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CIGAR×SUGAR×VINEGAR 2

 久しぶりに聞いた女の声は酷くおどおどとしていて、ニールは五分そこそこで三本の煙草を消費してしまう程だった。 「……あれ、本当に完治してるの? どう聞いても精神病患者のたわごとだったけど。まさか全部妄想とかじゃないよな」  四本目の煙草に火をつけながら、のどかな日差しの下でお茶のカップを傾げる姉に受話器を返した。思わず耐えきれなくなって切ってしまったが、五分耐えただけ許してほしいと思う。  久しぶりに苛立ちを隠しきれないニールに、呆れた声をかけたのは姉ではなくその隣でフィナンシェを頬張っていたミス・メイスンだった。 「いやぁね、カリカリするのは仕事中だけにして頂戴。久しぶりの実母との感動の会話の感想がソレなんて」  今日は仕事着のスーツではなく、タイトなデニムと花柄のトップスだ。大きな花の模様は派手で、この女以外には似合わないだろうなと思わせる。目にも華やかなメイスンは、フィラデルフィアはもう初夏ね、などとぼやきながらサングラスをかけ直した。 「まあね、気持ちは分かるけれど、もうちょっとオブラートに包んでほしいわ」 「十分包んでるよこれでもな。本当は最初の十秒で怒鳴りたくなったよ。何が会えるのを楽しみにしているわベイビーだ。いつお前がママらしい事をしたんだ俺は祖父と祖母のベイビーかもしれないがお前の子供じゃないよと言いたいのを堪えたんだ、褒めてほしいくらいだ」 「まぁ根深い。でも、マイアミには行くんでしょ」 「……姉さんを行かせるわけにはいかないだろ。バカンスだと思えば場所は悪くない、と思うしかない」  立っているとそこら中を苛々と歩きまわってしまいそうで、仕方なくテラスの椅子にどかりと座る。適当に羽織って来たジャケットは確かに暑くて、明るい日差しに目が焼けそうだった。  NYはまだ春先程の気候だが、少し南下するだけで随分と暖かい。再来週行かなければいけないマイアミに至っては、海水浴シーズンも大詰めで、今が観光のラストシーズンらしい。真冬でもビーチで日焼けが出来るなんて、同じ国の事とは思えない。  寒いのも苦手だが暑いのも好きじゃない。さりとて春の陽気も秋の肌寒さも恋しいという程ではない。特別執着するものはない。何に対してもニールは大概この姿勢を貫いている。  現在の例外は、煙草と恋人だけだ。そして特別憎いモノという点での例外は、今も昔も両親だった。 「でも、お医者さんからもらったっていう診断書のコピーは偽物じゃないのよ。私はそういうものに詳しくないから、オリビアに見てもらったけれど、きちんとした書類みたい」  ハーブティーを飲みながら、気鋭の恋愛小説家である姉は、いつものようにふわふわとゆっくりと言葉を零した。  ニールが早口で淡々と喋るのに対し、クロエ・ノーマンはひどくゆっくりと喋る。似ているのは髪の毛の質と目の色くらいで、後は対照的な姉と弟だ。  クロエの学生時代からの友人であるオリビア・メイスンは、休日なのにきちんとしたメイクで笑う。普段、ニールが恐れる女上司である彼女は、今でもクロエの良き友であり理解者であり、相談役だった。 「病人の偽装書類じゃなかったわ。まあ、そんなものをいきなり送りつけてくる精神は流石にどうかと思ったけれど、クロエが止めたから私はマイアミに殴り込みに行くのをやめたの。本当はうちの稼ぎ頭をそんなことで三日も持って行かれたくはなかったのだけれど」 「去年の予算をどんだけ越してると思ってんだ。たまには休ませろ」 「仕事の話じゃないわよ。アンタも案外打たれ弱いところあるんだから、これでも心配しているってこと。でも、例の外人彼氏さんが一緒なら問題ないかしらね。お名前なんだったかしら」 「アマミヤトーイチ」  普段あまり口にしない恋人の名前は、言葉にすると少しだけ痒いような気持になる。