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第16話
ストレートに言おうと決めていた。
なあなあで始まる恋愛があったっていいと思うけど、トキチカさんに気持ちをぶつけるにはきちんとはっきり言葉にしようと思っていた。
あなたがすきですなんて言葉、もしかしたら初めて使ったかもしれない。
好きです、と、言われたことはあったような気がしたけれど、言ったことはないように思う。
声が震えてないか不安で、でもそんなことよりもだらだらと涙垂れ流して呆然とおれを見上げるトキチカさんがかわいくてかわいくて仕方無くて、耐えられなくなって抱きしめてしまった。
最後まで格好つけたかったけど無理だ。
だってこんなかわいい人が目の前に居て、冷静に言葉羅列できる程大人じゃない。
おれにぎゅうと抱きしめられたトキチカさんは、一瞬だけ体を強張らせたけれど、案外大人しく背中に手を回してくれた。震える手が、愛おしいなんて病気だ。
「……っ、ごめ、おれ、っあー……もう、泣いてばっか……」
「いや想定内だったんでいいですっていうかむしろここでトキチカさんがいい笑顔で『おれも好きだよ』とか言う方がどうかしてるんで全然問題ないです、ていうかおれが悪い。……確信犯だったし」
「え……もてあそばれた?」
「真剣ですってば。遊びとかジョーダンで告っていい相手じゃないの身にしみてます。冗談に聞こえました?」
抱きしめたまま少し声のトーンを落とすと、腕の中のトキチカさんがきゅっと抱きついてくる。
「……真剣に、見えました。ゆめかなって何度か思いました。だってこんなのさぁ、現実だって思う方がおかしいでしょ。倉科クン、ノンケだし、かっこいいし、優しいし、彼女なんかさ、作ろうと思えばすぐにできるイケメンじゃんか……」
「イケメンかどうかは知りませんけど、別に彼女とかいらないかなって思ってたんですよ。仕事楽しいし。つか掛け持ちしてて時間とかないし。他人に構ってる余裕ねーなぁって。……でもトキチカさんに落ちちゃったんですわ。だって好きになっちゃったもんはどうしようもないでしょ」
うれしくてぼろぼろ泣いているくせに、受け入れるのが怖くてぐだぐだと言葉ばかりを並べるトキチカさんは本当にダメな人で、面倒な人で、仕方がない。
それでもそれを苦笑ひとつでかわいいなちくしょうって流せちゃうから、おれだってきっとダメで面倒でどうしようもない人間だ。
けれど流石に今は、本心を言葉にしてほしい。
言わなくても分かってるっちゃ分かってるけど、おれだって言葉が欲しいと思う。ていうか聞きたい。
「……トキチカさん、おれのこと嫌い?」
そう思って、ちょっと卑怯な訊き方をしてしまった。
卑怯だし、あー……柄にもなく甘ったるい声を出してしまった気がする。それに気が付いて急に恥ずかしくなって顔が熱くなってトキチカさんの首筋に顔を埋めた。
「あー……スンマセン、やっぱナシ。今のナシ」
「……え、なんで、すごい、どきどきして、うっかり涙止まったのに……」
「トキチカさんほんっとなんつーか、べたべたなの好きっすね……もーいいから返事ください返事。おれこのまま口説いてたらわけわっかんなくなってもっと痒いこと口走りそうだから。そう言うのは晴れてそのー、アレな関係になってからゆっくり堂々と落ち着いて垂れ流したいんで、とりあえず返事」
「へんじ……ええと、返事、あ、……あー、こいびと……?」
「そうです。ノンケの年下男じゃ、だめっすか?」
ダメ、なんていう答えは想像すらしていないくせに、どうしてか心臓が煩い。
泣きはらした真っ赤な目でおれを見上げるトキチカさんは、まだパニックが続いていて正気に戻っていないような顔で、でもしっかりとおれの袖口を掴んで口を開いた。
声は掠れていた。
それでも、おれの耳に届く。
――心臓が、痛い。
「こいびとに、して、ください。……倉科クンが好きすぎてもうだめだオレ変になる……」
すき、という言葉が耳に響いてぶわりと熱が上がった、気がした。
あー、おれ、この人が好きだな。嬉しい。好きだって言ってもらえて、こんなに嬉しいの、どうかしてる。
嬉しくて嬉しくて、ほんとキャラじゃないけど勝手にうわーって舞いあがっちゃってぎゅうって抱きしめてしまって、苦しくなったらしいトキチカさんにバタバタと背中を叩かれてしまった。
申し訳ないなぁと思うけど今日はもう無理だ。大人ぶってスーツ着て格好つけて気ぃ張って、そういうのはさっき散々頑張ってもう気力も体力もスッカラカンだ。
普通の思考と体力があったら、まぁまずはトキチカさんを落ち着かせて、話はそっからかなって思う余裕があっただろうけど、勿論そんなものこれっぽっちもない。
トキチカさんもテンパってるだろうけど、正直おれもテンパってた。所詮若造だ、っていう言い訳を全力で活用したい。
