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2話

 とあるマンションの一室。拉致してきたヨシキを、大きいスーツケースから丁寧に出した。薬が効いているせいか、ヨシキはすやすやと眠っていて未だに起きる気配はない。場違いなその寝顔に、セイトは少しだけ苦笑しながらヨシキを横抱きすると、白いベッドの上に優しく寝かせた。そして、ヨシキの足首に、逃げられないようにと鎖で出来た足枷をつける。足枷についている鎖の長さは、部屋中だったら行き来できるほどぐらいにした。けれど、窓や玄関といった脱出できそうな場所は、極力届かない様に微調整しながら、鎖の長さを調整する。  もしも、目覚めたヨシキの抵抗が激しいならば、両手も手錠をして拘束して、抵抗するのは無駄だと徹底的に教え込む必要があるだろうと考えた。御剣セイトの頭の中では、様々なパターンの策が練られていた。  たかが一人の人間を監禁するのに、ここまで金と時間と労力かけるのかと他の人から見れば呆れて思うかもしれない。けれど、御剣セイトにとっては死活問題なのだ。【フォーク】であるセイトは、本能的な欲求には抗えなかった。金と時間と労力をかけて【ケーキ】の人間であるヨシキを捕まえて、自分の目の届く所に置きたかった。例え、自殺されても構わないと思うまでに、駒村ヨシキという人間を、閉じ込めておきたかった。  一通り、セイトは部屋の中を点検し終えると、柔らかなソファーに座り込む。ヨシキが目を覚ますのを待つことにしたのだった。フォークの人間に囚われた哀れなケーキの人間であるヨシキは、一体、どういう反応を示すのか考えことをしながら、セイトはそっと目を瞑る。 *****  しばらくすると、柔らかなベッドで眠っていた駒村ヨシキが「んっ」と言葉を漏らす。身動ぎをしながらヨシキは目を覚ました。ぼんやりとした表情で、ぱちぱちと瞬かせる黄緑色の瞳が、マスカットの果実の様にとても美味しそうにセイトの目に映った。 「起きたか」  ソファーに座り込みながらセイトが声をかける。ヨシキはぼんやりとした表情を浮かべながらも、戸惑ったようにセイトに対して問いかけた。 「あの……あなたは……?」 「御剣セイトだ」 「セイトさん…ですか…。俺は、駒村ヨシキです」  おずおずとした様子で、ぺこりと、戸惑ったように頭を下げるヨシキに、セイトの心の中では「こいつ、もしかして天然か?」と思ったほど隙があって、若干、心配になるくらいだった。 しばらくヨシキは、ぼんやりとしながら周囲を見回した。そして、自分の足元に目を落とすと、足枷がされていることに気付いて、ヨシキは目を見開いて驚いた。 「……? ……っ!あ、足枷っ……!? 何でっ!? どうしてっ!?」  がちゃがちゃと鈍い金属音が部屋中に響き渡る。驚いた表を浮かべて焦っているヨシキに対して、冷静に淡々とした口調でセイトは口を開いた。 「俺は【フォーク】の人間だ。……どうして、お前がこんな状況に陥っているのかも、この言葉の意味が分かるな?」  そう念を押して告げるセイトの言葉に、ヨシキはびくっと反応をする。そして、目を見開いて顔を青褪めさせる。セイトの青色の瞳をじっと見つめては、ヨシキは理解したのか、こくりと頷いた。意外にも察しの良い反応に、好感を抱きながらも、予想していた反応にセイトは溜息を吐く。縮こまって怯えた様子のヨシキに対して、怖がらせないようにセイトは距離を取りながら口を開く。 「まず俺は、お前を『食べて』殺すつもりはない。…けれど、ここからお前を逃がすつもりもない」 「ど、ういうこと、ですか……?」 「この部屋に『監禁』という形で住んでもらう。お前に、衣食住の安全面を提供する代わりに、俺にお前の体液を少しだけ提供してもらいたい」 「ちょっと待ってください……! そんな、勝手な……!」 「……もし、お前が拒否するならば、お前が【ケーキ】の人間だってことをネットで流す」 「……っ!!」  ネット上で駒村ヨシキが【ケーキ】の人間だと情報をばらまかれてしまったら、現在、日本中で隠れ潜んでいる【フォーク】の人間に、襲われる可能性がとても高くなる。【フォーク】の人間に捕まってしまった『ケーキ』の人間の末路は、どれも悲惨なものだった。嫌な想像をしたヨシキはさらに顔を青褪めて「そんな」と震えた声を出した。 「俺はそのくらい本気だ。