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10話
豪華なシャンデリアが周囲を明るく照らし出す。高級そうなスーツやドレスに身を包んだ人間や、綺麗に着飾られた薔薇妖精たちが、とても多く存在していた。皆が皆、テーブルの上に出された豪華な料理に舌鼓を打ち、持ち主同士で会話を交わし、執事やメイドが忙しそうに行き交っていた。
イツキとユキは、まさに権力者たちが主催するパーティーに参加していた。テーブルの上には、さまざまな種類の料理が置かれ、自由に食べて良い形式だったが、イツキは興味無さげにしていた。ドレスコードを指定されていたので、イツキは高級な黒色のスーツの下に白色のワイシャツを着込み、柘榴色のネクタイを身に着ける。ユキは、いつもと変わらない紅色を基調としたエプロンドレスを着込んでいた。それでも、ユキの姿は誰が見ても綺麗に魅せた。
興味無さげにしているイツキに対して、ユキは初めて見であろう多くの人間の姿や、綺麗に着飾られている薔薇妖精たちに圧倒されていた。そんな緊張しているユキの頭を、イツキは、優しい手つきで撫でる。イツキに頭を撫でられたユキは、はにかむように笑むと、安心したのか落ち着いた様子を見せた。
「イツキさん、ユキちゃん」
聞き覚えのある穏やかな声を聞きながら、イツキは後ろを振り向いた。そこにいたのは、白色と桃色を基調としたパーティードレスに身を包んだエミと、黒色を基調としたハーフパンツスタイルの燕尾服を着込んだカオルの姿があった。イツキとユキのいる所へ駆け寄って行き、改めて周囲を見回してからエミは驚いた様子で口を開いた。
「それにしてもすごいですね。あちこちで、いろいろな有名な人たちを見かけます」
「何たって、薔薇妖精を見せびらかす為のパーティーだからな。有名な富裕層がいてもおかしくはない」
イツキは呆れた様に溜息を吐いた。賑やかで煌びやかなパーティー会場の隅っこの方に、4人で集まって立っていた。一刻も早く下らないパーティーが終わる事を願いながら、4人で他愛も無く雑談をしていたのだった。
「碓氷さんじゃないですか。碓氷さんもパーティーに参加されていたんですね」
その時に、ふとイツキは声を掛けられた。振り向くと、仕事先でお世話になっている斎藤という青年がいたのだった。斎藤の服装をちらりと見ると、街の権力者たちが主催するパーティーだからだろうか、高級そうなスーツを着こんでいた。
「いつもお世話になっております」
「いえいえ。それで、プライベート中で申し訳ないのですが、少しだけお時間を頂いて、仕事の話できないでしょうか?」
「ええ、構いませんが」
イツキはユキを、少しの間だけエミとカオルに預けることにしたのだった。イツキはユキの頭を優しい手つきで撫でながら、柔らかい表情を浮かべて告げる。
「ユキ。エミとカオルと一緒に、ここで良い子で待っていろ」
「はい、イツキさん。俺は待っているので、いってらっしゃい」
こくりと頷いて、安心したように笑うユキの笑顔に癒されながら、イツキはその場を去ったのだった。
*****
斎藤との仕事の打ち合わせが順調に進んで、イツキは話し込んでしまった。仕事の話が終わり斎藤と別れを告げてから、ユキたちの元へ戻ろうとした。その時に、すれ違いざまにドレスを綺麗に着飾った女性たちが、くすくすと嘲笑しながら去っていくのを見て、イツキは妙な胸騒ぎを覚えた。ユキに何事も無ければいいと強く願いながら、ユキたちの所へ急いで戻る。
イツキがユキたちのところへ向かうと、様子がおかしいことに気付いた。おろおろした表情を浮かべるエミと、怒りを露わにしているカオル。そして、ユキの表情を見ると、先ほどと違いどこか傷付いて悲しんでいる表情を浮かべていた。
「……どうしたんだ、ユキ?」
「なんでもないです、イツキさん……」
優しい声音でイツキが訪ねようとしても、何でも無いと首を横にふるふると振るユキに、イツキは胸が締め付けられる想いをした。こんなにも傷付いて、悲しそうな表情を浮かべるユキを一度も見た事が無かったからだ。一刻も早くその心の痛みの原因を取り除いてあげたい。けれど、この場所では取り除くことはできないと判断した。イツキは「そうか」と短く告げてから、ユキのことを労わるように、そっと優しく抱き寄せる。