照れ隠しにまた煙草に火をつけてしまい、今日何本目だと頭が痛くなるような気分になった。 「トローチみたいで素敵なお名前よね。日本人の名前は不思議な響きで面白いのね」  ふわりとした姉が、そんな風に笑う余裕があるだけ、まだマシだった。  両親と絶縁状態にあるニール姉弟にそれぞれ連絡があったのは二週間ほど前の事だった。DM類をほとんど見ないまま処分するニールは、手紙が来ていたことすらわからなかった。  姉に呼び出され、見せられた封筒にそういえば見覚えがあるような気がした。多分、何も考えずに捨てた筈だ。手紙というツールで自宅に届くものに、人生を左右するような爆弾がまぎれているだなんて思いもしなかった。  差出人は、はるか昔に離婚した筈の両親からだった。  姓も変わった二人の名前が並んでいる事に、嫌な予感しかしなかった。両親に関わって、楽しかった思い出など一つもない。すべからく彼らのエピソードはトラウマで、今もニールは何一つ許してなどいない。  言葉だけの謝罪などいらない。そんなものをくれるくらいならば、一生縁を切ったまま勝手に生きて勝手に死んでほしい。そのくらいには憎んでいる両親からの手紙は、思わずその場で破り捨てたくなるものだった。  母はアルコール依存症を克服したという。父は何度か結婚と離婚を繰り返し、そして今は母と一緒に暮らしているという。今年中にはもう一度結婚しようと思う、というその文面に、まずニールは手紙を放り出して姉を抱きしめた。  大丈夫よと笑う姉が、とても小さい生き物に思えて、久しぶりにこの人を肉親として愛しているんだという実感が沸いた。  呼びだされて夕食を共にするのは面倒だし、話を聞いている時に苛立つこともある。それでもやはり姉であって、祖父母も他界している今、ほとんど唯一といえる肉親だった。  思い出したらまた苛立ってきて、珈琲をがぶ飲みしてミントタブレットを口の中に放り込む。ヒントミントはチョコレート味がニールの定番だったが、最近はジャパニーズスタイルのグリーンティーフレーバーを愛用していた。  勿論、なんとなく日本っぽいという理由だけで買った。どれだけ自分はアマミヤのことが好きなんだと呆れたが、素直にセンセイの国の味だからと告げた時に真っ赤になった恋人を思い出すと、頬がにやけてしまいそうになる。  アマミヤはニールにとっての煙草だ。気分が一気に高揚するし、苛立ちもどうでも良くなる。普段なら週一回の休みはアマミヤのアパートに通う為に消費するのだが、今日ばかりは姉とメイスンに付き合う形となった。  やはり姉の事が心配だった。  今更何が再婚だ。勝手にしろ。そうは思っても、相手は基本的に人間の思考回路をしていない。放っておいてくれと再三伝えても、親だから子だからと、自分たちではどうしようもない血の繋がりを理由に付きまとう。  とにかく一度会いたいと煩い両親の元には、仕方なくニールが行く事になった。再婚するにしても、自分たちは一緒に住むつもりもない。何を言われようが和解するつもりもない。ただ、形式的な祝いの儀式を済ませてくるだけだ。  日取りを連絡する電話だけでも受話器を投げそうになった。目の前にしたら殴ってしまうんじゃないかと思いもするが、とりあえずアマミヤがホテルで待っていてくれれば、少しは無茶もしないのではないかというのが、ニールの考えだった。  流石に旅先で傷害事件を起こしたくは無い。折角二人で遠出するのだから、そんな憂鬱な行事はさっさと済ませて思う存分ストーンクラブを腹に入れたい。  マイアミ名物のストーンクラブの話をしたところ、アマミヤは随分と興味をそそられたらしい。魚介が特別好きなわけでもないし美味しいものは何でもおいしい、などと優等生な回答をしていたけれど、やっぱり日本人は魚介類が好きらしい。  まあ、実は他に特記する程名物がない場所なのだが、アマミヤと一緒なら何処だって飽きないだろうと思う。澄ました美人かと思いきや、あの日本人はよく表情が変わる。  