……最初からお前に拒否権は無いんだ、ヨシキ」  我ながら悪い笑みを浮かべて、追い詰めているとセイトは自覚しながらも、ヨシキに対して残酷に告げる。逃げ道を塞がれたヨシキは、怯えた表情を浮かべながらも、どこか諦めたのか、はたまた脱出する機会を狙っているのか定かではないが、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと首を縦に振って、この監禁生活を受け入れることに対して、肯定の意を表した。セイトは溜息を吐きながら、まずは第一段階突破かと心の中で呟いた。 「おい」 「な、何ですか…?」  少しだけ不安気な表情を浮かべながら、ヨシキはセイトの顔を見ないようにして首を傾げた。セイトは思案気にしながらも、ヨシキに考えていた事を提示するのだった。 「注射器で血を抜かれるのと、キスされるのだったら、どちらがいいんだ」 「えっ!?」  勢いよくがばっと顔をあげて、目をぱちぱちと瞬かせるヨシキに対して、セイトは何か変な事でも言ったのだろうかという顔をしながら、真面目な表情を浮かべて首を傾げる番だった。 「俺は体液摂取の話をしているんだが……」  冷静沈着に淡々と告げてくるセイトに対してヨシキは、衝撃な発言に慌てふためいていた。しばらく考え込んでから、ヨシキは羞恥心から顔を紅くしながら呟いた。 「痛いのは嫌なので……、き、キスで……」  そうヨシキは小さな声で答えた。その答えに、セイトは意外だと思いながら目を瞬かせた。むしろ、同性同士でキスする方が抵抗あるだろうにと、不思議に思いながらも、特に気にしない事にした。 「そうか」  セイトが短く呟くと、ベッドに座り込んでいるヨシキの隣に座り込んだ。そして、ヨシキの身体を抱き寄せて顎を持ちながら、セイトはヨシキの顔をまじまじと見つめる。端正な顔立ちというよりは、可愛らしい童顔な顔立ちをしている。色白の肌は生クリームの様に甘い匂いがして、少しだけ潤んだ黄緑色の瞳はマスカットの果実の様に美味しそうで、思わず舌なめずりをしそうになる。美味しい獲物を目の前にすると、自然と食べたいという欲求が刺激される。セイトはじっと見つめながら、ヨシキに確認するように問いかける。 「キスするぞ」 「……っ、はい」  そうセイトが告げると、ヨシキの柔らかい唇に口付けをする。人生できっと初めてする口付けだというのに、ヨシキとのキスは苺の様に甘酸っぱい味だった。味覚を失ってから久しぶりに味わう甘い味にセイトは目を細めて、ヨシキの頭を固定して逃がさないようにする。  ヨシキの柔らかい唇はマシュマロの様に甘く、ヨシキの唾液はシロップの様に甘い。ヨシキの咥内をじっくりと、ねっとりと、味わい尽くすかのようにセイトの紅く分厚い舌が這いずり回る。ヨシキの唾液を一滴たりとも、零したくてじゅるっと吸い付く。ヨシキは酸素が足りずくらくらとしだしたのか、呼吸が出来なくて苦しいのか、セイトの胸を叩いて潤んだ視線で訴える。セイトは口を少し離して「鼻で呼吸しろ」と告げると、ヨシキの唇に深く口付けをする。甘い、とても甘い。フォークの人間がケーキの人間を捕食してしまう理由も分かってしまう気がした。けれども、同時に、この甘いヨシキのことを、じっくりと、ゆっくりと、独り占めして、堪能していたいという欲求もセイトの中に生まれていたのも分かった。 (誰にも渡したくない)  長い時間をかけて深い口付けをすると、ようやく満足したのかセイトはヨシキの唇から離した。ヨシキの唇は紅く染まり、ぽてっと膨らんで、苺の様にとても美味しそうな匂いをさせていた。ぜぇぜぇと、頬を赤らめて息を整えているヨシキに対して、セイトは思っていた以上に、ヨシキに対して貪ってしまったことに気付き、ヨシキの目元にたまる涙を舌ですくい舐めて、優しく背中を撫でる。ヨシキの涙もとても甘い味がして、セイトの心が満たされていく。 「すまない」  セイトが謝罪の言葉をしたことに、ヨシキはきょとんとした顔を浮かべる。やがて「いえ……」と控えめな声で、顔を真っ赤にしながら首に横に振った。そんなヨシキの様子に一安心しながら、これからの監禁生活をどうしていこうかと、セイトは頭の中で考えていたのだった。  こうして、御剣セイトは駒村ヨシキを監禁して暮らす生活が始まったのだった。

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