一番聞こえてきた声に、サンドイッチで満たされた胃がもたれそうな気分になる。そういえば何かあったら連絡する、と言われていた事を思い出し、溜息を飲みこんだ。
いいかと言われても、まさか恋人にベッドに押し倒されているので駄目だとは言えない。
手持無沙汰そうに雨宮の髪の毛を弄っているニールが可愛くて仕方ないが仕事の話は別だ。ニールは仕事に対しては手を抜かないし、そんな彼を格好いいと思っているからこそ、雨宮も仕事に関しては真面目でいたかった。
「何か問題ありましたか?」
相手が日本語なので、こちらも日本語になる。慣れない言葉の響きが面白いのか、ニールが耳を傾けている気配がする。
電話の向こうの男は、悪びれる様子もなく早口でまくし立てた。
『問題というか、発注システムでエラーが出ていてさ。本社の方に連絡してみたんだが、生憎土日で誰も出ない。まったく本部ってやつはこれだから困るよな。それで昼間何かおかしな事がなかったか一応確認しておこうと思って』
「発注……ああ、端末ですかね。私は今日触ってませんが、可能性があるなら昨日のレクチャー時じゃないでしょうか。確か高松バイヤーがやっていましたが」
『高松なぁ……悪いやつじゃないんだが、どうも話がうまくかみ合わなくてよくないよな。この前も英語は難しいって喚いていたけどさ、あいつの場合日本人とのコミュニケーションも正直不安だよ。確かに英語っていうスキルの劣りは、こっちではストレスになるだろうが』
「あの、斉脇さん、端末の不具合でしたら月曜日に私の方でシステム室に確認とりますので。とりあえずレジやお店の中に問題はないんですよね?」
『ああ、ばっちり今日も閉めた。違算がやたら多いのがしんどいな。これはなんとか改善する策を練らないといけないけど、また誰が担当するかで揉めそうで嫌だよ。結局割を食うのは現地に強い俺か透一だもんな。いや、こんな時間まで悪かったな。もう家か?』
「はぁ。ええ、そうですね、もう寝ようかなと思っていたところで。明日はちょっと、出勤前に用事があるので」
『そうか。暇ならちょっと付き合えよ、と言いたいところだったが……一回帰った後に出てこいっていうのも気が引けるよな。また今度上がりが一緒の時に飲もう。お互い募る話ばかりだろうし』
「……そうですね。時間があったら、ぜひ」
本心としては絶対に嫌だと思っていたが、口では柔らかく濁しておく。雨宮が何を言っているかは分からないらしいニールも、微妙な表情で通話を切る様子で雰囲気を察したらしい。
「嫌な相手?」
頬杖をついて髪の毛を撫でてくれる恋人に対し、少し悩んでから首を縦に振る。
斉脇は本社勤務の上司で、基本的に店舗チーフをしていた雨宮とはほとんど交流がない男だった。確か三歳程上だったかと思う。
出会ったのは入社時で、年上のスーツを着なれた男は酷く格好良く見えた。きちんと撫でつけられた髪も、清潔な身だしなみも、出来る男の見本のようだった事を覚えている。
嫌いではない。仕事が出来ない事も無い。ただ、自分と仕事の優先順位と考え方が違うので、どうしても妙なストレスが生まれる。
先ほどの電話も、今必要では無かったし、確認だけならもう少し手短にできたのではないかと思う。発注システムを使うのは火曜日と決まっていたし、それまでに端末を触ることはない。明日必要のないものの確認を、夜中に取らなくてはいけない理由が見当たらない。
「不具合なんかはついでであって、ただセンセイをデートに誘いたかっただけじゃないのか?」
だらだらと電話の内容を説明し愚痴をこぼしていると、ニールがそんなことを言う。正直その推察は当たっていそうで嫌だった。
雨宮はあまり男癖が良くない。女性相手には流石に、手当たり次第肉体関係をもつということはしなかったが、どうしてもストレス発散にセックスをしたいと思う時に、耐えられずに夜の街に出ることもあった。
社内恋愛のもめごとで仕事を失いたくない、というくらいの理性はあったので、男を求めるにしても絶対に同僚だけは嫌だと思っていた。ただ、たまたまゲイが集まるバーで斉脇を見つけてしまった時、少しだけ逃げるのが遅かったのが全ての原因だろう。
上司とはいえ、ほとんど会う事も無い。一度酒の弾みで寝たが、その後もしつこく求められる事は無く、本社ですれ違う時もまるで他人だった。
斉脇は妻子持ちだったからだろう。部下の男とセックスをした、などとばれれば、斉脇の方が失うものも多かったからだと思う。
その斉脇と、まさかアメリカで同僚になるとは思わなかった。やはり英語が得意な社員が圧倒的に少なかったのが原因だろう。そしてこちらに来てからというもの、斉脇の誘いが異常に多くなったのも雨宮の誤算だった。
あまりに積極的に露骨に誘ってくるものだから、一度しっかりと恋人がいる事を伝えたのだが、どうもあまり堪えていないような気がする。
いくら誘われても、乗る気は無い。雨宮にはニールが居たし、こんなに最高の恋人を放っておいて不貞を働く気なんて毛頭なかった。
斉脇との身体の相性は悪くないが、ニールとの相性は素晴らしいということを知っている。いたずらな長い指はいつも雨宮の息を翻弄し、容易に快感を引き出した。