所詮ガキだ。カヤさんや、タマコさんに比べたら、おれなんかグリンピースレベルのちっさくて青いガキだ。
言い訳だけはきっちりと頭の中に浮かべまくって、ちょっとふらついているトキチカさんを抱えるように引きずってでっかいベッドに座らせた。
本当は流れる動作で押し倒せたらカッコイイんだろうなと思いつつ、隣に座って手を握って触れるくらいのキスをする。
何度かしているそれも、今日は震える程緊張する。
唇を離すと、真っ赤になってるトキチカさんの顔があって、ふらりと押し倒したい衝動にどうにか耐えた。
「……この部屋、おれが取りましたって言いたいところですけど、今日お世話になった鷹栖さんからの半額プレゼントです。なんか、おれたちが頼ったお陰さまで意中の人に存分に恩が売れたとかで、ちょうご機嫌で。……だからまあ、なんつーか存分に楽しんでくださいっておれが言うのもアレなんですけど、まあ、こういう機会もこの先あるかわかんないし。……ってわけでおれちょっと風呂入ってきてもいい?」
髪の毛撫でながら言いたいことだけ伝える。
相変わらずふわふわした感じで夢の住人に片足突っ込んでるっぽいトキチカさんに向けて最後小首を傾げると、ああうんお風呂ねそうねとあやふやな言葉を返してきた。
現実から目をそらしまくるのが癖になっちゃってるんだろうけど、幸せなことくらいちゃんと向き合ってほしいと思うから、恥も何もかき捨てて分かりやすく言葉にしようと決めた。
「ちょっと頑張り過ぎて変な汗かいたから先にシャワーさせてもらいますけど、おれの後トキチカさん入ってもらいますから。そしたらセックスしましょう」
「せ……っ、え。えっ!?」
「もういきなりがっつくなよ若者って思われてもいいですもうしらねーだっておれトキチカさん全部おれのもんにしたいもん。いやトキチカさんは別におれのもんでもなんでもないんだけど、あー、そうじゃなくてなんつーか、……だめっすか」
「ダメじゃないけど、えーいや、だめ、じゃないけど、その、必要なモノとかが男子にはございまして、ここラブホじゃないしそういうの常備してるわけでもないだろうし、とか」
「あ、ゴムとローションはさっき鷹栖さんからいただきました。いただきましたっていうか勝手に渡してきやがりました。他になんか必要なもんあります?」
「…………ない。セックス、できちゃいます……」
なんか微妙な間があったから今日はそういう気分じゃないとか言われちゃったりする可能性も考慮して一応、したくない? と訊いてみた。
「……したいって言っても引かない?」
「おれがしたいって言ってんのになんでおれが引くの。嬉しいってば」
もーこの人は、ってまたスーツのまま抱きしめてしまった。
借り物だし絶対アホみたいに高いだろうからあんまり汚さずにクリーニングに回したいんだけど、どうもトキチカさんが愛おしすぎて行動の自制がきかない。
さっさと脱いでシャワーを浴びるべきだと思う。そうしないとこのまま押し倒してもっとスーツを汚しそうだ。
「あ、そうだ」
ネクタイを取って、上着をハンガーにかけてからベッドに腰掛けているトキチカさんに顔を向ける。
「多分ここ、そうそう泊まれるレベルのところじゃないんで、なんかやりたいこととか理想とか希望とかあったらひねり出しておいてください。ちょっと夜景楽しんでディナーとかワインとか味わう余裕はないんすけど、あー……ほら、一緒に風呂に入るとかそういうのは明日の朝でも出来るから」
「え、やだむり一緒に風呂とか死んじゃうやつじゃん、しないよばっか」
「……今までしたことないの?」
「…………ない」
「んじゃ、したくない?」
「………………したくないことは、ない、けどしぬ」
「死なないっすよ。死なないしおれもしたことないけどやってみたいんで明日の朝一緒に風呂決定っすね。ていうかこれからエッチしましょうっていうのに一緒に風呂とかどうでもよくなっちゃうんじゃないっすか?」
「ちょ、考えると死にそうになるからお経唱えたいくらいのレベルで心頭滅却してたのになんでぶり返すの……! もういいから早く風呂入って来いし!」
トキチカさんかーわいい、って笑ったら枕が飛んできてビビった。
いくらするのかわからんふかふかの枕をキャッチして、シャツ脱ぎながら枕返しがてらベッドにもう一回近づいてもう一回キスしたら唇ちょっと噛まれて痛かった。なんかもうそういうのもかわいいからダメだ。病気なんてもんじゃない。
(あした、カヤさんに、オメデトウって言われちまうなぁ)
だって幸せ隠せる気が一切しない。
かわいくて嬉しくて、なんだおれすんごいちゃんと恋してんじゃんって、ちょっとじんわりと感動した。
恋だな、これ。
恋だよ、これ。
……好きだな、好きだよ、って言いたいけど後にしよう。そんなことを思いながら下唇かまれたお返しに首筋に跡を残した。
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