照れると目を伏せる。テンションが高いと鼻歌を歌いそうな程くるくると笑う。嫉妬を隠さない時が可愛らしく、その後に反省したように謝るのもいじらしい。こんなに素直で愛おしい生き物が存在していていいのか、と自分の盲目さに笑いがでるくらいだ。  恋など何年ぶりだろう。愛している、なんて本気で囁くのはいつぶりだろう。完全に浮かれている自覚はある。もう少し落ち着きたいとは思うものの、いつもアマミヤを目の前にすると手が勝手に抱き寄せた。  日本人は細いが、それでも女の体型とは違う。最初は戸惑う事も多かったが、最近はアマミヤを抱きしめると至極しっくりと落ち着くようになった。  あと二年くらいしたら、もう少し落ち着いて愛を語れるようになるのかもしれない。そんな事を考えて、自分はすっかりあの愛おしい日本人男性と永遠に恋をしている気でいる事に驚いた。  少し浮かれすぎかもしれない。勝手に一人で反省し、のんきに土産のリクエストの話をしているクロエとメイスンの横で新しい煙草に火をつけた。  あえて陽気な話題を提供するメイスンの気づかいは素晴らしい。流石にクロエの事を理解している。今度ビーチに行くなら西海岸に行きましょう、ウチの子も勿論一緒よ、とメイスンがクロエに話題提供している時に、今度はニールの携帯が鳴った。  いつも電話してくる姉も上司も今は一緒に居る。ならばもうニールの携帯を鳴らす人物は、一人しかいない。  通話ボタンをタッチしながら、テラスからキッチンへ移動する。眩しい屋外に慣れた目は、薄暗い室内をより一層暗くした。 「ハロー、センセイ。……どうしたんだ、仕事上がりの時間じゃないだろう?」  煙草の煙を吐きながら、灰皿になるものを探す。普段クロエしか住んでいないこの郊外の一軒家には、灰皿は常備されていない。  シーチキンの空き缶を見つけてシンクに寄りかかると、耳元から疲れた声が聞こえた。 『まだ仕事中です、というか、休憩中なんだけど……あのー、来週、僕ちょっと暇取れないかもしれなくて』 「うん? うん。これ以上忙しいってこと?」 『そう。再来週の有給は平気そうだけど、とにかく来週がもう鬼。スタッフが喧嘩して現地の子が何人かやめちゃうし、それでこっちに日本から応援くるんだけど、それがもうホテルとれなくてこっちのスタッフのアパートに泊まれとか言われたらしくて、僕の家にも三日間居候ができちゃうし、その上ついでに社長が来るとかで接待の嵐……もう、本当に今から憂鬱しか無い……』 「接待……日本人は本当に自社の人間が好きだな」 『個人的に尊敬できる人と夕飯を取るのはかまわないんだけどね。よくもしらないトップをよいしょしながらとかどう考えても面倒くさい』 「だろうな。……居候は男? 女?」 『男性だよ勿論。まさか女性を泊めるわけにはいかないし。床に布団を敷いてってわけにもいかないのに……』 「同じベッドで寝るしかないな?」  自然と、声が硬くなってしまった気がした。普段ならば疲れているアマミヤを思いやった上で愛を囁く余裕くらいはあった筈だ。けれど今は、少し両親のことで疲れていた。  勿論、アマミヤにニールの個人的な事情など関係ない。来週は会えない、とすぐに連絡をくれた恋人に、優しくいいよと言いたいのに、どうしてもぶっきらぼうな返しになってしまった。  その微妙な変化に、アマミヤが気づかないわけがない。  一瞬言葉を飲んだらしい彼は、少しだけ硬い声で応じる。 『……ええと、その……怒ってる?』  すぐにそんな事ない、と言えなかった。別に怒っていない。仕事が忙しいのは仕方ないし、今日だってニールの都合で会えていない。毎週必ず会おうと約束したわけでもない。ただ、アマミヤのベッドで自分ではない誰かと彼が同衾するかと思うと、どうしようもない苛立ちが襲う。  これは嫉妬だ。ただ、拗ねているだけだ。そう思っても、うまく沈黙が破れない。 「……あー、別に、怒ってるわけじゃない。毎日拘束したいとも思ってない。