その指は、雨宮の喉仏のあたりを擽っている。猫のようにあやされるのが恥ずかしいのと同時に気持ち良く、顎が自然と上がってしまう。
そのままキスをされて、舌が退いた至近距離で、恋人は意地悪く低音で囁く。
「日本語はわからないけれど、俺が嫉妬すべき相手なのは分かったよ。日本人は仕事の相手をファーストネームで呼んだりしないと聞いたからな」
「勝手に呼ぶんだよ……こっちはほら、みんな下の名前で呼ぶから、そのノリだよみたいに言われたんだけど、嫌ですとも言えないし」
「成程、センセイの胃を痛める要因の一つがその、サイワキとかいう上司か」
「悪い人ではないんだろうけど。どうも、上から目線の愚痴が多くて、疲れちゃうというか。いい加減誘いをかわす言い訳も出尽くしたし。もー……家に居る時くらい貴方に集中したい。中断しちゃってごめんなさい……」
「イーエ。どうする? 気がそれたなら本当に添い寝でも俺は構わないけど」
「貴方の気が削がれていなければ僕はしたい」
「積極的なセンセイもかわいい。ところで明日は午後からだったか?」
再度上から見下ろされ、腰を撫でられながら答える。
「うん。僕のシフトは基本午後から夜までだし、朝はゆっくりできるよ」
「……じゃあ、そうだな、朝寝ても間に合うな」
「え。……え、ちょ、ニール、その逆算、おかしくない、かな……?」
思わず時計を見てしまい、朝まで何時間残っているのか計算してしまう。彼の言う朝が、何時の事なのかわからないが、何にしても恐ろしい宣言だ。
冗談だろうと首を傾げると、至極真面目なニールに見据えられてどきりとしてしまう。
「おかしくない。むしろ寝る時間を計算してるだけ優しいと思ってほしいくらいだ。再三言ってるだろう。俺はセンセイに三時間禁煙して会いに来るくらいの恋をしてる。ついでに言うと、この恋はやたらと嫉妬深い」
「…………斉脇さん、とは、その、酔って、一回だけだし、ええと、今は絶対そんなことは」
「知ってる。過去にこだわっても仕方ないけどな、それでもどうしようもない気持ちってのは募ってくもんだ。このいかんともしがたい気持ちを解消するには、もうセンセイを泣くまで溺れさせて縋らせて求められるしかない、というか俺がいまそうしたい」
「こわい。なにそれ、え、目が、本気なんだけど」
「本気だとも。……優しく焦らされまくるの、好きだろ?」
その低い響きにぞくりと腰が痺れる。
嫌だと言っても甘く焦らされ最後は懇願するくらいに乱されるセックスは確かにたまらないが、実際に焦らされている時は気が狂いそうな程辛い。
それを想像するだけで息が上がりそうになる。怖いと思うのに確かに興奮している自分も居て、本当に淫乱だと罵られても文句は言えないと思った。
ニールは雨宮の事をどう思っているのか。セックスが好きな男だということはきっとバレているだろうが、その手の詰る言葉を言われた事は無い。焦らす癖にニールのセックスの言葉は甘く、身体は辛いのに耳はずっと甘痒いというもどかしい快感ばかり与えられた。
舌先が触れる度にぞくぞくとする。指の腹で腰を撫でられて、たまらなくなって下半身をすり寄せてしまった。はしたない。でも、きもちいい。快感は雨宮の理性を奇麗に溶かしてしまう。
「想像するだけで興奮する?」
「……だって、貴方が、あんなこと言うから」
「言っとくけど本気だからな。来週は俺も忙しくて来れないかもしれないんだ。ミス・メイスンと姉のお付きで時間があかない。その分の補充をしておかなきゃ、干からびて死んじまう」
シャツをたくしあげたいたずらな指は、肋骨を撫で上げてへそを擽る。くすぐったくて首をすくめると、そのまま胸の尖りを引っ掻かれて甘い声が漏れた。
早くも懇願しそうになる。一週間我慢できた筈の身体は、小さな刺激でも耐えられそうにない。
先ほどの斉脇の電話の事などすっかり頭から消えた。そんなことよりも今目の前にある恋人の全てを堪能しないと後悔する。
もやもやした思考を本能優先に切り替える。甘い刺激がもどかしくてねだれば、目を細めたハンサムな恋人は低くてきもちいい声で『ほしい?』と訊いてきた。
甘い声に酔っぱらってしまいそうだ。くらくらする。麻薬なのは、やはりニールの方だと思う。
「どうして、そういう、恥ずかしげもなく……」
「照れるセンセイが一々可愛いからだな。あと、快感に順応になってわけわからない事口走ってる様も良い。最高にクる。我慢するのが大変だ」
「我慢しなくていいのに」
「我慢した方がきもちいいし、我慢させた方が楽しい」
「どSなのかどMなのかどっちかにしてほしい」
「どっちだろうな。まあ、どっちにしてもセンセイの事が好きなただの煙草中毒男だよ」
会えない時間は辛い。けれど、会っている時間はとても甘くて幸せだ。不安はあるし嫉妬も消えないが、自分の感情ともうまく付き合っている方だと思う。
比較的順風満帆ではないだろうか。仕事は忙しいし休みも取れない。それでも雨宮はこんなに毎週幸せでいいのかと不安になる程だ。
何度目か分からないキスは、煙草とミントの匂いがたまらなかった。
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