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Hello,Mr.Johnson02

「世の中にはいろんなものがあるんだねぇほんと」  ハリーがバスタブの湯の中に溶かした液体は、バスローションというものらしい。ほんのりと濁ったお湯は、確かに肌にぬるりとまとわりつく。  ぬるぬるとしたお湯が絡む感触は、気持ちいいというよりはおもしろく、SJはシャボン玉遊びをする少年に返ったような気分だとはしゃいだ。  軽い掃除を終えて、壊れそうなトラックで暫く分の買い出しも終え、軽い食事をとった頃には日も傾いていた。いきなりベッドの上で全裸になる勇気はなく、とりあえずシャワーを浴びようとバスルームの中に逃げ込んだところをハリーにつかまり、結局二人で仲良く湯につかることとなってしまった。 「キミは外で石鹸水と戯れるようなアウトドアな子供だったのか?」 「アウトドアじゃなかったけれど一人遊びはすべからく大好きで一通りこなしたよ。僕の人生に変人リンゴ描き男と喫煙モンスターが現れるまでは、僕の友達は唯一僕だけだったからねぇ。まあ、別にふつうにみんなと喋ってたけど。注意力散漫な子供でさぁ、頭でっかちだし興味もったものをめちゃくちゃ真剣に追求するのに、すぐに次の標的に目移りしちゃうの。そんな面倒くさい僕につき合えるのは僕だけだったんだろうねぇ」  SJのあまりポジティブではない少年時代の告白に、後ろから彼を抱きしめるようにバスタブに座った恋人はささやかにキミらしい、と笑った。  素肌を合わせる感触にまだ慣れず、どうでもいいような話をしてしまうSJは、自分の思いきりの悪さに内心ため息をつきたい気分だった。  ハリーのことが好きだ、というのは本当だ。人生で初めて愛してると胸を張って言える人間に出会った、と感動の演説ができるくらいには自分と彼の感情を肯定している。  好きだし愛おしい。更に今まで感じた事のない欲望のようなものも、ハリーに対して抱いている自分がいるのは事実だ。  目の前で着替えるハリーのしなやかな筋肉の張りに、つい生唾を飲んでしまう事さえあった。ハリーと出会う前には、クラスメイトとアダルトビデオを見た時でさえ経験しなかった感覚だ。  裸になった彼になまめかしく触れられる想像は、いつもSJを落ち着かなくさせる。他の男性を見ても、女性を見てもそんな風には思わない。それなのにハリーが食事している場面を眺めているだけで、あの官能的な唇と舌に翻弄される妄想をしてしまう。  しかしいざ、裸になって向き合うと、意気地のない自分がちらちらと顔を覗かせて、すんなりと行為に入れない。 「わぁ、僕にも性欲ってあったんだすごい! だなんて思ってたのに、この後に及んで腰が引けちゃってる自分が嫌だよもー……」 「別に俺は、一緒に風呂に入るだけでも満足だけどな。キミの他人には絶対に見せないだろう裸体を堪能できただけでも、神に感謝したいくらいだ」 「ハニーはほんと僕の事なんだと思ってるのか詳しく聞きたくないよね。そのうちミューズとか言われそうで怖い。……恥ずかしいのかなー。この後に及んで、恥ずかしいとか馬鹿じゃないのって、思うんだけど恥ずかしいのかも」 「最高だな。俺との行為を想像して恥じらうキミはかわいすぎて幸福なんて言葉じゃ事足りない」 「ハニー今日あたまいかれてる?」 「いかれてる。自覚はある」  恋人の素直な言葉は痒い。耳の後ろに直接吹き込まれる睦言は溶けそうな程甘く、SJの指先までじわりとした興奮としびれが襲った。 「キミよりも俺の方が、なんて卑屈な事は言わないけどな。キミが思っているよりも俺はスタンに参ってる。本当にそこにキミが居るだけで幸福だ。それと同時に、キミの滑らかな肌を堪能したいと思っているふしだらな俺がいることも確かだが。……性的な欲求というよりも、他人に見せる事のない淫らなキミを俺だけが堪能したい、という子供のような独占欲と好奇心だよ」  耳の後ろの甘い声は、軽蔑する? と囁く。  勿論、SJがハリーの事を軽蔑することはない。