ただ、ちょっと……心配、というか」 『…………浮気の?』  ずばり、言われてすぐに否定できなかったのがまずかった。  心配をしていないと言えばうそになる。アマミヤの話を聞いているかぎり、彼はとても快楽に弱い。ニールの事を愛してくれていることも分かっている。それは十分に伝わっている。けれど、酒を飲んだ勢いでうっかり、ということが無いと言い切れるだろうか。  普段のニールだったら言い淀む事は無かった。そんなわけないだろうとすぐに言えたし、それはきっと本心だった。でも今は、浮気を繰り返して何度も何度も再婚を繰り返す両親の事が頭の隅にあった。  何度も言葉だけで愛してると言った母親。何度も言葉だけでもう過ちは起こさないと誓った父親。結局母は自分たちではなく酒を愛していたし、父は過ちばかりを選択した。  手に持った煙草が、吸わないうちにどんどんと短くなる。  自分の感情なんてどうでも良い。フォローしなくては、と、口を開こうとしたところでアマミヤの声が先に届いた。 『私は確かに、ヒトデナシと言われる様な行為ばかりしていましたけど、』 「いや、あの、センセイ……そうじゃなくて、」 『でもね、ヒトデナシでも恋くらいするんですよ』  そのまま通話を切られてしまい、暗いキッチンで思わずニールはしゃがみこんでしまった。  やってしまった。多分、八つ当たりだ。  アマミヤも多忙でテンパっていただろうが、断然自分の方が悪い。 「……あー…………」  短くなった煙草を空き缶に擦りつけて、うまく働かない頭を抱える。  どんなことでも大概うまくやってきた。最適な言葉を選ぶことが好きで、それは仕事に存分に活かされた。失敗なんて珍しい。思い返せば、今の通話は駄目な事ばかりだ。  完全に怒らせてしまった。というか、傷つけてしまった。  すぐに折り返し電話をかけようか迷ったが、言葉がうまく見つからないうちは意味がない。距離がもどかしい。顔を見て会話をすれば、こんな些細なすれ違いは産まない筈なのに。  どうしよう、と、珍しく解決策が見つからずにキッチンで座り込んでいたニールを最初に見つけたのは、氷を取りに来たメイスンだった。 「ちょっと、やだ、どうしたの。ついに煙草の吸い過ぎで立てなくなったの?」 「…………やらかした。ちょっと本当に藁でも縋りたい」 「え、電話は例のミスターアマミヤじゃなかったの? あらやだ、あのニール・ノーマンが恋愛で打ちひしがれることなんかあるのね、世も末だわ! というかニール・ノーマンも人間だったのね、と今日で随分と実感したわ」 「人間だよ……割と人生経験のない駄目な二十五歳だ」 「口先だけは達者な、ね。でも、人間だれしも余裕がない時だってあるわ。所詮肉体に宿った精神よ。そんな形の無いモノが安定しているなんて都市伝説みたいなものじゃない。歳を取れば落ち着くなんて、あれは嘘ね。少しだけ、世界に対する対処法を知るだけよ」  額に当たるのは、メイスンの持つ水のグラスだろう。混乱している頭にひんやりとした水の温度は気持ちよく、更に深呼吸なさいと笑われた。  何事かと、クロエも室内に入ってくる。  長身でグラマラスなメイスンと、小さくて少しぽっちゃりしているクロエが並ぶと、妙にコケティッシュに見える。柔らかい体型の姉は、のんびりとした声で、あらどうしたのとしゃがみこんだ。  昔、ニールが癖っ毛でからかわれる度に、姉はこうして優しくどうしたのと言った。きれいな赤毛が大好きよという彼女の言葉は、当時はトンチンカンな慰めだとしか思えなかったが、今は優しさだと分かる。  言って欲しい言葉を察して選ぶ人じゃない。自分の中での最善を選ぶ人なのだ。だから姉は本当にニールの赤髪を愛していたし、今でも奇麗で素敵ねと笑った。 「ちょっとした青春のお悩みよ。多分アメリカの半分くらいの青少年がハイティーン時代に悩む恋愛のアレそれを、今やっと経験してるみたいなの。些細なことでへこたれるなんてノーマンらしくないわ」 「今余裕がないんだよ。