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4話

 駒村ヨシキがその人物を見かけたのは、人々が忙しなく行き交う街中だった。いつものように、ヨシキは趣味であるネカフェにでも行こうと歩いていた。ふと、ある人物とすれ違った時に、ヨシキはまるで心を掴まれてしまい、その人物から目が離せなかった。  艶やかな黒髪に、切れ長の青色の瞳。端正な顔立ちをしていて、黒色のコートを身に纏いながらも堂々とした出で立ちの男性は、気が付いた時には、既に雑踏の中に消えてしまっていた。初めて見かける人なのに、初めてすれ違う人なのに、どうしてこんなにも心が惹かれてしまうのだろうかと、ヨシキは一人その場に立ち尽くしながら考え込んでいた。  ヨシキがその人物に対して抱いた感情はまるで、自分が幼い時に経験した「恋」に似ていた。その男性に対して、一目惚れでもしてしまったのだろうか。けれど、名前すらも知らない男性とは、もう二度と出会うことも、関わることも無いだろうとヨシキは思い、ネカフェへと向かったのだった。しかし、その考えは裏切られる形となった。  ふと、ヨシキが目覚めた場所はとあるマンションの一室だった。ふかふかの柔らかいベッドの上でぼんやりとしながら周囲を見回すと、一人の男性がソファーに座っていた。その男性は、街中ですれ違ったヨシキが心惹かれていた人物だった。 「起きたか?」  低音で声を掛けてくる男性に対して、ヨシキは心臓の鼓動がどきりと跳ねた。ヨシキはゆっくりと起き上ると、男性に対して振り向いたのだった。男性は御剣セイトと名乗った。名乗られたのでヨシキも慌てて自分の名前を告げる。  そうして、ふと自分の置かれている状況に気付き、驚きに目を見開いた。ヨシキの足には、鉄製の足枷がつけられていたのだった。どうして、足枷がついているのだろうかと状況についていけないヨシキは慌てふためいると、セイトが冷静沈着に淡々と告げてきたのだった。 「俺は【フォーク】だ。……どうして、お前がこんな状況に陥っているのかも、この言葉の意味が分かるな?」  その言葉に、ヨシキは衝撃を受けて思わず息を飲む。  たまに【フォーク】と呼ばれる人間と【ケーキ】と呼ばれる人間が存在している事を、ヨシキはテレビやネットなどの情報で知っていた。【フォーク】と呼ばれる人間は、先天的なのか、後天的なのか原因不明だが、全ての味覚を失ってしまう。【ケーキ】と呼ばれる人間は自分が【ケーキ】なのか知らずに生きている事が多い。けれど、【フォーク】の人間にとって、唯一味覚を感じることの出来て極上のデザートのように甘露な存在で【ケーキ】の人間の血肉や、涙、唾液、皮膚などが全て対象になる。【フォーク】の人間は【ケーキ】の人間を拉致監禁して、『食べて』しまうのだと言われてきて、世間では問題視されていた。故に【フォーク】の人間達を犯罪者予備軍と呼んだりして恐れられていたのだった。  セイトが自分の事を【フォーク】の人間だと告げられた時に、ヨシキはどうして足枷をされているのだろうと理解してしまった瞬間だった。それと同時に、ヨシキがセイトに対してこんなにも心惹かれてしまっているのかも、理解してしまった。  ネットのある情報ではこう書かれていた。稀にだが【フォーク】と【ケーキ】の人間が、まるでお互いが唯一の『運命の番』である様に惹かれ合うこともある。だからこそ、ヨシキは初めて出会い、すれ違っただけのセイトに対して、こんなにも心が惹かれているのだと気付いたのだった。そう一人で納得しているヨシキに対して、何処か怪訝そうな表情を浮かべながらも、気にしないことにしたのかセイトはさらに口を開いた。 「まず俺は、お前を『食べて』殺すつもりはない。……けれど、ここからお前を逃がすつもりもない」  じっと真剣な眼差しでヨシキの事を見つめてくるセイトに対して、ヨシキはひどく動揺しながら、思わず声を震わせながら問いかけた。セイトの話では、ヨシキの衣食住の安全面を保証する代わりに「監禁する」とのことだった。拒否する場合は、ネット上にヨシキの事を【ケーキ】の人間であると言う情報を、ばら撒くと告げられた。ヨシキは、セイトの言葉が嘘では無く本気なのだと気付いてしまい、ここで強く抵抗しても無駄だと悟り、しばらく悩んで考え込んだ後、監禁生活を受け入れることにしたのだった。【フォーク】の人間に捕まってしまった【ケーキ】の人間であるヨシキは、これから自分の身が一体どうなってしまうのだろうかと、びくびくとしながら身体を震わせていた。  そんなヨシキに対して、セイトは声をかけてきた。問われた内容が「注射器で血を抜かれるのと、キスされるのだったらどちらがいいか」というものだったので、ヨシキは思わず驚きに目を見開いて動揺してしまった。セイトは先ほどの宣言通り、ヨシキに対してなるべく傷つけずに、体液摂取をしようとする旨を告げる。告げられたヨシキは、痛い思いをしたくないというのもあったが、心惹かれているセイトにキスをされたいと言う想いを抱いてしまった。そんな下心をそっと隠して、ヨシキは羞恥心に顔を紅く染まらせながら、小さな声で答えた。 「痛いのは嫌なので……、き、キスで……」  その答えに対して、セイトは目を瞬かせた後に「分かった」と短く告げる。そうして、ヨシキが座っている柔らかなベッドの隣にそっと座り込む。手を伸ばしたセイトは、ヨシキの顔に触れた後に、顎を持ってセイトの方に振り向かせる。ヨシキは、セイトの青色の瞳が宝石の様に煌めいて、見た事の無い珍しい色に綺麗という感想を抱いた。そんなセイトの端正な顔に見惚れていると、セイトに深く口付けをされていた事にヨシキは気付いた。  生まれて初めてされる口付けは、とても優しくて甘く感じた。セイトの深い口付けは、フォークの人間がケーキの人間の唾液を吸って食事をする為の行為であるのに、まるでセイトは、大切な恋人に対してするかの様に、怯えさせない様にする優しい口付けに、ヨシキは酔いしれて翻弄される。ちゅっ、ちゅっとキスの音が部屋中に響いて、ヨシキの耳を犯していき、色白の身体が真っ赤に染まる。貪る様に深く口付けをするのに、セイトの手はヨシキをあやすかのように、頭を優しく撫でていく。セイトから与えられるキスに、ヨシキの身体は快楽の火が灯りそうになる。  長い時間かけて、口付けをしていたようにも思えるが、満足したのかセイトは顔から離した。初めての口付けに、ヨシキはぜぇぜぇと荒く呼吸をして酸素を肺に取り込んだ。ほろりと黄緑色の瞳から流れた涙を、セイトが舌ですくい舐めとっていく。そうして、ぽつりと「すまない」とセイトが申し訳なさそうに謝るので、どうして謝るのだろうかと不思議そうにヨシキは、きょとんとした表情で見つめていたが、やがて首を横に振って大丈夫と言う旨を告げた。  こうして、駒村ヨシキは御剣セイトに監禁されて暮らす生活が始まったのだった。

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