ハリーは元々ゲイだし、恋人への欲求はひどく当たり前の事だろうと思う。どちらかと言えば、今までごく一般的な欲望を抱いた事がないSJの方がおかしいわけだし、急にそんなものを抱え込んでしまった自分への当惑の方が強かった。  求められるのはうれしい。けれど、求めてさらけ出すのは恥ずかしい。恥なんて仕事だったらいくらでも捨てられるのに。私生活でのSJは本当にただの未熟な二十六歳でしかない。  うだうだと言葉を続けていては、本当にただ風呂に入って終わりになりそうだった。  ハリーはじれったくなるほど本当にSJに甘い。キスさえも強引に奪う事はない。いつもそれらしき雰囲気を作ってくれるし、唐突にキスをするときにはしてもいいかと聞いてくれた。そんなハリーが、SJの意向が固まらないまま行為に及ぶとは思えない。  先ほどから少々わき腹をなぞられたり、首筋にキスをされたりはしている。けれど、決定的な何かはない。まだ、ただのスキンシップの範囲だ。 「ええと……男同士って、その、どこらへん触ったり、するの? 僕みたいなそもそもセックス初心者でも、ハリーを満足させられる、かな……?」  どうにか、積極的にならなければ。そう考えたSJがしどろもどろに口にした疑問に、ハリーは甘く笑う。NYのアパートよりは十分に広い浴室に、滑らかな水音とハリーの声が反響する。 「満足は俺だけが得るものじゃないよ。お互いに得るものだ。ただ、キミは無理せず好きにしたらいい。積極的に攻めてくるスタンもおそらくたまらない程かわいいとは思うが、俺の手で悶える官能的な男の姿が見たい」 「……ハニーは台本を再現する俳優じゃなくて、官能小説家になった方がいいんじゃないかと思うよ。それ、僕がきみにすべてを受け渡す役割になった方がいいってこと……?」 「いや、別にそういう意味じゃない。ストレートな人間は男女のイメージが強いから、どちらが女役か、なんて訊いてくるが、別に決まっちゃいないさ。そもそも、ここを使ったセックスをしなきゃいけない、なんてことはない」  ここ、という言葉と同時に尻の狭間をすっとなぞられ、思わずSJは腰を浮かせてしまう。ぞくり、と背中に走ったのは嫌悪ではなくむずかゆさだ。 「え、あ……挿入なくてもいいの?」 「男女だって別に挿入しないカップルもいるんじゃないか? 特に男の性感帯は一般的にはペニスだ。わざわざ中につっこんで擦らなくても、お互いに手で奉仕しあえばそれだけで気持ちいいだろう」 「そりゃ、そうか……あー、言ってることはすごく分かりやすいけど初心者にはダイレクトなワードばっかりで今僕の頭はパーンってなりそう……えー、じゃあ僕別にハニーにお尻の穴いじられる覚悟決めなくてもよかったの?」 「いや、していいなら喜んでキミの尻の穴をいじる」 「だからパワーワード連発するのやめてってば……もー、きみと、こうやっていちゃいちゃ喋ってる間に茹っちゃいそう、で、ちょ、待っ、待ってハリーどこ触っ、」 「……想像していたらたまらなくなってきたんだ。どこまでするかは置いておいても、今日はスタンに触ってもいいんだろう?」 「今日はって、いうか、別に、いつでも触ったって、僕は怒らないけど、……っ、ん、ちょ、ハニー……」 「俺にもたれかかって。そう、力を抜いて好きなようにわめいていい。誰も聞いてない。隣家すらない農場のど真ん中だ。セックスは馬鹿になるくらいがちょうどいい。キミの脳みそと直結しているスピーカーも、今だけは感覚をそのままぶちまけていいからな。……ここ、触られるのは気持ち悪い?」  後ろから伸びてきたハリーの指に両の乳首を抓まれ、擦るように愛撫される。ローションのぬめりを借りているせいで、つるんと滑る感触がどうにもむず痒く、なんとも言い難い感触と感覚だ。  時折ジン、と疼くように感じるのは快感だと思う。それは頭の中から腰まで痺れるように浸透し、時折SJの肩を震わせた。 「気持ち悪くは、ない、けど、ええと、なんていうか……むずむずするっていうか、なんだろう、これ、あー……くすぐったいような、ぞわぞわするような……男でも、乳首って、性感帯なの……?」 