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3話

 セイトがヨシキに対して最初に取った行動は、料理を振る舞うことだった。セイトの最初の食事が終えた時、ふとヨシキの腹の虫が鳴る音が聞こえてきた。ヨシキは恥ずかしそうに顔を紅く染めさせていた。それに対して、セイトは「腹が減ったのか」と問いかけると、ヨシキはおずおずと言い辛そうに「はい…」と素直に答えた。セイトはヨシキに対して「何が食べたいんだ」と聞くことにした。ヨシキは目を瞬かせた後、しばらく黙り込んだ。それから、やはり言い辛そうに「オムレツが食べたいです」と口を開いた。思案気に手を組みながらも、セイトは持っていたノートパソコンで検索をし始めた。検索した結果、自分で手料理した方が早いと結論を出して、ノートパソコンをパタンと閉じる。セイトは立ち上がると、キッチンまですたすたと歩いていく。ヨシキはその様子に、きょとりとしながらも後を追う様に着いていく。  キッチンに着いたセイトは冷蔵庫を開けると、中身を確認していく。事前に買い込んでいたので、冷蔵庫の中身はとても充実している。先ほど検索して閲覧していたサイトを思い出しながら、オムレツの材料を取り出していく。  卵・牛乳・生クリーム・バターを調理机の上に丁寧に置いていく。そうして、調理器具を取り出したセイトは調理を開始していく。ボウルの中に卵の殻をわって3個いれていく。菜箸で卵をかき混ぜながら、牛乳と生クリームをレシピ通りにきっちりと分量を計っていれていく。ボウルの中では、卵の鮮やかな黄色と生クリームと牛乳の白色が混ざり綺麗な色に映る。かき混ぜ終えると、フライパンを取り出して火にかける。フライパンを熱してからバターを入れて全体に広がる様にとかしていく。それから、ボウルの中身をフライパンにたらしていくと、じゅっと焼ける音が響いた。セイトは器用にフライパンを火から遠ざけさせながら、フライパンの前側に卵を集めて三日月の形にすると、焼き加減に注意しながらオムレツを作り上げていく。出来上がったオムレツを白い皿の上に乗せ、オムレツの上に赤いトマトケチャップで色付けていく。買い込んであったクロワッサンも一緒に、白い皿の上に乗せる。テーブルの上に置いていくと、傍で調理している様子を不思議そうに見つめていたヨシキに対して、セイトは声を掛ける。 「おい、出来たぞ」  セイトに促されるようにして、ヨシキは慌てた様子でおずおずとしながら席に着いた。テーブルの上には作りたての温かいオムレツと、こんがりと焼かれたクロワッサンが置いてあり、お腹を空かせたヨシキの食欲をそそるには充分なものだった。 「レシピ通りに作ったから大丈夫なはずだ。……不味かったら残せばいい。出前でも取ってやる」 「あ、ありがとうございます……」  ヨシキはおずおずと緊張しながらも、行儀よく手を合わせて「いただきます」と声を出す。そうして、銀色のスプーンを手に取ると、早速オムレツを一口分すくうと口の中に運んでいく。もぐもぐと咀嚼する音が聞こえてきて、しばらくすると緊張していたヨシキの顔が綻んで、少しだけ笑顔になった。 「あの……、美味しいです、とても。びっくりしました」 「そうか」 「その、あなたは味覚を失っているんですよね……?」  疑問に抱いたことを聞いても良いのだろうかと思っているのだろうか、ヨシキは言葉にした。対して、セイトは特に気にした素振りも見せずに、素っ気なく言ってのけた。 「レシピ通りに見て作れば、誰でも出来ることだ」 「……それでも、とても美味しいです」  ヨシキは顔を綻ばせながら、セイトの作ったオムレツを食べ進めていく。そんなヨシキの表情を見たセイトは、既に味覚を失った自分でも、誰かに手料理を振る舞えるものだと何処か感慨深い気持ちになっていた。  ふと、幼い頃にいつも優しく接してくれた母に対して、手料理を振る舞った時のことを思い出していた。あの時も、母はいつも嬉しそうに喜んでくれていた。