「……今日は疲れたな。エミさんすまないが、先に帰らせてもらう」
「はい、お気をつけて……。ゆっくり休んでくださいね」
「ああ。カオルもまたユキと仲良くしてやってほしい」
イツキの言葉にエミが優しく労わる様に声を掛けて、カオルはこくこくと大きく頷くのだった。そんなエミとカオルの存在が有難く思い、イツキはユキを大事そうに、愛しそうに抱っこしながら、すぐに自宅へと戻るのだった。抱っこされている間のユキは大人しく、けれど、イツキの服を震えた小さな手で、ぎゅっと掴んでは離そうとしなかった。
*****
自宅に帰る間、お互いに言葉を交わす事はなく、無言のままだった。イツキは玄関のドアを開けて、居間へと入っていく。大事に抱っこしていたユキを、柔らかいソファーに座らせた。そして、ユキの瑠璃色の瞳に合わせるように、イツキはしゃがみ込んだ。再度、怖がらせないように優しい声音で訊ねるのだった。
「……何があったんだ、ユキ」
「本当に、なんでもないんです……」
「俺に言えないことか?」
「それは……」
いつも優しく愛情を持って接してくれるイツキの言葉を聞いたユキは、はっとした表情になるが、しばらくの間、黙り込んでいた。イツキは真っ直ぐにユキの瑠璃色の瞳を見つめながら、ユキの言葉をゆっくりと待った。お互いに沈黙が流れたが、やがて、観念したのユキは、おずおずと弱弱しい声を出して口を開いた。
「………さっきのパーティー会場で、言われたんです。俺は、いくら綺麗に着飾っても少年だから……、薔薇妖精の少女じゃないから、イツキさんのお嫁さんにはなれないって……」
どんなにイツキの為に綺麗になっても、どんなにイツキの為に着飾っていても、生まれた性別までは変えられない。ユキが少年である限り、花嫁にはなれない。そうパーティー会場で言われたと、ユキは答える。自分の抱いていた幸せな夢を、粉々に壊されたことが、何よりも辛くて、悲しくて、苦しいとユキは告げると、悲し気な表情を浮かべて俯いてしまった。それまで黙って聞いていたイツキは、ユキの両手をそっと包み込むように、優しく強く握り締めると、静かに口を開いた。
「そんなこと、誰が決めたんだ」
「えっ……?」
「お前がお嫁さんになってはいけないって、誰が決めたんだ」
静かに力強いイツキの言葉にユキは顔を上げて、目を瞬かせる。そうして、イツキはいつものように、ユキに対して愛おしいと言いたげな温かくて、優しい眼差しで告げる。
「俺のお嫁さんになってくれ、ユキ」
ユキは大きく目を見開いて、瑠璃色の瞳を潤ませた。宝石の様にきらきらと瑠璃色の瞳は煌めいて、綺麗に魅せる。そうして、声を震わせながらもイツキの柘榴色の瞳をじっと見つめながらユキは、口を開いた。
「俺、男なのに……、イツキさんのお嫁さんになっていいんですか……?」
「俺のお嫁さんは、この世界でユキしかいない」
ふっと柔らかい表情で笑みを浮かべると、イツキはユキ頬に手を添える。じっと、瑠璃色の瞳を見つめた後、ユキの柔らかい唇に口付けを落とした。初めてユキとする口付けは、砂糖菓子のようにとても甘く感じた。初めてされる口付けに、ユキは紅く頬を染まらせる。そんな初心で可愛らしいユキを愛おしそうに見つめる。そうして、イツキは悪戯が成功したかのような笑みを浮かべると、そっと、ユキの柔らかく唇を指でなぞる。
「お前はまだ幼いから、それ以上のことは大きくなってからだな」
イツキの言葉に、ユキは見る見るうちに、恥ずかしそうに身体を紅く染まらせていく。それでも、嬉しそうに、照れたように笑って頷いた。
「俺にいろいろ教えてください」
「ああ、もちろんだ。これからもよろしくな、ユキ」
「はい、イツキさん」
ユキの瑠璃色の瞳からは、嬉し涙が溢れだした。薔薇妖精が零した涙は、彩り鮮やかな薔薇の花びらに変わっていく。はらり、はらりと、薔薇の花びらが部屋に舞った。そうして、イツキに対してユキはぎゅっと強く抱き着いた。そんなユキをイツキは愛おしそうに、強く離さないように抱きしめ返すのだった。薔薇と苺の甘い香りが、二人を祝福するかのように包み込むのだった。
これは、薔薇妖精と出会い、薔薇妖精と結婚する青年の物語。
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