「感じる人間もいる。キミは少し肌を撫でただけでも飛びのくから、わりといい線いってるんじゃないか、と思うぞ。少し、虐めてみても?」 「っ、あ、ハニー、あ、ダメ、ぎゅって、抓むの、それ……っ」 「痛い? 嫌?」 「…………嫌じゃない、けど……けど、なんか……なんか、こう……」  じんじんして変な感じだ、と素直に告げるSJに、ハリーは相変わらず乳首を捏ねくりまわしながら耳たぶを甘噛みする。  ぞわり、と首筋を這い上がるのは快楽だ。鼻にかかった息が漏れて、自分でその声に興奮してしまう。 「気持ちいい?」 「…………っ、……ん……きもち、いい、と思う……っあ、や、ぐりぐりってする、それ、……っ、だめ……っ」 「気持ちいいのにダメなのか? もっとして、と言ってくれたら、もっと気持ちいいことをしてやるのに」 「……………どすけべ……」 「その通りだ。俺はキミに変態的でスケベな言葉を言わせて有頂天になりたい馬鹿だ」  抓んで引っ張り、人差し指と親指で転がれ、指の腹で擦られる。それを繰り返されているうちに、段々とSJの息が上がってきた。身体が熱くなっていくのがわかる。頭がぼんやりとしてきて、次第に胸への刺激が下半身の熱に繋がってきた。  ハリーが手を動かす度にぬめりを帯びた水が動き、ぴちゃぴちゃと水音が響く。それがどうにも卑猥に聞こえ、耳からも犯されているような気分になる。  官能に支配される。何も考えられず、ただ息を荒げていると、後ろの男が甘い声で囁く。その声ですらSJの肌をくすぐった。 「ほら、前のめりになってる。もっとこっちに来て。……足も開いていいんだぞ。ほら」 「ん、……あ、ちょ……」  お湯の中で内股をゆっくりと摩られ、背中を預けるとはしたなく足が開く。そのままいたずらな左手は乳首に戻り、右手はSJの内腿から腹のあたりをゆっくりと行き来した。  大して鍛えてもいない身体だが、ぜい肉がないお陰か力を入れるとうっすらと腹筋が浮く。その感触を楽しむように摩る腕が憎たらしい。しかしSJは胸の尖りを相変わらず弄ばれている状態で、いつもの弾丸のような言葉を考える余裕がない。  どこを触られても息が上がり、全身で飛び跳ねてしまいそうだった。  その上快感に腰を引くと、後ろの男の股の間のものがすっかり硬く熱くなっていることを思い知ってしまう。興奮している、ということがダイレクトに伝わってくる。他人の欲情はどうしてこんなに官能的なんだろう。SJはみっともなく息を荒げているだけなのに。  腰も引けずぐったりと背中を預けて足を開くことしかできない。はしたない、と頭の隅では考えているが、体は官能に支配されもっととハリーの与えてくれる刺激を待っていた。  ひたすら緩やかに乳首を捏ねられ、もうそこはすっかり敏感な場所になってしまった。抓んでコリコリと擦るように転がされると、あられもない声が出そうになり息を込み込むことしかできなくなる。  けれど、乳首だけの刺激では上り詰めることができない。生ぬるいだけの気持ちよさに、次第に無意識に腰が揺れ、ハリーの手に内腿を擦り付けている事に気が付いたSJは、久しぶりに感じた情けなさと切なさともどかしさでパニックになり、思わずハリーの腕を握りしめた。 「…………はにー……も、やだ……変に、なっちゃ……」 「変になっていいんだよ。俺が、キミを変にしたくて好き勝手しているんだ。……辛い? ちょっと休憩する?」 「……ん……辛い、のは、そうなんだ、けど……、ぁ……も、ちょっとで、出せるの、ハニー……焦らさないで、もっと、していいから……」 「……鼻血が出そうなおねだりだ。俺は今日キミに殺されるかもしれない」  こっちのセリフだ、と普段なら言い返しているところだが、今のSJにはそんな余裕は無く、言葉を選ぶための思考すらおぼつかなかった。  甘い言葉ばかりを囁く恋人は、内腿を摩っていた手でSJの中心を柔らかく握り込む。初めて他人に触れられた瞬間だった。正直想像していた感触と違って違和感があったが、そんなことより今は散々翻弄され高ぶった身体が解放を求めている。  