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6話
太陽が沈み、満月が浮かぶ夜。セイトはいつもの様に、ベッドの上に座って待っているヨシキの隣にそっと座り込む。静寂な夜の時間に行われるのは、フォークの人間であるセイトの「食事」だった。セイトはヨシキを怯えさせない様に、いつも一声をかける。
「キスをするぞ」
ヨシキはその言葉を聞く度に、羞恥心に耐えられないのか顔を真っ赤に染まらせながらも、こくりと頷いてくれる。そんな慣れない様子で、初々しい反応をするヨシキの事を、いつしか愛しいと思うようになった。食事をする為に行う口付けは、いつしか愛しい人へ捧げる口付けになっている事を、セイトは気付かない振りをして、心の中にそっと仕舞い込んだ。
するりとヨシキの顎を持つと、そっと顔を近付けさせる。ヨシキの柔らかいマシュマロの様な甘い唇を、食むように口付けをしながら、咥内へと分厚い舌をいれていく。くちゅ、ぐちゅと段々と激しく淫らな音が部屋に響き渡る。ヨシキの甘ったるいシロップの様な唾液を一滴も逃したくなくて、じゅるりと舌同士を絡ませて吸い上げる。黄緑色の瞳は、潤み出して瑞々しいマスカットの果実の様に美味しく映る。ヨシキとする口付けは、苺のケーキを食べている様にとても甘酸っぱく感じて、セイトの心はいつだって満たされる。味覚を失ったモノクロだった世界が、鮮やかに色付いた世界になった。セイトはヨシキに対して、じっくりと味わう様に深く口付けをしていく。
セイトが満足するまで、キスをすると顔を離した。ヨシキのぽってりと紅く染まった唇は、甘く熟した苺の様に美味しく見える。深い口付けを終えると、とろりとした蕩けた表情を浮かべながら、ヨシキは酸素を取り込むように、ぜぇ、ぜぇと荒い呼吸をする。その姿を見ながら、セイトは宥める様に優しくヨシキの頭を撫でる。いつもの様に、「食事」を終えるはずだった。
ふと、セイトは視線を落としてしまった。そうすると、ヨシキのズボンが少しだけ膨らんでいることに、気付いてしまった。もしかしてと思い、そっとヨシキを逃がさない様に、セイトはヨシキの腰を抱き寄せる。空いた手でヨシキの服越しに、固く勃起してしまったヨシキの自身に触れる。
「ヨシキ」
セイトは気付かぬうちに興奮した声音で、そう相手の名前を呼んでいた。突然、触れられると思っていなかったヨシキは、「ひゃっ!」とあられもない声を出す。そして、顔をさらに紅く染まらせた。
「違っ、違うんですっ……!」
黄緑色の瞳は、見る見る内に潤み出していき、涙を溜め込んでいた。相手にばれたのが恥ずかしいのか、顔を紅潮させて、首をふるふると横に振る姿が、とても愛らしく見えた。セイトが与えた口付けによって、ヨシキが性的興奮を覚えてくれた事に、セイトはとても歓喜していた。
「ヨシキ」
決して咎める意図は無いのだと、セイトは伝える様に声を出して名前を呼ぶ。すると、ふるふると震えていたヨシキは、やがて逃げられないと観念したのか、華奢な身体を縮こまらせながらも、絞り出す様にぽつりと言葉を零した。
「……、俺、セイトさんのことが、好きなんです……」
それは愛の告白だった。セイトはヨシキの言葉に目を見開いて見つめていると、ヨシキは言葉を続けた。
「最初はフォークの人間だって、告げられた時、すごく怖かった……。痛い思いをするって思っていました。……けれど、あなたは、いつだって理性的で、優しくて、繊細で……。俺の事を考えて接してくれた……」
ヨシキはこれまでの監禁生活の事を思い出しているのか、ぽつり、ぽつりと言葉を零していく。その言葉を自分で止める術がないのか、口から零れ落ちる。
「いつしか、この監禁生活を受け入れて、逃げる事を忘れていました……だって、好きな人と一緒に過ごせるから……」
ほろり、ほろりとヨシキの黄緑色の瞳からは、涙の雫が零れ落ちて、ぽたり、ぽたりとシーツの上に染みていく。
「……っ、好きに、なってごめんなさい……。……だから、セイトさん。俺の気持ちを否定してください……そしたら、全力で抵抗して、逃げるからっ……!」
臆病ながらにも自分の思いの丈を伝えきったのかヨシキは、そっと目を瞑りセイトの言葉を静かに待っているようだった。しばらくの間、お互いが無言になり沈黙が流れた。そうして、セイトはぽつりと言葉を零した。
「………初めて、なんだ」
その言葉の意図が分からなくて、ヨシキは目を開けると、大きく見開いてしまった。いつだって理性的で、冷静沈着で、淡々としているセイトの表情が、紅く染まっているのだから。セイトはヨシキの肩を掴むと、意思の強い青色の瞳で、ヨシキの潤んだ黄緑色の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「初めてなんだ、誰かに対して恋心を抱くのは、好きになるのは。俺は今まで一度だって、誰かの事を本気で、こんなにも好きになった事が無いんだ……。お前に対して抱いている感情が、ずっと、分からなかった。……けど、ヨシキの言葉で、確信を得た」
ヨシキの事を強く抱き寄せると、セイトは生まれて初めて愛の言葉を囁いた。
「俺はお前が好きだ。お前がケーキの人間だからじゃない、駒村ヨシキという人間が俺は、好きだ」
「セイト、さん……っ」
「確かに、俺はフォークの人間で、お前はケーキの人間だ。出会いこそ、歪な形だったが、お前と一緒に過ごしていくうちに、いつしか、かけがえのない時間になっていた。…好きだ、ヨシキ。俺はお前を手放してやれない」
ヨシキの黄緑色の瞳からは、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。まさか、セイトはヨシキと同じ気持ちを抱いていたとは思っても見なかった。けれども、セイトが強くヨシキを抱きしめて感じる温かな体温が、現実だと教えてくれた。ヨシキは嬉しいと涙を零しながら、セイトに対して強く抱きしめ返した。セイトはヨシキの目元の涙を拭いながら、じっと青色の瞳で黄緑色の瞳を真剣な眼差しで見つめる。
「お前の全てを、俺にくれないか」
「俺に、あなたの全てをくれるなら」
そうヨシキがはにかんで笑むと、セイトは「あぁ」と頷いて笑みを浮かべる。そうして、ヨシキの唇に深い愛の口付けを落とした。お互いの想いが通じ合った口付けは、苺のケーキの様に、とても甘酸っぱく感じた。
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