どこか懐かしい気持ちが込み上げてきて、セイトは自分の中に芽生えた感情に疑問符を抱いて、気付かない振りをする。  美味しそうにオムレツとクロワッサンを、行儀よく食べるヨシキの顔を見つめながら、セイトは気が向いたらヨシキに対して、手料理でも振る舞ってみようかと考えるのだった。 *****  駒村ヨシキを監禁してから一ヵ月が経とうとしていた。世間では、ヨシキが行方不明になったことに対して事件にはなっていなかったし、また捜索願も届けられていなかった。前もって、ヨシキは一人暮らしで過ごしていること、またヨシキがしていたアルバイトは、ヨシキのスマホを使用して、アルバイトをやめる旨をメールで伝え、セイトはありとあらゆる手段を使用して、徹底的に裏工作を仕掛けてきた。それ故に、ヨシキがいなくなってしまったことを今現在では誰も知らない状態だ。ここまでは予想通りだった。けれど、セイトの予想とは裏腹にヨシキを監禁しての生活は、比較的に平和で穏やかな時間が過ぎていった。  セイトは一人パソコン画面を見ながら、手を組んでヨシキについて考えていた。ケーキの人間であるヨシキは、監禁当初からセイトに対して、特に強い抵抗を示さなかった。最初の頃は、逃げる為に演技でもしているのかと疑ってかかった。ヨシキが逃げ出さないように、慎重になって監視カメラ等を使用して見張っていた。けれども、ヨシキは特に脱出しようとする素振りを見せなかった。玄関や窓に近付く事をしなかった。包丁等といった刃物類も、ヨシキが一人でいる時に使用されたら困るので、セイトが部屋から出る時に全て回収していた。けれども、特に刃物を探そうとする素振りも見せなかった。監禁された事による精神的ショックで自殺するかもしれない可能性も予想はしていた。けれども、特に自殺しようとする素振りは見せなかった。  監禁されているとは言え、ヨシキが一人でいる時間も必要だと考えて、朝・昼・夕のヨシキが必要とする食事の時間だけしか、セイトは姿を現さない様にしていた。ヨシキに食事を提供する時に、いろいろと話をしたが歳が近いせいもあり随分と話しやすかった。  マンションの一室に閉じ込められているとは言え、退屈してしまわない様に、漫画や雑誌、ゲーム機などを与えた。運動不足になっても困るので、たまにヨシキを外に連れ出した事もあった。もちろん、外に連れ出す時はヨシキを変装させて、すぐに逃げ出さないか見張っていた。けれども、外へ連れ出してもヨシキは特に逃げる様子も素振りも見せず、監禁されているマンションの一室へ戻って来ていた。  これまでのヨシキの行動に対してセイトは、疑問を持ち始めていた。監視カメラに映し出されているヨシキは、久しぶりの温かい日だからだろうか、うとうとしながらソファーで横になり、眠っている姿が映し出された。そっと、パソコン画面越しからヨシキの姿を指でなぞるように触れる。 「お前は……、何故、逃げないんだ?」  ぽつりと零された言葉に、答えを返してくれる者はいない。もしも、ヨシキが暴れてしまうのならば、嫌がってしまうのならば、抵抗を示すのならば、無理やりにでも組み敷いて、徹底的に身体に教え込んで、抵抗の手段を全て奪うつもりだった。もしも、ヨシキが逃げ出そうとするならば、如何なる手段を使ってでも捕まえて、逃げる手段を全て奪って閉じ込めるつもりだった。駒村ヨシキという人間を、誰にも渡したくない。他のフォークの奴らに奪われてたまるかとセイトは強く思う。  そうして同時に、セイトはヨシキに対して抱いている感情に名前がつけられずにいた。ケーキの人間一人にここまで執着するのは何故だろうか、答えが見つからずにいた。フォークの人間は全て、ケーキの人間を見つけてしまうと強い執着心を抱いてしまうのだろうかと、疑問に思った。セイトは、穏やかにすやすやと眠りに着くヨシキの姿をパソコンの画面越しから、静かにじっと青色の瞳で見つめるのだった。

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