唇を噛み締めていないと、本能のまま腰を擦り付けてしまいそうだった。 「熱いな。それに、硬くなってる」 「……っ。もう、ほんと、言い方……っ、きみの程じゃ、ないよ馬鹿ぁ……あ、ふ……待っ、ハニー、そんな、激しくしちゃ、」 「気持ちよくなりたいんだろ? 俺も、俺の腕の中で快感に身を委ねるスタンが見たい」 「だから、言い方気を付けてって、言って……っ、ん……ぁ、やだ、も……っ」  息を詰めて、SJが身体の中の快楽を放つと、それを根本から絞り出すようにハリーの手は器用に動く。丁寧にお湯の中に射精させられ、ぐったりとハリーに持たれたSJはしばらく何も考えられなかった。  解放による放心状態、というよりは、自分たちが身を委ねているバスタブの中に精液を放ってしまった背徳感と罪悪感を処理できない、といいう感情の方が強い。  しばらくもたれ掛かったままだったSJは、ハリーの手が性器から離れ、SJを落ち着かせるように愛おしく腰を抱いたあたりで漸く身体の向きを変え、恋人の濡れた首に手を回した。 「……きみがスケベなのはなんとなく察してたけどさ、ほんと、思ってた以上に僕の事好きすぎでびっくりしてるよもう……」 「俺のキミに対するしつこさに呆れた?」 「そんなの最初から呆れてるし、この人の目はいつまでフィルターかかってるのかなぁまあ一生死ぬまで僕の事をかわいこちゃんだって思ってくれててもかまわないんだけどね、って思ってるけど、ハニーはあれなの? 乳首好きなの? フェチなの?」  ちゅ、とハリーの鼻の上にキスを落としながら苦笑いとため息も落とす。呆れてはいるが嫌いになんてなるわけがないし、気持ちよかったのは本当だ。その気持ちを包み隠さず表現しながらも、まだ少し疼く乳首にどうしても意識が行ってしまうし、気になってしまう。  SJの胸を一瞬見やったハリーは、同じように情けないような苦笑いを零しつつ、同じように首に腕を絡めて密着した。 「キミの身体ならばどこだって大好きだ、と胸を張って言えるが、まあ、そうだな……胸のソレは特に好きだ」 「好きなんだ……え、それって誰でも? 僕だけ? 僕の乳首だけ?」 「誰でも、というわけではないんだが、こればっかりは俺にもわからんよ。別に、キミの身体の中でそこが一番好きという訳でもない。好きかどうかと問われたら好きだ。形もいいし、触った感じが丁度いい。弄った時の反応もいいな。最高に可愛い。いやでも、腰の細さも好きなんだ。あと鎖骨もきれいだ。少し筋肉が浮いているのがいい。あとは――」 「ストップ、ストップストップわかった! わかったもういいよ、聞いてるうちに本当にのぼせちゃいそうだから、とりあえずここから出てから口説いてハニー! あー、でも、えーと、僕は、ハニーに尻の穴を弄られる準備してから浴室を出た方がいいのかな?」  至極真面目に首をかしげると、予想外の質問だったらしくハリーはしばらく目を見開き、その後にSJの唇を親指でなぞった。 「……別に、今のスキンシップでも俺は満足だぞ? もしくは、キミが俺の尻を弄る方になってもいいわけだし」 「うーん自信ないなぁ……あ、気持ち悪いとかそういうんじゃなくてさ、体力的な意味でね? 正直なところ、ハニーはどうなの。僕にされたいの? 僕にしたいの?」  直球で首をかしげるSJに、ハリーはしばらく沈黙した後に酷く言いにくそうに視線を落としながらつぶやいた。 「……本心を言えば、俺はスタンの身体をくまなく弄り倒してキミを快楽に喘がせたい」 「だから官能小説ワードは抑えてってば。いいよ、ハニーがしたいならそれでいいじゃない。僕はどっちでもいいっていうか、どっちもよくわかんないんだし、正直ハニーと裸で何かアダルトな事できるならなんでもいいよ。……まだちょっと乳首じんじんするし」  ねえ、もっとしてよ、と目を細めたSJは直後に少々やりすぎたかと反省したものだが、目の前の恋人は見事そのあざとさにやられたらしく、SJの首元に沈んだ。

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