仕事は順調だが恋人とは慣れない遠距離恋愛だ。しかも勝手がわからない。年上の男に恋なんてしたのは初めてだ。どこまで我儘ぶちかましていいのか正直わからない。へこたれもするさ」 「やあね、格好つけようとするからよ。ブラックメンのニール・ノーマンは一片の隙もない完璧な男じゃないと困るけれど、ただの二十五歳の男ならその隙もかわいいもんだわ、ねえクロエ」  メイスンに話を振られたクロエは、にっこりと柔らかく笑う。 「そうね。ニールはいつも、一人でなんとかしちゃうから。ちょっと寂しい時もあるものね。でも、そうやって言葉で全部反省するの、ニールのすごくいい所よ。思ってるだけじゃ伝わらないわって、わたしはニールから学んだわ」  沢山喋るから、ニールはすごいわ。  そう言われて、思わず泣きそうになったなんて、絶対に秘密にしたい。クロエの言葉は少し変で、けれども思惑など一つもない。全部が彼女の真実だから、とてもストレートだと実感する。  言葉を羅列するのが、確かに自分のやり方だ。黙ってしまったら駄目だ。  ビビっていては始まらない。立ち上がって頭を振って、髪の毛を結び直す。時計はまだ四時過ぎをさしている。これから駅に行って、アムトラックに乗れば恐らく夜にはワシントンに着く。 「ミス・メイスン、帰るのは明日の昼だろう? 俺もそれまでに戻ればいい?」  財布の中身を確認して、荷物をまとめ始めたニールに対し、メイスンは苦笑いで表情を崩した。 「いいけれど。まあ、またクロエをほったらかすつもりね」 「アンタが居れば平気だよ。マイアミの土産は奮発する。姉さん、また電話するから今日はミス・メイスンだけで我慢してもらえる?」 「まあ、久しぶりに電話してくれるって言ったわ、うれしい。わたしはいいの、キャンディーさんのところに行ってさしあげて?」  姉は、アマミヤのことをS&CストアNY支店の店員と同じく愛称で呼ぶ。いつか会わせてねと会う度に言われるが、今のところそんな余裕がニールにもアマミヤにもなかった。  とりあえずは今目の前の問題を解決することが先決だ。何も考えることなどない。格好つけずに、思った事を並べればいい。  いきなり顔をだすのは迷惑かもしれないが、そこで拒否されたら一度帰ってくればいい。アポもなしに日本にいきなり行った自分が、たかが電車で三時間の距離に悩むなんてアホらしい、とやっと気がついた。 「……埋め合わせは、まあ、いつか。久しぶりに、クロエ・ノーマンの言葉の偉大さに気づかされたよ」  そんなニールの言葉に応じたのは、当のクロエではなく隣で腕を組むメイスンだった。 「何言ってるのあたりまえじゃないの。この子はね、ベストセラー作家なんだから。そしてなんてったって、アナタの姉さんなのよ」  誇らしげに言うメイスンにも、埋め合わせをしなければならない。自分たちの家族の事情に巻き込み、娘を親に預けてわざわざクロエの家まで来てくれたのだ。土産はメイスンと、彼女の娘の分と、随分と奮発しなければならないだろう。  久しぶりに部下の恋愛に理解のある上司で良かったと本心を告げると、テンションをあげた方が貴方は売り上げが伸びるのよ、と上司の顔で笑われた。 「……そんなに売上違う?」 「一見大して上がって無いように見えるけれどね。去年の十二月からの貴方の新規顧客はリピーター率が半端ないのよ。ねえこれって、やっぱりニール・ノーマンの魅力のたまものだと思うのよ。それでその魅力はね、きっとキャンディーさんが鍵なんだわ」  早く仲直りしてそして仕事に励みなさいと言われ、苦笑しながら荷物をまとめて手を振った。上司に把握されているようでは、自分もまだまだだ。 「いってらっしゃい、ニール。あなたのたくさんの言葉が、まっすぐ、とどきますように」  姉の柔らかい言葉を受けて、ニールはありがとうと笑った。

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